由佳里のバースデー(8話) [戻る]
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 その後、30分ぐらいで、二部のプログラムも全て終了し、大盛況のまま、イベントが終わりました。
 その間の由佳里の瞬きは、おそらく自動モードに戻ることは無かったと思います。
 お客さんを玄関口まで送り出した由佳里と彼氏は、全てのプログラムを終えて、ようやく仕事が終了となります。
 一旦楽屋に引き上げた僕らは、楽屋の奥の部屋に、既に先程のイリュージョンで使った箱が戻ってきているのを確認し、何かガサゴソと作業している様子。
 僕が気になって、その奥の部屋に行こうとしたら、由佳里が意地悪く阻止してしまいます。

「え? 駄目なの?」

 僕が聞くとウンウンと頷く由佳里。

「だってもう終わったネタじゃん。正解知りたいよ。」

 由佳里はイヤイヤと首を振り、僕の手を取り、手のひらに指文字でこう書きました。

「あとでヒント」

 一瞬意味を考える僕。

「後で・・・ヒントをくれるって事?」

 聞き返すとウンと頷く由佳里。瞬きもバッチリと頷くタイミングに合っています。
 この瞬きを見るのは実にツラいんですよね。
 そんな状況でも、由佳里が箱の状態は秘密にしたいと言う事なので、ここで下手に抵抗して、もっともっと羨ましい由佳里を見続けるのは得策ではありません。
 僕は、これ以上無理に追求するのは止めて、後でくれるというヒントを期待することにしました。
 由佳里は、このままホビー21に帰る事になるのですが、最後の着替えは、ここではなく、ホビー21の車の中で行うことになっていました。
 ここで着替えてから移動すると時間がかかり、その時間の体力を使う為、移動中に着替えると言うことになっていたのです。
 車までの移動の最中、由佳里は自然な瞬きではなく、歩きのタイミングとシンクロした瞬きを見せていました。
 ドレスの胸に、リボンの重みがかかる度に、切なそうなゆっくりした瞬きが起こるんです。
 さすがに一歩一歩瞬きが繰り返される事は無かったのですが、何歩かに一回は確実に反応しています。
 何も知らない人が見れば、そこに異常な状況があるとはわからない程度の瞬きですが、僕には、その瞬きは、中で受けている友達の刺激を想像できてしまうため、ものすごく見たくない物でした。
 僕は、そんな、見るのもツラい由佳里とともに、駐車場まで移動すると、専用の移動車に乗ってホビー21を目指します。
 専用の移動車は、緊急の場合を除いて、役者が着ぐるみを脱ぐ設備はありませんが、衣装の交換等は出来る設備がある、大型のバンです。
 運転手は別にいるため、ホビー21に向かってくれるように指示をして、移動を開始します。
 取り敢えず由佳里と並びで座って、少し落ち着くのを待ってから着替えの開始をするつもりでした。
 すると、由佳里は僕にピッタリ寄り添って、可愛らしく顔を見上げて僕をチラッと見た後、また呼吸を整え始めます。
 ここでの会話は、運転手には聞こえないはずなので、僕は由佳里に話しかけます。

「苦しかった? 大丈夫か?」

 由佳里はウンウンと頷いて、ゆっくりと呼吸を整えます。

「ここならスカート捲れるよ? どうする?」

 その提案には由佳里はイヤイヤと首を横に振ります。

「そっか・・・じゃあまあゆっくり呼吸を整えて、瞬きのモードを戻して、少し楽になったら着替えに入ろう。ね?」

 大きくゆっくり頷く由佳里。
 その可愛らしくて愛おしい姿は、本当にゲームの中の由佳里です。ゴージャスなドレスを纏って二人きりで車に揺られているこの状況もまた、凄くドキドキを煽っていました。
 先ほど歩行中に見せた切なそうな瞬きも止まり、今は由佳里の中は、モードを自動に切り替える為の我慢が始まっているはずです。
 それでも、最初のうちは、必要な時間より前に瞬きをしてしまい、再び我慢を始める、と言うことを何度か繰り返していました。

 道中、十分ほど高速道路を走るのですが、高速道路無料化によって既に用をなさなくなった料金所ゲートのうち、三つあるゲートの左側を通過しようとした時、右後方から甲高くてレーシーなサウンドを響かせた車が近づいてくるのを発見します。
 ゲートをくぐって加速を開始するその車は、由佳里が纏うドレスのごとく、純白のボディーに身を包み、清んで甲高くてレーシーなサウンドと共に、僕らの車をあっという間に置き去りにする加速を開始して、視界から消えていきました。
 そう。その車は、日本で最も高価で、恐らく日本で唯一の本気のスーパーカー。
 ただ速さのみを追求した走る機械とは異なり、優雅で可憐で、そして力強くて圧倒的なオーラを纏った、レクサスLFAでした。
 世界限定500台。3750万円と言う驚愕のプライスも、その内容を考えればバーゲンと言える程の物。
 一部のお金持ちだけが味わえる、レクサスクオリティーを持ちながら、圧倒的なスピードとレーシーに調律されたサウンドを楽しめ、そのままホテルに横付けしても優雅にバレーパークを出来るぐらい美しい車と言う意味で、正真正銘のスーパーカーです。
 こんな車に乗れる人が今の日本にもいるんだなぁと思いつつ、そんな車を見れただけでも、ちょっとだけ、由佳里との悶々とした車内で、気持ちが紛れて良かったです。ただ、やはり、由佳里の中と同様、乗っている人にちょっと嫉妬を覚えたんですけどね。
 こうして車を走らせること、約15分。多分道のりの半分ぐらいまで来た頃でしょうか?
 由佳里が身体を起こして、僕にOKサインをします。
 気づかないうちに、由佳里の瞬きが自動モードに切り替わったようです。

「分った。じゃあ着替えよう。っ・・・と」

 僕も立って、由佳里の着替えを探します。
 ドレスを脱いでも、その後着る衣装が無いと困りますから。
 ですが、本来あるはずの場所に、衣装がありません。

「あれ? 衣装は?? ここにあるんじゃ??」

 由佳里は、僕の言葉に、知らないよ? と不思議そうな顔をします。

「うーん、困った。会場に置いてきたなんて事はないはずだよなぁ。来るとき着てた私服は、別のスタッフが車に積んだって言ってたし。」

 ウンウンと頷く由佳里。

「マズイいなぁ。戻ると時間食うし。」

 由佳里も腕を組んで悩むポーズをします。もちろん大きな胸を腕が押しつぶしている様子が見えます。
 そのときの瞬きが不自然ではなかったので、本当に自動モードに戻っている事は確認できるのですが、それでもそのポーズは僕にはとても悩ましいものでした。
 しばらく考えた由佳里は、何かをひらめいたように手をポンと叩きます。

「ん? なに? 何処にあるか思い出した?」

 僕の質問に違う違うと首を横に振り、車に積んである紙とペンを取り出して筆談を始めます。

「あれ、見える?」

 そう書かれた紙と共に、由佳里は、車の片隅にある、キャスター付きの台を指差します。
 床の上を座って移動する為の台で、工場などで作業する時に使われる物です。
 縦横二十センチぐらいの平らな板の裏に、四隅の位置にキャスターが着いているのです。

「うん。見えるけど。あれが?」

 すると由佳里は、イラストで、立った女の子と、その後ろにしゃがんでいる男の子の絵を描きます。
 記号のような絵なので上手くは無いですが意味は通じます。そしてその絵に、追加でイラストを描き込みます。男の子の下に、台車らしきもの。女の子の身体にドレス。
 そしてスカートの中に男の子を入れてしまい、男の子は女の子の腰を持っています。

「え? これってまさか・・・」

 由佳里はウンウンと頷いてます。
 そう。僕があの台座に座って、由佳里のスカートの中に隠れて移動すると言うのです。

「でも、そうやってどうするの?」

 僕の質問に、由佳里はこう答えます。

「ホビー21の楽屋になら、着替えはあるわ」

 なるほど。
 つまり僕は素では着ぐるみ用の通用口から入れないので、由佳里のスカートの中に隠れて守衛さんの目を誤魔化して、中に侵入しようと言う作戦のようです。

「だ・・・大胆なことを考えるなぁ・・・って俺が潜っていいのか?」

 由佳里は、当然と言わんばかりに大きく頷きます。
 こうして、僕らはホビー21の着ぐるみ専用エリアに、着ぐるみ以外が通ろうとすると確実に守衛さんに呼び止められる通用口を通って入り込むと言う作戦のようなのです。
 僕も、ある程度の着ぐるみ関係者エリアには入れますが、役者では無いので、最後のエリアには入れません。
 このドレスは背中のヒモを解かない限り脱ぐことが困難なので、僕が手伝う方がずっと効率がいいのです。
 由佳里が悪戦苦闘してヒモを解く時間があったら、僕が手伝う方法を選んだ方がはるかに時間も早く澄みます。
 ですが、僕が手伝うには、この由佳里の提案する方法で侵入する以外に、いい案は思い付きそうにありませんでした。
 僕は渋々この案を飲むことにします。
 そうこうしているうちに、車はホビー21の関係者口駐車場に滑り込み、無事にホビー21に到着しました。
 一旦全員下車して、運転手さんにキーを返してもらいます。
 元々、由佳里の荷物があったり、その他車の後片付けをするのは僕の役目なので、キーは僕が最後に守衛さんに返す事になっていました。
 運転手さんと別れると、再び車に戻って、先ほどの台車を手に取り、いよいよ社員通用口に向かって歩き出そうとしたその時でした。
 丁度僕らの乗っていた車の、二台隣ぐらいの駐車スペースに、一台のバンが滑り込んできたのです。

「あれ? 今日って他にも外部イベントの着ぐるみっていたっけ?」

 今日のスケジュールでは、着ぐるみがホビー21店外でイベントをやるのは由佳里だけのはずでした。
 にもかかわらず、着ぐるみの着替えが出来るバンが滑り込んできた事が不思議だったのです。
 しばらく眺めていたら、バンのドアが開き、そこから、さっきイベントで一緒だった、イリュージョン関連のスタッフが降りて来ました。

「お? さっきはどうもー」

 僕が挨拶すると、彼も気がついたようです。

「あ、こちらこそどうもー。まだこちらにいたんですね-。」
「ええ。ちょっと色々ありまして。それにしても、何でもう一台バンが?」

 僕が素朴な疑問を彼に投げかけているその最中に、もう一人、驚く人物がバンから降りてきました。
 そこに現れたのは、由佳里でした。

「え? ええ??」

 僕は、横でドレスを纏った由佳里と、バンから降りてきた由佳里をちらちらと見ます。
 バンから降りてきた由佳里は、真っ赤なチャイナドレスを着ている事にも気づきました。

「あー、いや、ほら、瞬間移動あったでしょ?」
「ええ。イリュージョンですよね?」
「あれのタネですよ。」
「へ??」
「この由佳里ちゃんが消えて、そっちの由佳里ちゃんが出て来たんです。」
「え?? ま・・・マジ??」

 僕はそう言いながら、二人の由佳里を交互に見ます。
 僕の横に寄り添っている由佳里が、ウンウンと腕組みして頷いています。
 なるほど、これで瞬間移動のタネが分かった気がしました。そして、あっという間に衣装が替わった事も分かった気がしました。
 最初から、二人の由佳里がいて、最初から異なる衣装を着ていて、チャイナドレスの由佳里が、片方の箱に入って、もう片方の箱から、このドレスの由佳里が出て来たのです。スタイルも容姿も全く一緒の着ぐるみだから出来る方法です。
 それにしても、冷静に考えれば分かりそうなものですが、その演出にびっくりして、全くそう言う想像が出来ませんでした。
 確かに二人いれば瞬間の移動は可能なように見えますし、演者は二人いるのですから、二人の由佳里を用意することは確かに可能でした。
 が、それでも疑問はありました。
 最初は箱に何も入っていなくて、異動後も箱は空だったはずなのです。
 唯一気になったのは、箱に付いてる三つの扉は同時にオープンされた事はなく、常に一つずつと言う事。
 でも、あの短期間に、例えば箱の上から下に移動して隠れるなど、可能なのでしょうか?
 そして、最後に箱をばらしていた時も、隠れて箱から逃げるタイミングがあったのでしょうか?
 その点の疑問だけはまだ解けませんでしたが、取り敢えず、二人いた事が分かって、それなら可能だと言う事は少しだけ理解出来たのでほっとしました。
 ただ、いったいいつからこの二人があの会場にいたんでしょう?
 最初からいたとは思えないのですが、途中で衣装替えが予想以上に早かったのは、もしかして、二人が入れ替わっていたから?
 もし、そうだとしたら、合点がいく場面はあります。
 僕の身体に寄りかかって、呼吸を整えていたシーンです。
 僕に寄り添う事に躊躇無い由佳里と、僕に寄り添うつもりが全く無い由佳里がいたのです。
 もし二人の由佳里が交互に入れ替わっていたのであれば、確かに、片方の由佳里は、僕に、寄り添っていいよとは言われてない訳ですから、そう言う行為を自然な形でやるはずはないですよね。
 現実を理解した瞬間、新たにいろいろな嫉妬心が芽生えます。
 僕が、同一人物だと思っていた由佳里は、着替えの時々で入れ替わっていた可能性があるんです。
 中が北野だったのか、加藤君だったのかは不明のままですが、せめてどちらか一人だろうと思っていたら、なんと二人ともだったというのです。
 どっちの由佳里がどっちの友達なのかは分かりませんが、どちらの由佳里も、本当に羨ましい光景を見せつけ続けていたのは事実であり、それは、本当に僕には悔しい事実でした。
 彼らは、僕が、由佳里の中は同一人物であると思って行動している事を理解しながら、実は裏で、別人にすり替わっていて、その事に全く気づいていない僕を眺めながら、由佳里というキャラクターを演じ続けていたのです。
 その時、どんな気持ちで僕に接していたのかを想像したら、それは悔しくなりますよね。
 事実を知らない方が幸せだった気がするぐらいの愕然とした事実でしたが、実際にこうして目の前で二人の由佳里の存在を見せつけられると、その事実を認めるしか有りません。
 本当に悔しいし羨ましいけど、これが僕の立場と彼らの立場の差なんですね。
 チャイナドレスの由佳里は、車から降りると可愛らしく手を振って、そのまま僕たちを見てバイバイと手を振って、ウインクをひとつ残して、さっさと社員通用口に引き返して行きました。
 スタッフはまだ車のチェックをしている様子ですが、僕らも早く由佳里の着替えに向かわないと行けませんので、社員通用口を目指して移動を開始します。
 社員通用口から二人で中に入るのですが、ここまでは僕も関係者ですから入れます。
 ですが、この廊下を進んで、その先のT字路で、着ぐるみだけが通行出来るエリアが始まります。
 T字路の手前で僕と由佳里は立ち止まります。
 由佳里は事前に書いておいたらしいメモを僕に渡します。

「私が、頭を三回、コンコンコンてスカートの上から叩いたら出て来ていい合図ね?」

 なるほど、僕がスカートから出るタイミングを教えてくれました。

「り・・・了解。それまでは出ちゃダメって事ね?」

 由佳里はウンと頷きます。
 僕は、そっと床に台車を置きその上に座り込み、ゆっくりとスカートの中に潜り込みます。
 スカートを捲ると、そこは本当の蒸し風呂でした。
 フワフワのパニエが邪魔して中々核心にたどり着けませんが、既に一番外側のスカート本体を捲っただけで、ムッと蒸して、独特の臭気を伴った空気が漏れだしてきました。
 これが由佳里の中の世界。
 先程まで、イベント会場でも何度かスカートの裾から漏れ出す空気は感じましたし、それだけでも、本当にグッと来る程蒸し暑くて臭くて苦しそうな濃密な空気だったのですが、こうしてスカートの中に潜り、パニエの奥に入り込んでいく事で、漏れ出す空気で感じていた何倍もの、濃密な空気が存在していた事を知ります。
 こんなに苦しい場所だったのです。そして、こんなに羨ましい場所だったのです。
 由佳里の優しい笑顔が、非常に恨めしく感じるほど、このスカートの中は過酷な環境。
 そんな環境が、ずーっとずーーっと存在し続けていたのだと知り、僕は心底、由佳里の中にいる友達に嫉妬しました。
 僕は由佳里のお尻の後ろに潜り込みます。
 ここまで潜ると、呼吸音もハッキリ分ります。ストロークが長くて、ハッキリとした呼吸音は、苦しそうではあるけれど、これを維持している事でなんとか耐えられている感じに聞こえます。

 すーーっ。
 はーーっ。

 繰り返される呼吸音がスカートの中にこだまします。
 それにしても漏れ出す空気の音は、下着やタイツの布に遮られて苦しそう。耐えられるからと言って、苦しくない訳では無い、と言う事を物語っている音です。
 スカートの奥は、真っ暗で、全く何も見えない状態でした。
 スカートの裾に隙間があれば、少しは明かりも入り込むでしょうが、全くそんな事が無いぐらい、スカートの裾は地面に降りてしまっているのです。
 スカートの生地が薄くても、少しは明かりが差し込むでしょうけど、幾重にも重なる布は、そんな光を一切遮っている事も分かります。
 僕は、たまたま持っていたスマートフォンをポケットから出すと、液晶画面を明るくしてみます。


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