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東京に戻った浅川は、伊豆の別荘でのあの出来事(雨宿り参照)以来、着ぐるみのことが頭から離れずにいた。
今まで、特に気にすることの無かったようなデパートや遊園地、商店街にいる着ぐるみ達にまでいろいろな想像を張り巡らし、密かに興奮を覚えていた。
仕事柄、新しいプレイスポットやイベントの取材もあり、そう言ったことから舞台裏を覗く機会も多かったのだが、今までは役者さん達に対する興味など無く、ただ単に夏場は暑く、冬場は寒そうな姿の着ぐるみに大変だなぁと言う同情程度の感想しかなかった。
だが、今の浅川には、はっきりと違う感情と言い切れるものがあった。
イベントなどでキャラクターがいる状態なら、なるべく取材を申し込み、苦労話や裏話などを聞き、密かなる興奮を楽しんでいたのだ。
それでもやはり物足りない想いはあった。
やはりイベントやショーの為の着ぐるみは、良くも悪くも着ぐるみであり、有る程度役者の事を考えて作られている。背中にファスナー、面は脱着可能という着ぐるみとして当たり前の構造であり、役者は楽屋に入ればすぐに面を脱ぎ汗をぬぐって素に戻る。
当然と言えば当然だが、そこに全く異常な感情はない。着ぐるみ本来の目的である、仕事として、お客さん達を楽しませるための衣装として、存在しているのだ。
だが、あの日見た着ぐるみ達は違った。
そもそも構造から言って、中にいる役者の事より、外見上の「人形」としての造形を優先させているとしか思えない数々のこだわりがあった。
明らかに役者は、不必要なほどのいろいろな我慢を強いられ、それでも人形で居続けた。
ただでさえ過酷そうな美少女フィギュア人形のような着ぐるみを、一度も脱ぐことなく数時間の間、マユとマナになりきっていたのだ。
あの日の浅川は観客でも何でも無く、ただの夜道に迷い込んだ居候だった。
言ってみれば邪魔な存在であり、そんな人間を相手に数々のサービスなどする必要は全くないのだ。
にも関わらず、彼女らはメイドと名乗って、浅川に精一杯のいろいろなサービスを、全く無償でしてくれた。
それも、かなり濃厚なサービスまでしてくれたのだ。
彼女らがプロの役者であったとしても、その行為にメリットがあるとは考えられない。
演技の練習ならわざわざあんな山奥の別荘で、しかも台風の来ているさなかに行う必要など全くない。しかも浅川からギャラが出るわけでもないのに、浅川に対してサービスする意味など全くないはずである。
それでも彼女らは、マユとマナとして、浅川に対してサービスを提供してくれた。
しかも、そのサービスのおかげで、浅川には、ただの着ぐるみが、観客を楽しませるための衣装から『自由に動ける拘束具』と言う、本来の目的と明らかに違った視点で見えるようになってしまった。
もっとも、そんなことを誰かに伝えることも出来ず、一人悶々としながら毎日を過ごすしかなかった。
だが、そんな悶々とする日々が少しだけ解消される日がやってきた。
浅川は、今度特集する雑誌のテーマパーク特集の記事を書く為に、より広範囲な情報を知りたいと、いつものようにインターネットから情報の検索を行っていた。
こう言ったネットを使った情報収集はずっと昔から何度もやっていることであり、有る意味ルーティーンワークであった。だが、この日は少々違っていた。
たまたまヒットしたウェブログサイトの中に、トラックバックされたアマチュア着ぐるみのサイトがあったのだ。
浅川自身、まさかアマチュアで着ぐるみを楽しむ人たちが存在するとは想像していなかったので、これまでそう言うサイトを探すと言う事を、一切やってこなかった。
だが、そのトラックバックされたサイトを辿り、現れた着ぐるみ愛好家のページを見た浅川は、実際に着ぐるみ愛好家達が存在し、しかもそのうち何名かは、着ぐるみに対して浅川と似たような嗜好、つまり暑くて息苦しい着ぐるみの中に入って、可愛らしいキャラクターを演じ続ける事に視点を置いてページを作っていた事に感激した。
彼ら、彼女らは、浅川より何年も前から着ぐるみの持つ一面をクローズアップし、楽しんでいたのである。
これは浅川にとって衝撃的な事実であると同時に、自分が抱いていた着ぐるみへの想いを持つ人物が、自分だけではなく他にもいると分かった事が嬉しい発見だった。
確かに彼ら、彼女らのサイトに出てくる着ぐるみ達は、あの日見た着ぐるみではなく、遊園地やデパートで見かける着ぐるみに近い。
それでも、中には仕事の現場で見かけた着ぐるみよりも出来が良さそうな造形の着ぐるみも存在し、愛好家達の執念のような物も感じ取れた。そして、それが浅川には嬉しかった。
さっそく、そのサイトをブックマークし、数日間かけてリンクを辿りまくり、表面的には、現存すると思われる着ぐるみサイトのほとんどを見て回った。
古くから運営されているサイト、比較的新しいサイト、オリジナルキャラ、アニメなどのキャラ、ショーレポート専門、そのほか色々な嗜好を持ったサイトがあり、着ぐるみサイトと言っても、ひとくくりに出来ない程多様なタイプが存在した。
その中で、浅川は一つ興味を引くサイトを見つける。
サイト自体の開設は比較的新しく、まだ1年あまり。そう言う意味では着ぐるみ愛好家達としては新人さんの部類に入るらしく、サイトの持つイメージからも敷居は低めである。
また、いろんな嗜好のサイトの中で、このサイトの持つイメージが、浅川が着ぐるみに抱いている嗜好と非常に近く思えた。サイトの作り自体はシンプルで、イメージも明るめで、一見すると爽やかな雰囲気すらある。
だが、細かく見ていくと、画像解説などの言葉の端々には浅川がぐっとくる単語がちりばめられ、見る人が見ればかなり破壊力が高いサイトになっていた。また、浅川にとって魅力的だったのは、他の着ぐるみ系サイトに比べると、このサイトに出てくる着ぐるみは少し大人っぽかった点である。スタイリッシュなスーツ姿など、都会的な衣装が他のサイトにない雰囲気を持ち、その点でも浅川の興味を引いていた。
そこで、浅川は思い切ってそのサイトのオーナーにメールを出してみることにした。
本当ならあの日見た着ぐるみについての情報が欲しいのだが、いきなりあれこれ教えてくれと言うのは失礼にあたる。やはり大人の礼儀として、まずは挨拶と、サイトに対する感想、そして自分の着ぐるみへの想いを書きつづって送ってみた。
有る程度親しくなれれば、その時にはあの日見た着ぐるみについて聞いてみよう、と思っていたのだ。
メールを送信した翌朝、そのサイトのオーナー「着太郎」氏からメールが届いていた。
着太郎は、浅川のメールに強い感銘を受けたようで、非常に嬉しそうに返事を送ってきた。
やはり着太郎自身、似たような嗜好を持つ人を探したいという想いでサイトを運営しているのだろう。文面からもその事がよく分かった。
もちろん浅川もそんな着太郎のメールを大変ありがたく読み、それに対する返事を書いていた。
こうして、数度のやりとりをしているうちに、浅川と着太郎はすっかりメール友達になっていた。
そして、メールのやりとりが始まってから2ヶ月程経過した頃、実際に浅川は着太郎と会う事になる。
初めて着太郎と面会する日は、浅川もそわそわしていた。
着太郎には実際にブツ(愛好家の間では着ぐるみのことをブツと呼ぶらしい)を見せて貰えることになっていた。だが、浅川としても見せて貰うだけでは申し訳ないと思い、先日取材したテーマパークで聞いた着ぐるみショーの舞台裏の話や、その時撮った動画、写真などを持参してお土産にすることにしていた。
また、取材用と言うことで使っていたプロ用の高級なデジカメを使用して、着太郎のブツを写真に撮ろうと思っていた。
浅川の家からは電車で40分ぐらい離れた、隣の県にある比較的大きめな駅で待ち合わせになっていたので、浅川は予定より10分ぐらい早くその駅に行って待っていた。
すると、ほぼ定刻に小柄で細めの男性が近づいてきた。
「浅川さんですか?」
その男性は浅川に話しかけてきた。近づいた男性は、背丈は165センチぐらい。男性としては多少低い身長ではあるが、それでも決して小さすぎるという背丈でもなかった。
「ええ。あ、もしかして着太郎さんですか?」
「あ、よかった。すぐ分かりましたよ。ええ。僕が着太郎です。はじめまして~」
「あー、よかった。私が浅川です。どうもはじめまして。いつもメールでお世話になってます。」
目印になる大きなカメラバッグのおかげで、すぐに浅川と分かったらしく、早々に挨拶をすませた二人はさっそく着太郎の案内で着太郎の自宅へ向かう事になった。
着太郎の家まではバスを使うらしく、市バスに乗って6つ程先のバス停に向かう。
バスでおよそ10分走ったところにある、皮中バス停と言う停留所で下り、そこから歩いて5分ほどの場所に、着太郎の自宅があった。
途中のコンビニで飲み物やつまみを買おうと立ち寄ると、駐車場にはなにやら見慣れない車が止まっていた。
コンビニに止まっていた車は、マセラティーMC12だった。
6000ccの排気量からは630馬力の出力と66.5キロのトルクを絞り出し、僅か1335キロの車重をあっと言う間に300キロオーバーの世界に引っ張り上げる。
開発はイタリアのマラネロにあるフェラーリのファクトリーで行われ、実質的には、世界最速の限定車としてデリバリーされたフェラーリ・エンツォの、若干のデチューン・リメイク車両である。
この驚異的性能を持つ車が、ごく普通のコンビニの駐車場に止まっていると言うアンバランスさが、浅川には妙に滑稽だった。
しかもオーナーらしい若くて小柄でスタイリッシュな女性は、手にはコカコーラ。口には肉まんらしい物をくわえながら、このスーパーカーに乗り込んでいったのだ。
世の中には凄い金持ちがいるなぁと感心しつつ、その小柄な女性の持ち物と車のアンバランスさがまた面白かったのだが、今はそんなことよりも着太郎の家に行くことの方が先だと感じ、買い物を済ませると、着太郎の家に向かった。
着太郎の家は比較的新しい5階建てのマンションタイプの家で、その2階に住んでいた。
オートロックの入り口から入り、エレベータで2階に行き、そこから廊下を進んでいくつかのドアを過ぎ、廊下の真ん中付近にあるドアが着太郎の家の入り口だった。
着太郎に案内され中に入ると、一直線な廊下の右手はいくつかの部屋、左手はトイレや風呂場、そして廊下の行き着く先はリビングと言う、比較的マンションに良くある間取りであった。
リビングに案内された浅川は、とりあえず着太郎と共にリビングにあった椅子に座り、荷物を下ろしてくつろぐ。
先程買ってきたつまみと飲み物を広げ、しばらくの間、着太郎との歓談を楽しんだ。
「この度は、ようこそ我が家にいらっしゃっていただきました。」
「いえいえ。こちらこそ呼んで頂き感謝していますよ。」
「それにしても、浅川さんからメールをいただいた時、この人は何かが違うって思わせるほど感心したんです」
「え?関心ですか?」
「そうです。着ぐるみ好きな人たちって結構いるんですけど、皆さんいろんな視点で、それぞれの’好き’を表現している。着ぐるみというアイテムは、ホントにいろんな視点での’好き’を複合的に持った、不思議なアイテムなんですよ。」
「複合的な’好き’ですか」
「もうちょっと言えば、’好き’は’フェチ’と置き換えても構わないかもしれません。」
浅川はこの『フェチ』と言う言葉にぐっと惹かれる。
「フェチですか。確かにそう言う側面はあるのかもしれませんね。」
本当はもの凄く関心があるのだが、少しだけ大人びて、ソフトに関心があるような言い方をしてみた。
「ええ。着ぐるみのサイトは色々ありますから浅川さんもご覧になっていると思います。純粋に別のキャラクターに変身することを楽しむ人もいれば、好きなアニメのキャラクターを自ら生き生きと動かしてあげたいと言う人もいます。他にも10人いれば10種類、みんな違った着ぐるみの楽しみ方を表現していらっしゃいます。そして僕の場合は、ホームページにあるような、着ぐるみをソフトな拘束の道具として楽しみたい、と言うのがあるんです。浅川さんのメールに書いてあった着ぐるみを見る’視点’はそんな僕にはとてもツボにはまった視点でした。」
「いやいや、お恥ずかしい。でも、そうやって気に入って頂けたのはメールを送った私も嬉しい限りです。
それに、そんなメールを書かせたのは、着太郎さんのサイトが凄く刺激的だったからですし。」
「あははは。刺激的でした?あれは狙ってますから、狙い通りですね~」
こんな感じで話は進み、やがては浅川の土産話と写真、動画の閲覧会になっていた。
「おー、この面を取ってる画像はベストショットですね~」
「え!ここのお姫様って内蔵男性なの!?それはちょっと羨ましいなぁ・・・凄くスタイルいいから女性だと思ってましたよ。」
「確かに夏場の炎天下だと、この衣装はキツイですよねー。でも実際に見るとそんな辛そうに見えないところがまたフェチ心をくすぐるんですよね」
着太郎は写真や動画を見ながら感心しているようだった。
もちろんこれは公開出来る類のネタではないので、画像そのものを着太郎にあげることは出来ないが、それでもこういった画像を見られたことが着太郎には嬉しかったようだった。
「いやぁ、浅川さんのコネは凄いですね。こんな画像が見られて幸せですよ。それにしてもこんなにいっぱい素晴らしい画像を見たら、なんだか悶々としちゃいますよね。」
「気に入って頂ければ嬉しいですよ。私としては似たような嗜好の人に会えたことが凄く嬉しいですし。」
「そうだ。せっかく浅川さんに凄い物見せて貰ったので、僕もとっておきの画像をお見せしますよ。」
着太郎はそう言うと奥の部屋からノートPCを持ってきて、あるフォルダーを開いて見せた。
そこには、何処のウェブページでも見たことがない、恐らくは秘蔵の着ぐるみ画像が次々と現れた。
オフなどで撮ったが公開するには問題があると思われる、ちょっとハードめな画像の数々はすぐに浅川を魅了する。
浅川はその妖艶な着ぐるみ達の姿に魅了され、すっかり夢中で画像を見入っていた。
画面に夢中になりしばらくの時間が経過した時、浅川の背後に人の気配を感じた。
とっさに振り返る浅川。
「わっ・・・」
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