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失礼します、の言葉の後に部屋に入って来たのは、僕よりいくつか年上かな、と思える見た目の男性でした。
赤城「紹介するよ。彼が羽田君。君が教育担当になる新人君だ。で、こっちが羽田君の教育担当の成田君。サポートとしてはもう大ベテランで、キャラクターの操演者からも信頼は高いんだよね。色々勉強するといいよ」
成田さんと紹介されたその人は、明るい雰囲気の人でした。
僕「は・・はじめまして。羽田幸太郎と申します」
成田「話は聞いてるよ。君が羽田君ね。よろしくね。君の適性が確かなら直ぐに慣れると思うけど、直ぐに色々悩むことにもなると思う。その時は遠慮なく相談してよ。僕も色々悩むこともあったから、答えられる事は答えるし相談にも乗れると思うし」
僕「ありがとうございます。よろしくお願いします」
成田「うん。よろしくね」
第一印象通り、話しやすそうな人ですし、色々サポートの肝を伝授して貰えそうなので頑張って付いて行かないと、と思いました。
赤城「じゃー。ここからは成田君に任せてしまっていいかな?」
成田「ええ。大丈夫です。じゃ、さっそく楽屋を案内してきます」
赤城「頼んだよー。あ、そうそう。時間になったらこのタイムレコーダーだけ記録して帰ってね」
成田「了解です。彼には新しいカード発行されてるので、それを後で渡しておきます」
赤城「あ、そっか。着ぐるみ系の業務のカードね。よろしく」
成田「じゃ、行きますね。羽田君、ちょっとついて来てくれるかな」
僕「あ。はいっ!」
僕はそう言って席を立つと、赤城さんに会釈をして、成田さんにいついて部屋を出ました。
楽屋エリアとは言っても、いくつかブロックに分かれているらしく、各フロアに繋がっている通路が網の目のように張り巡らされていて、キャラクター達はその通路を通って各々の楽屋やフロアを往来するようです。
しかも、個人個人の楽屋の他に、そのフロアでまとまって行動するキャラクター達が集まる大部屋的な楽屋があり、出番直前や、出番直後、あるいは休憩中のキャラクター達はそこで過ごす事も多いらしいです。
個人の楽屋に戻る時間がある人はそこに戻る事もあるようですが、操演の途中の休憩で個人楽屋まで戻る人はそんなに多くないようです。
ですが、話を聞くと、この各フロアへの移動や大部屋と呼ばれる楽屋では、キャラクター達はキャラクター達として存在している事になっていて、つまり中の人が着ぐるみから出てくるのは個人の楽屋が存在する「着ぐるみ達しか出入りする事が許されないエリア」だけなのだそうです。
と考えると、ここの大部屋で休憩する、と言うキャラクター達の中の人は、ずっと着ぐるみに入りっぱなしで休憩しているんですね。
あんなに密閉度が高くて蒸し暑そうな着ぐるみに入りっぱなしで、本当に休憩になっているのか疑問ではありました。
そう言った楽屋エリアの全体像について成田さんの説明を聞きながら流し見しつつ、まずは着ぐるみ系のスタッフ専用の出入り口付近にあるセキュリティールームに辿り着きます。
僕はここで、成田さんから手渡された新しいIDカードを受け取る事になりました。
このカードは着ぐるみ用のバックヤードエリアに入れる物だとの事です。
これまでのフロア担当や荷物の管理担当、あるいは一般的な企画系、事務系と言った人たちが持っているカードとはは入れるエリアが全く異なっているようでした。
但し、このカードでは、着ぐるみと役者さんのみが入れる個室楽屋エリアや訓練棟の存在するエリアには入れないみたいでした。
その後、成田さんの説明を聞きながら実際にバックヤードを歩いて見ました。
時々、出番が終わって戻ってくるキャラクターや、これから出番な雰囲気のキャラクターとすれ違ったりして、その度に想像以上に着ぐるみとの距離が近い事に驚きます。
彼女達も、僕らがサポートスタッフである事を認識しているからなのか、とてもフレンドリーに接してくるんですね。
ただ、成田さんはそのキャラクター達の行動を見る度に、なんだかとってもツラそうな表情を浮かべていました。
そう言いつつも、僕もキャラクター達の動きを見て、あの中で頑張ってる女の子達を羨ましいと思ってしまっていたんですけど、なんというか成田さんが浮かべる表情って、それ以上に苦しそうな表情と言うか。何か表現しにくいですがモヤモヤした感情を持った表情に見えました。
この日は僕が担当する予定のエリアの説明が中心でした。
それによると僕はフロア担当の最後にいたゲームのエリアを担当するらしいです。
成田さんの話によれば、元々いたフロアの方がフロアの全体像がイメージしやすいだろうし、イベントやキャラクターも実際に見ていただろうから事前の学習コストが低くなるって言う理由らしいです。
まぁ確かにフロアにいた時は、良く着ぐるみに目が行ってしまってて、結果的によく観察してた気がします。
この日はそう言った説明程度で終わり、翌日、いよいよ僕が担当するキャラクターと対面する事になりました。
朝からちょっとドキドキしつつ出勤し、今までは遠い存在と言えたバックヤードエリアに堂々と入って行き、前日に成田さんと待ち合わせた部屋に行きます。
僕が到着すると、既に成田さんは入室していました。
成田「羽田君、おはよう」
僕「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
成田「よろしく。今日は初日だし、まずは僕が実際にサポートの仕事をやるから見て学習してね。質問とかあれば随時聞くから」
僕「はい。頑張ります」
成田「ははは。そう緊張しなくて大丈夫だよ。って言っても緊張しちゃうかな。これからキャラクターに会いに行くんだし」
僕「は、はい。ちょっと緊張してます」
実際僕は少し緊張していました。
ドキドキとわくわくでいったら、ドキドキの方が強いと言うか、実際にどういうキャラクターを担当するのか気になって仕方ありませんでした。
成田「じゃ、行こうか。ついて来て」
僕「はい!」
成田君の後について部屋を出ると、バックヤードを通ってゲーム関係のエリア方面に向かいます。そして、エリアが近づくと、フロアの方ではなく、楽屋の大部屋のある方に進路を変えました。
昨日も見た楽屋には、出番待ちや休憩、出番終わりのキャラクター達が当たり前のように存在していて圧倒されたのですが、今日も楽屋は5人程キャラクターがいました。
ゲームに出て来そうなイメージのキャラクターが多い中、成田さんが連れてきたのは、ファンタジー系のゲームに出てきそうなエルフの女の子のキャラクターでした。
吸い込まれそうなスカイブルーの瞳に、金髪のサラサラロングヘアと尖がった耳がいかにもエルフっぽいですね。
背丈は小柄で150センチぐらい。スタイルも均整がとれていて大きすぎず小さすぎもしない綺麗なバストが、明るいグリーンをベースにした少しタイトなミニスカートのワンピースに、腰には少しルーズ目に革のベルト、そして、ベージュのマントを纏っていました。
ワンピースは、上半身はタイトなのに、ミニスカート部分はフレア状にふわっと広がり、身体のラインを見せつつも可愛らしい雰囲気。
足は白に金色の刺繍が入ったオーバーニーソックスにロングブーツ。
足を包むのはロングブーツ。薄いブラウンの革製で、細身の筒がピッタリと彼女の足を覆っています。
腕はフィンガーレスグローブ状の肘まで覆うロンググローブで、金や白の模様が刻まれている鮮やかなライトグリーンのサテンで出来ていました。
成田「君が今日から担当して貰うメインはこの子。エルフのティアナちゃんだ。精霊魔法使いと言う設定で、ファンタジー系ゲームに出てくるようなキャラクターをイメージしたホビー21オリジナルキャラクターだ」
成田さんの説明に合わせるように、ティアナと名前の付いたそのキャラクターは僕の方を向いて可愛らしく会釈します。
僕「あ・・ど・・どうも・・」
ティアナのその容姿や動きを見て最初に思ったのは、無茶苦茶可愛い、と言う事でした。
ティアナの顔つきは可愛いと言うより美人と言った方がいい感じなのですが、その美しい顔がエルフっぽい魅力を増している気がします。
吸い込まれそうな綺麗な水色の瞳もまた、綺麗な顔立ちを一層美しく見せていました。
成田「メインの担当、と言っても彼女はローテーションで月、水、土の週3日が主な稼働日になる。他の日については、他のキャラクターのメイン担当さんについて、色々サポートの補佐をする感じになるかな」
僕「ティアナは月、水、土の3日しか出てこない感じなんですか?」
成田さんに僕がそう言うと、横でティアナは僕の質問にウンウンと頷いて回答しました。
成田「そう。うちのキャラクターは基本的に数日置きのローテーションで稼働してる。特定のキャラクターについては毎日出てくる事もあるけれど、似たイメージの別のキャラクターが日々入れ替わって存在している感じだ。ティアナの場合、他の日は別のエルフキャラクターが出ている」
僕「なるほど。毎日同じキャラクターだとお客さんが飽きちゃうからって事ですかね」
成田「まぁそういう側面もあるだろうね。日替わり定食のように、来るたびに新たなキャラクターがいる方が楽しめる人は多いからね。でもそれだけが理由じゃなく、キャラクター側の事情もあるんだ」
僕「キャラクター側の事情?」
成田「君は誓約書にサインをした人間だから、ある程度内部事情を知っておく必要もあるだろうし。普通のサポートスタッフはその事情は知らないが、キャラクターは着ぐるみだと言う事は分かるよね?」
僕「ま、まぁ」
成田「一応ね。ホビー21も全社的にはキャラクターは着ぐるみではなく『キャラクターそのもの』って事になってる。つまり中に人は入ってない。殆どの社員やパート、アルバイトには、着ぐるみ扱いしないように通達が出てる。それは知ってるよね?」
僕「ええ。最初に入社する時に説明受けました。対外的に着ぐるみって言ってはいけない、って。だから普段から着ぐるみ扱いしないように接しなさいって」
成田「そうそう。そうやって日頃からキャラクターとして接する訓練をする事で、一般社員はキャラクターそのものとして接する事を身に着けていくんだ。ここのサポートスタッフも殆どはそうやって接してる。だから着ぐるみ特有の問題については『キャラクターの体調不良』と言う扱いをするように教育される」
僕「なるほど」
成田「でも、まぁ誓約書にサインした君は、新店舗ではリーダークラスのサポートスタッフになるから、一般サポートスタッフより詳しい事情を知っておかなければならないんだ」
僕「なるほど」
成田「と言う訳で、凄く簡単に説明すると、ティアナを始めとするキャラクターは、例外なく着ぐるみだ。ロボットと言う説があるキャラクターも存在するが、ちゃんと中に人は入ってる」
成田さんの説明にティアナもウンウン頷いてます。
成田「見ての通り、この着ぐるみは、普通の遊園地やデパートの屋上でやる着ぐるみのショーで使われるものとは違い、極力、中の人を感じさせないように、全身を一体形成したボディーで包み、出入り口や内部との接点を極力隠しているんだ。店内で水着のキャラクターとかを見たことあるかい?あれを見ても出入り口が分からなかっただろ?」
僕「ええ。見たことあります。凄いですよね。ビキニの水着のキャラクターでも、隙間とかファスナーとかつなぎ目とかが全く見えなかったです」
やはりウンウンと頷いてるティアナ。
でも、そのティアナもまた、極力出入り口や接点を隠した状態で全身を覆われた中に誰かが入ってるって事ですよね。
成田「その構造のせいで、中身はとても身体に負荷がかかる。可愛らしく見えてるキャラクターは、その中に入る人達にとって大変過酷なんだ。だからその日の稼働が終わると消耗がとても激しく、連日、キャラクターの中に入ると言うのは難しいんだ」
僕「なるほど・・・確かに大変そうですもんね、この中」
僕の言葉に合わせるようにティアナはウンウンと頷きます。
頷いてますが、中の人は実際にティアナの中で大変な環境にいるって言う事ですよね。
僕「あー、でも、着ぐるみなら、中の人が入れ替われば、毎日同じキャラクターでも出せるじゃないですか?」
成田「いい所に気づいたね。そう。実際連日出てくるキャンペーン物のキャラクター等は、複数人の役者さんが同じキャラクターに入ってるケースはある。その場合、動く癖などで役者が入れ替わっている事を悟られないように、何日もかけて動きの特徴を合わせる練習をする事になるので、とても手間がかかり、普段はそういう事はしないんだ。なるべく完璧にそのキャラクターとして存在する為に、普段の行動、仕草が変化しないように、ホビー21のキャラクターは、本来、1キャラクターに1人の役者と決まってるんだよ」
僕「なるほど。と言う事は、ティアナの中の人もティアナ専属、と言う事ですかね」
成田「ティアナ、と言う個体に関して言えば専属で1人の担当が入る。ただ、その担当の体力やスケジュールに余裕がある場合、1人で複数のキャラクターを掛け持ちする事もあるけどね、毎週1回しか登場しないキャラクターなんかだと、その他の日は別のキャラクターを演じてる、なんて事は割とあるから」
僕「そうなんですね。なるほど」
と、ある程度納得する説明だったのですが、実は聞いていて少し不思議な事もありました。
いくら体力を使う、とはいえ、プロ野球のピッチャーのように、数日置きのローテーションを組む程大変な物なのか?って事です。
若い人なら翌日には結構体力回復出来る気がするんです。実際、体力仕事を毎日こなしている人も世の中には結構いますからる
なので、その疑問を成田さんに聞いてみたんです。
僕「でも、ティアナの稼働は、水曜日の次が土曜日、って二日も空いてますけど、体力回復はそんなに必要な物なんです?」
成田「あー、まぁ必要なんだ。体力、と言うか、いろいろ消耗するからね。特にティアナは1日の稼働時間が長いから、その分消費した物を回復させるには結構時間をかけて回復させる必要があるみたいなんだ」
僕「色々、ですか」
僕のつぶやきに、大きくウンウン頷くティアナ。
こんなに可愛いのに、中はそんなに消耗するって事なんですかね。成田さんにその状況を説明されながら、実際に凄く消耗しているかもしれないティアナの中でティアナとして頷いている中の人は、いったいどんな気持ちでいるんでしょうね。
成田「まぁその辺りは追々説明する事になるけど、まずはサポートになれる事が先だ。最初のうちはティアナのサポートは僕もついて色々教えるけど、いずれ一人でついて回って貰うからね」
僕「はい。頑張ります!」
僕の言葉にティアナは拍手して答えました。
でも、人間の手と違い、拍手の音が少し鈍いマットな音なのは、皮膚がシリコンのような素材で出来てるからですかね。
こうして成田さんの後をついて、ティアナのサポートを学び始めた僕。
キャラクターから僕らサポーターへの合図、みたいなものもあって、それによって誘導の方法を変えたり、お客さんに取り囲まれて悪戯されているケースでは割り込んで抑止したり、サインなどは並ばせたり、衣装が着崩れている時は教えてあげるような事もしました。
ただ、衣装の着くずれについては、何故かキャラクター自身が気づく事が多いみたいで、キャラクター側から身振り手振りで、小物の位置を合わせて欲しいとか、着くずれを直してほしいとお願いしてくる感じでした。
僕も自前の着ぐるみに入る経験はあるのですが、着くずれは肌タイツのせいで皮膚感覚が鈍くなってて殆ど気づかない事が多いんですよね。
撮影会なんかだと、カメラマンさんが指摘してくれて慌てて直すことが多いので、ティアナが毎回自分で気付いてる事にちょっと驚いてました。
休憩含めて、1日5~6時間。その間、ティアナはずっとティアナとして存在し、中の人がティアナから顔を出すことはありませんでした。
汗一つかかないこの身体に、そんなに長い間密閉されてるのに、全く着ぐるみから出る事無く過ごすんです。
苦しくないのか、蒸し暑くないのか、凄く気になってしまうのですが、ティアナは休憩中も楽屋のソファーに腰かけて楽しそうに雑誌を読んだりしていました。
この日から1ヶ月あまりかけてティアナのサポートを学び、やがて1人でサポートをする事が許されると、ティアナと2人きりになる事が多くなってきました。
以前なら成田さんと会話する事で、時間を忘れることが出来たのですが、ティアナと2人だと、待ってる時間、2人きりの時間が凄く長く感じます。
なにしろ、僕は話しかけられますが、ティアナは言葉を話すことは一切ないのです。
せいぜい質問にハイかイイエを首の振りで答える程度。
会話が無いと、ついついティアナを見てしまい、見れば見る程ティアナの構造と中の人が気になって来ます。
この中には毎回同じ人が入って、一日5~6時間、ティアナとして過ごすんです。
こんなに苦しそうな着ぐるみの中に、毎回入って行く気持ちとか、こんな苦しそうな着ぐるみの中で過ごす気持ちってどういう気持ちなんだろうな、って気になってしまいます。
そんな事を考えていたら、ある時、2人きりで休憩中、つい聞いてしまったんです。
僕「ね、ねえ。答えられたら教えて欲しいんだけど、ティアナってさ、中に人が入ってるんだよね?」
ティアナは突然の質問に少し戸惑ったようですが、少し考えたように間を置いて、ウンと頷きました。
僕「ま、まぁそうだよね。以前成田さんが言ってたし、それはそうなんだろうけどさ。休憩中なんだから個室に戻って休んで来ればいいのに。ずっとその姿で過ごしてて、暑かったり苦しかったりしないの?」
すると、ティアナはまたしばらく考えて、大きくウンと頷きます。
僕「えと、その肯定は暑くて苦しいって事?」
再びティアナは頷きました。しかもウンウンと。
僕「苦しいんだ・・・じゃあやっぱり楽屋に戻って・・」
と僕が言いかけた時、彼女は首を横に振ってイヤイヤをして見せます。
僕「楽屋に戻りたくないの?」
今度は頷くティアナ。
僕「大変なら、少しでも脱いで回復した方がいいんじゃないかなって思うんだけど・・・」
ちょっと考えるような素振りを見せたティアナは、立ち上がって僕に近づくと僕の手を取り、手の腹に指先で何かを書き始めます。
僕はそれが文字だと直ぐに気付きました。
ぬ・げ・な・い
僕「ぬげない・・・脱げないって事?」
ティアナはゆっくり頷きます。
僕「えっ。この着ぐるみって自力で脱げないの?」
ティアナは今度は首を横に振ります。
僕「あぁ良かった。自力でも脱げるのね。自力で脱げるなら戻って脱げばいいのに。脱げないってどういう意味?」
ティアナは再び手を取り、文字を書いて行きます。
じ・か・ん・が・か・か・る
僕「じかんがかかる・・・時間がかかる。出たり入ったりするのに時間がかかるって事?」
ティアナは大きく頷いて見せました。
僕「そっか。。出て入るのに時間がかかるから短時間の休憩で脱ぐのは無理って事か。。。」
ティアナはウンウンと頷いていました。
自力での脱ぎ着は出来るけれど、その行為には時間がかかるから、こんな短時間の休憩じゃ外に出る事は出来ないって事なんですね。
確かにファスナーで開閉したり、何処かの留め具を外したら簡単に外に出られるような感じの着ぐるみではありません。
ティアナは常時ワンピースですが、他の着ぐるみは様々な衣装があります。
それらをよく観察してても、未だに着ぐるみの出入り口がどういう構造で、どこに存在しているか分からないんです。
もしかすると何かの薬品で出入り口を塞いでる可能性もありますので、つまり出入りに時間がかかると言うのはその薬品の反応に時間がかかるとかなのかもしれませんね。
だとすると、確かに自力で脱げるけど、簡単には出てこられないって事になります。
でも、そうだとしたら、つまり彼女の中の人はずっとこんな窮屈そうで蒸し暑そうな空間に耐え続けるって事になります。
一緒に仕事をしていて、ティアナがティアナで無くなる瞬間なんて見た事が無いぐらい、絶えずティアナとしての雰囲気を崩しません。
確かに、時々必要以上に足をもじもじさせたり、特に異常はないのに不意に衣装の着崩れを直そうとしたりするシーンは目にしますが、それがティアナとして不自然とまでは言えませんし。
何時間もこんな中に入ってるのは相当に大変なはず。
何しろ数日、間を空けないと次の操演が出来ないぐらいに体力を消耗すると言う話です。
とすると稼働の後半には、実は相当に消耗して苦しい可能性が高いのに、それでも最初から最後まで全く違和感なくティアナのままなんです。
そう言う事を考えていると、なんだかとてもモヤモヤした気持ちになります。
自分では体験できない世界にいる、自分が見知らぬ誰かに対しての、嫉妬にも似た気持ち。
いや、嫉妬と言っていいのかもしれません。ただ、この嫉妬が努力でどうにかなる物では無い、と言う点で、ある程度諦められる感覚の嫉妬なんですけどね。
すると、ティアナが僕に近づいて、手を伸ばすようにして僕の頭をよしよしって撫でてくれました。
もしかして僕がモヤモヤした感情になってる事を心配してるのかもしれません。
僕「あ・・ありがとう」
照れたように言うと、ウンウンと頷くティアナ。
とても綺麗な顔立ちのエルフは、この中にどんな表情をした人間を密閉しているのか、それを思うだけでなんだかとても切ない気持ちになりました。
休憩も終わり仕事が再開されると、ティアナについて回りグリーティングをこなします。
成田さんは居なくても、もうしっかりとついて回れるようになったのですが、ティアナがお客さん達と楽しそうにしている姿を見ているだけで、裏の事情を想像してしまい、僕の方が苦しくなってしまいます。
一応、業務上、キャラクターの操演が難しそうな状況になったら速やかに楽屋に戻す規定があります。
着ぐるみの密閉度が高い為、その判断が遅れるのは役者にとってとても危険なので、少しでも兆候があれば遠慮なく一旦楽屋に戻せ、と言われていました。
でもティアナが、楽屋に戻らなければならない程の苦しそうな態度を僕に見せる事は、今までただの一度もありません。
ティアナはずっとティアナなんです。
どういう女性が、どういう環境下でこのティアナの中に入り続けているのかは分かりませんが、少なくとも僕から見たらティアナの中の過酷さを感じさせる様子は全く見せることはありませんでした。
ティアナが稼働していない日については、他の先輩達に着いてキャラクターサポートの勉強を続ける日々。
でも、こうして間近でキャラクター達が動いてる様子を日々見続けていても、実際に操演が厳しいと思える状況になるキャラクターは一人もいません。
中は思ったほど過酷じゃないのか?なんて事も考えたことがありますが、成田さんにそれとなく聞いてみたところ、中身の過酷さは相当なもので、普通の人は30分も入り続けていたら演技どころか身動きできなくなってしまうぐらいなんだそうです。
この中に入る役者さんは、ホビー21側で選抜された人達が一定の訓練課程を経て、ようやく実際に中に入る仕事が出来るようになる程エリート、なのだそうで、だからこそ一旦選ばれた人達が演技中に破綻する状況は、殆どあり得ないのだそうです。
でも、もちろん人が入ってると言う事実や、中身の過酷な環境と言うのは変わらない事で、だからこそ、万が一の安全対策として、僕らサポートスタッフが緊急対応をする事も考慮されているのだそうです。
通常、中身の過酷さについての説明はされないのだそうですが、僕は誓約書にサインした人間だから伝えた、との事でした。
それと、オープニングスタッフになる為にまだまだ知らなければいけない事は多いらしく、それらについても徐々に教えてもらえるそうです。
ただ、成田さんが言うには、これから知るであろう事実は、もしかすると僕が仕事を続けていく自信が無くなるかもしれない衝撃はあるかもしれない、との事でした。
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