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「それにほら、一番知られちゃ困る『舞ちゃん』については隠し通せたんだし」
その時、ガチャっと音を立てて部室の奥の小部屋に繋がるドアが開いた。
「おっ、噂をすれば」
「舞ちゃんおかえりー」
俺とちゆりはそこから出てきた少女に声をかけた。
それは学校指定のスクール水着に身を包んだ一人の少女・・の着ぐるみだった。
もちろんただの着ぐるみではない。
ちゆりの家にいるメイドさんたちと同様ホビー21のそれと同じ規格で作られたものであり、その身体は一体型のラバーでぴったりと覆われており継ぎ目どころかファスナーすら見当たらない。
その顔はお屋敷で働くどのメイドよりも若い印象で、俺たちと同じ年代をイメージしてデザインされてるようだ。
彼女の名前は舞、苗字は烏丸。ちゆりの家が引き取った元孤児という設定らしい。
高校一年の春から同い年のちゆり専属のメイドとしてお屋敷に仕えるようになったのだという。その設定故か性格なのか、ちゆりの言いつけはどんなことであれ反論せず従っていた。
もっとも反論するにもまだおしゃべりする機能は備わってないらしいが。
そして俺たちの同級生にしてmaiちゃん部の一員、maiちゃんの着ぐるみの中に入って操演を担当する専属スーツアクトレスでもある。
maiちゃん部は部長という肩書きを持ったアテンド担当の俺、中の人すなわちボイスアクターの烏丸ちゆり、そしてmaiちゃんの内臓役ことスーツアクトレスの舞ちゃんの計3人で構成されていた。
ちなみに俺以外の部員が誰なのかは外向けには秘密にされているらしい。
授業には毎回欠かさずちゃんと出席してるとはいえ方や声だけの遠隔参加、もう片方もmaiちゃんの中から顔を出すことは絶対にないからだ。
しっかしホント何なんだよ、自身も着ぐるみなのにスーツアクトレスって・・・?
舞ちゃんは手に空になったゼリー飲料のパックを持っている。
あれこそが舞ちゃんの昼食らしい。
「らしい」と言うのは俺が実際に舞ちゃんがそれを飲むところを見たことがないからだ。
ちゆりの説明によると、人形ゆえに口も鼻も作り物で穴が開いてない舞ちゃんが唯一摂取できる食べ物だそうだ。
ただそれもmaiちゃんの着ぐるみに入った上からでは接種はできないらしい。
maiちゃんは毎日昼に舞ちゃんの姿に一度戻り、奥の小部屋に籠ってゼリー飲料を接種する。
それこそがこのエネルギー充電の時間の目的だった。
maiちゃんの着ぐるみはホビー21製の着ぐるみとは違い、あえてローテクを織り交ぜて制作されている。
ホビー21の着ぐるみの中には同社の独自テクノロジーが詰めこまれてているという、詳しいことは知らないがそれは他所の多くの企業がつけ狙うほどのものだそうだ。
そんな着ぐるみが学生の手だけでこんな無防備な形で運用されているとバレると最悪どこぞの産業スパイに盗難・誘拐されかねない。
それ故、maiちゃんの着ぐるみはホビー21の着ぐるみに使われる着ぐるみとは別物に偽装させる必要があったのだ。
当然、その中に正真正銘のホビー21規格の着ぐるみである舞ちゃんが入ってることも誰にも知られてはいけなかった。
maiちゃん着ぐるみの肌のラバーの質感は中に入る舞ちゃんのそれとは明らかに別物だ。
背中にも中の舞ちゃんとは違い縦に一筋のファスナーがつけられている、上から制服やレオタードを着ると完全に隠れてしまう位置なのだが。
だがそんな構造だからと言って舞ちゃん以外の生身の人間がmaiちゃんの着ぐるみに入ることは実質不可能だった。
その身体は中に入る舞ちゃんにピッタリ合わせて作られており、スレンダーな舞ちゃんでさえ二人がかりのサポートで着ぐるみをぐっと広げながらでないと着ることすらできない。
また首から上の部分には呼吸のための穴が全くあけられておらず、舞ちゃん以外の人が仮に中に入れたとしても中で窒息してしまうだろう。
よくよく観察しないと分からないが股間の部分にラバーではなく布張りになってる部分があり、舞ちゃんのような股間呼吸可能な着ぐるみに入ったうえでないとmaiちゃんにななれないのだ。
「あーあ、この後はまたあの蒸し暑い声当てブースに戻るのかぁ・・」
ちゆりがぼやく。
部室の一角がちゆりがmaiちゃんの声を当てるためのブースになっている。
中からは学校内の防犯カメラやmaiちゃんの頭部に仕込まれたカメラの映像を全て覗き見出来る様になっており
学校にいる間はここから遠隔で声を当てられる仕組みだ。
「そんなに暑いんならエアコンつければいいだろ」
maiちゃん部用に新築されたこの部室はかなり充実した作りになっており、各部屋やブース内それぞれの空調はもちろん地下の駐車場に繋がる秘密通路まで備えていた。
「ダーメ、本番中はエアコンの音をマイクが拾っちゃっうからつけてはいけないの」
「お前はいつも変なところにこだわるなぁ・・」
「何言ってんの!そんなのプロ声優の世界じゃ常識よ、ジョーシキ」
ちゆりはプロ声優になるのが夢だった、maiの声を当ててるのもその練習のためらしい。
ホビー21内で実際にキャラクターの声を当ててる役者さんのレッスンも受けてるらしく実際かなり様にはなっている。
「あーあ、ブラウスが汗でべっちょべちょで気持ち悪い・・。
それに比べて舞ちゃんはいいわよねー、私と違って汗一つかいてないじゃない」
そう言いつつちゆりは舞ちゃんの肌を羨ましそうに人差し指でなぞる。
「オイオイ・・」
そりゃあ全身ラバーの着ぐるみだから汗はかかないだろうけど、どう考えてもその内側は今のお前の何倍もムレムレのぐっちょぐちょだと思うぞ・・・
舞ちゃんの中に入ってるのがどんな子なのか俺は知らない、当然ちゆりも教えてはくれなかった。
だが舞ちゃんが雇われたこと自体は、ちゆり自身のたっての希望があってのことだったそうだ。
もしかしたら舞ちゃんの中の人物はちゆり自身が元々知っていた人物を指名した可能性だってある。
maiちゃんは同級生として授業に出席しテストを受けクラス行事も他の生徒と何ら変わりなく取り組んでいる、内臓役の人物も本当に同年代の人物なんじゃないだろうか?
だがそれがどういう立場の人であれ、その子も俺と同じくちゆりに強引に巻き込まれた立場に違いないだろう。
もし自分のの望まない形で普通の人としての日常を奪われた上にこんな理不尽な文句をかけられてるんだったら・・舞ちゃんそこは怒っていいと思うぞ。
テレビではまだ先程の話題が続いていた。
maiちゃんの中身をちゆりと勘違いしたスタジオ一同はちゆりの人物像の構築に夢中のようだった。
目の前で胡坐をかいている少女とは全く別人の完璧で清楚なお嬢様像がでっちあげられつつあった。
舞ちゃんもテレビの話題に気が付いたようだ。
「ああ、先日のテレビ取材だよ。
舞ちゃんのヴァイオリン褒められてたよ、あのツダタローがちゆりの演奏と聞き間違えたって」
その言葉に舞ちゃんは少し俯いて両手を頬に当て、照れてる仕草をした。
ちゆりは中学時代にはヴァイオリンコンクールで入賞したほどの腕前、一方舞ちゃんはmaiちゃんの内蔵に指名されるまでヴァイオリンには触れたことが無かったらしい。
maiちゃんは楽器全般も得意だという設定が存在したため、それからはmaiちゃんとしての活動やお屋敷内でのメイドのお仕事の合間を縫って猛特訓を続けているらしい。
そんな彼女が一曲限定と言え、それほどの評価を得られる演奏をしたのは大したものだ。
「そりゃあ当然よね!なんせこの私が毎日夜通しつきっきりで練習に付き合ったんだから」
ちゆりの言葉に舞ちゃんは少し目線をそらして頷く。
・・・どんな練習だったのかは追求しない方が良さそうだ。
「そんなこと言って、もし舞ちゃんの腕が物にならなかったらどうするつもりだったんだ?」
「その時には私がmaiちゃんに入るつもりだったのよ♪」
「お前が!?」
「ええ。
演奏会だったら喋る必要もないしね」
maiちゃんの声は、ちゆりがリアルタイムで吹き込んだ声にエフェクト処理をかけてmaiちゃんの着ぐるみの口内にあるスピーカーから発している。
maiちゃんの着ぐるみの厚みでは外に声が通らないため、ちゆり自身がmaiちゃんを演じながら自分で声を当てるのはどう考えても不可能だった。
それ以前にmaiちゃん着ぐるみは生身で入れる構造ではないが。
「いや、そこじゃなくって・・・」
maiちゃんの着ぐるみのサイズはいくらスタイルのいいちゆりでも着用は不可能に思える。
「ふふーん♪ちゃんとやり方があるのよ。
そのうち時が来たら高木君にも教えてあげるわ」
「・・あっそ、別に期待してないけどな」
一刻も早くその時が来るのを祈ろう。
番組はエンディングに突入し、先ほどの場面が繰り返し流れていた。
maiちゃんが頭をガムテープボールにしてポーズを決めるシュールな映像が流れた。
「この後大変だったわよねー」
「ガムテープ、隙間もないくらいギチギチに巻かれてたからなぁ。
結局maiちゃんの顔を傷つけないようにハサミで切っていったらコレ脱がすだけで一時間くらいかかったんだっけ」
「全く、テレビの前だからって張り切ってサービスしすぎでしょ舞ちゃん」
ちゆりの言葉に舞ちゃんは申し訳なさそうにちじこまる。
「オイオイ、元はと言えばお前があんな台詞当てたんだからこうなったんだろ・・」
「それにしたって加減ってものがあるわ!ガムテープ丸々一本使う事無いじゃない!」
「お前の演技指示はいつだってそんな感じだろーが!
いつもいつも舞ちゃんの苦労考えずに無茶振りばっか飛ばしやがって!」
「なによー!!」
「なにを!?」
と、その険悪なムードに舞ちゃんが割って入り時計を指さす。
「あっもうこんな時間!高木君、舞ちゃんをmaiちゃんの中にに詰めるわよ!」
「わーってるよ、いくぞ!」
と3人でてきぱきと準備に取り掛かる。
毎日のように繰り返された流れだった。
二人がかりでmaiちゃんの背中をぐいーんと引き延ばしmaiちゃんが足を通す。
スーツを腰まで引き上げて三人がかりで丁寧にしわを伸ばす。
この時にしっかり呼吸口の位置をしっかり合わせないと舞ちゃんが窒息しちゃうのでここは慎重にいかねばならない。
そのあとはまた二人がかりで穴を引き伸ばして舞ちゃんの腕を慎重に通す。
首の細い部分も二人がかりで押し広げることによって舞ちゃんの頭を何とか通せるサイズになる。
そのあとまた二人がかりで一気に引き上げることですっぽりと舞ちゃんの体はmaiちゃん着ぐるみの中に収まった。
そして再び3人で皺伸ばし、視界もぴったり合うように調整出来たらmaiちゃんはOKのサインを出す。
最後にファスナーを上げるのは俺の仕事だった。
硬いファスナーをジジジジとゆっくり噛まないように引き上げていく。
舞ちゃんの身体ぴったりに作られたスーツはファスナーを閉じることのにり一切の隙間がなくなりmaiちゃんと舞ちゃんがぴったりと一体化するのだ。
ファスナーの隙間から僅かに内側の湿気が絞り上げられるように漏れ出てくるが、うなじの下の部分でファスナーが閉じ切ると同時にその漏れ出る湿気もピタッと止んだ。
俺は毎日この瞬間が一番切ない気持ちになる。
何度繰り返してもこの気持ちが和らぐことはない。
maiちゃんの体にぴったりと密閉される舞ちゃん、その更に内側に確かに存在する人物のことが羨ましくて仕方がなかった。
こんな時、せめてマーちゃんも一緒だったらなぁ・・。
同じ気持ちを抱くあいつと一緒ならこの苦痛や嫉妬心も少しはやわらいだのかもしれない。
マーちゃんというのはもう一人の幼馴染、白川まことのこと。
あの日、俺とキャッチボールをし一緒にお屋敷に忍び込み一緒にちゆりと出会い、そして共にお屋敷に通う仲になった人物だ。
あの出会いの日から俺とちゆりとマーちゃんの三人で毎日のようにお屋敷の中で遊ぶようになった。
更に近年は4人に増えていた、マーちゃんには歳の離れた弟がいて両親が共働きで一人にしては心配だからと一緒にお屋敷に連れてくるようになっていたのだ。
マーちゃんも俺と同じように着ぐるみメイドに憧れていた。
ただマーちゃんは俺と違ってその思いを胸にずっとしまい続けることはなかった。
恐らくあいつなりにたっぷり思い悩んだ末だと思うが、ある日あいつは俺たちに着ぐるみメイドに憧れる胸の内を明かした。
俺は「お人形なんて柄じゃないだろ」と茶化したが、本心では俺と同じくあんな過酷そうな着ぐるみに憧れる変態が居たのかと嬉しく感じたものだ。
そして俺と違いその願望を堂々と口に出来るマーちゃんが羨ましくもあった。
だがマーちゃんは俺たちの前から居なくなってしまった。
急に遠い地方の高校に通うことが決まったそうだ。
そんなところに受験してるとは知らなかった、てっきり俺と同じように公立で進学するものだと思っていた。
その後、俺はちゆりに半ば強引に誘われこの私立高校へ進学先を変更することになる。
そしてmaiちゃんと舞ちゃんに出会ったんだ。
あいつと入れ替わるようなタイミングでお屋敷に舞ちゃんがやってきたものだから、ひょっとして舞ちゃんの中身がマーちゃんなんじゃないかと疑ったこともある。
だがちょっと考えればそんなことありえないと分かる。
マーちゃんも決して太ってははいなかったが舞ちゃんはファッションモデル級のスレンダー体系だし舞ちゃんの方があいつより背は低い。
身長や体系を簡単に変えてしまうような魔法でも存在しない限りその可能性は無いと断言できる。
目の前ではmaiちゃんが真っ白な身体の上に下着と身に着け制服のブラウスを羽織ったところだった。
maiちゃん自身でも制服を着こむことはできるが、ボタンの脱着なんかは俺が手伝った方が断然早い。
故に俺の仕事はまだまだこれからだ、感傷に浸ってる暇はない。
maiちゃんのやわらかい胸をブラウスに詰め込みながら俺はふと
(俺も探偵タイトスクープにお手紙を送って舞ちゃんの中身を暴いて貰いたいなぁ)
・・なんて思った。
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