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皆さんも学生の頃、職場体験学習に参加された経験はありますか?
地域社会の様々な職場に参加して実際の仕事を体験するっていうアレです。
僕の名前は高辻彰人、これから僕の職場体験の思い出を語らせて頂きます。
僕の通っていた中学は3年に上がってすぐの頃に体験学習が組まれていました。
他の学校ではどうかは知りませんが、僕の中学では受け入れ先を候補の中から選べるシステムでした。
そしてその候補の中には市内にある巨大おもちゃデパートのホビー21も含まれてました。
ここを読まれてる皆さんも勿論そうだと思うんですが、僕も当時からかなりの着ぐるみフェチでホビー21の着ぐるみにはとても強い憧れを持っていました。
なので当然、受け入れ先の第一希望はホビー21を選択することになります。
とはいえ体験学習なんかで着ぐるみの中の人になれるなんて甘い考えは流石に無かったですよ?
ホビー21の着ぐるみはいろんな意味でガードが固いことくらい当時から常識でしたし、
それに中の人はスタイルの良い女性ばかりだと思ってました。
当時の僕も決して太っては居ませんでしたが、それでも歳相応の標準的な男性体型という感じでした。
中に入りたくないといえば当然嘘になりますが、現実は理解できてるつもりだったんですね。
それに、それまでも客としてホビー21には通い続けてましたが、
あの着ぐるみ達を目の前でずっと見せ付けられるのって羨ましすぎて辛くもあるんですよね。
だからそれが実習の一日間、ずっと続くとなれば自分にとっては相当苦しいものになるかも・・なんて不安も正直ありました。
ですがそれでも職場に入ることで、ネット上でも謎に包まれているホビー21の着ぐるみの秘密に近づけるんじゃないか?
あわよくば中の人に出会えたり着ぐるみの構造を知ることが出来るのではないか?
・・なんて下心には抗えませんでした。
それからしばらく後、ホビー21を実習先に選んだ生徒に対しホビー21の偉い人がやってきて個人面談が行われることになります。
事前に知らされてなかったことなので驚きましたが、ホビー21と一言に言っても中にはいろんな仕事があるわけで、
希望する仕事についてより深く探る為のものという事でした。
当時僕は着ぐるみフェチであることは人には言えずひた隠しにしてきたのですが、その時は面談役の人の話術に誘導され、
また一対一ということもあり気付けば着ぐるみに対する秘めていた感情・憧れ、もし自分が中の人の立場ならどんな着ぐるみを着たいかなんていうことまでを暴露させられていました。
何でそんなことを聞かれたのか、当時の僕には想像も及びません。
ただ、面談が終わって冷静になった後は自分は危ない奴と思われたと思い込み酷く落ち込みました。
それだけに受け入れ希望が通ったと聞かされたときはとても喜んだものです。
とはいえ当日にどの仕事を任されるかは明かされておらず、不安と希望が混じり合った心持ちでその日を迎えました。
職場体験当日の朝、僕は予定より一時間も早く集合場所と指定されたその場所に着いていました。
そこはホビー21から少し離れた区画にあるビルの裏にあるガレージでした。
繁華街の中心近くながら、ビルの裏手で人通りも無い為がらんとしたその場所で僕は一人待ちます。
事前に集めた情報では僕の他に男子二人女子一人の計三人、ホビー21の実習が決まった同級生が居たはずです。
ですが約束に時間が迫ってきたにもかかわらず、その内の誰も集合場所にやってくる気配はありません。
そのことに不安を感じながら約束の時間を迎えました。
時間ちょうどくらいのタイミングでビルの裏側の出入り口から一人の男性が現れ、僕を目に留めるとそのまま近づいてきました。
ホビー21内でよく見かける制服から彼がこの実習の関係者であることを悟り、ようやく不安で締め付けられてた胸を撫で下ろします。
彼は五条と名乗りました、当時中学生だった僕からはずいぶん大人に見えましたが、今思えばせいぜい大学生くらいの若さだったようにも思います。
五条さんの説明を聞くに、やはりここが待ち合わせ場所で間違いなかったようでした。
「あの・・僕以外の参加者はなんでここに来てないんでしょうか?」
僕がぶつけた疑問に対し五条さんが答えを明かしてくれました。
ここはホビー21に通じる出入り口の中でも着ぐるみ関係に関わるスタッフ専用の出入り口だということ。
そして着ぐるみに関する様々なことは全て、ホビー21内でもごく一部のスタッフのみの秘密とされており、
その秘密に関わるスタッフは入り口や行動エリアまで別に用意されるほど徹底されているという事でした。
つまり僕は見事希望が通り着ぐるみのアテンド役を任される事になり、その為に他の同級生とは別の集合場所になったという事です。
その事実に喜ぶ間も与えないまま、五条さんはテキパキと僕を導きます。
その姿は遊びではない、初めて体験する「仕事」というものの大変さを物語っているようでした。
まず最初にビルの入り口で
『キャラクター(ホビー21内では着ぐるみとは言わないらしい)の内情について詮索しない』
『業務中に知り得た情報は一切口外しない』
といった内容の誓約書を書かされました。
やはり噂どおり、ホビー21の着ぐるみに対するガードの固さは本物だと感じさせられたものです。
そして「これを今日一日、無くさないようにずっと身につけていること」と言いながらゴム製のリストバンドのようなものを渡されました。
これは実習生であることを表す入館証であり、同時に内部の電子ロックのかかった通路を通るために必要になるキーでもあるとのことです。
おまけに表面には液晶板のようなものも内蔵されており時計や操作盤の役割も果たしてるようで、玩具っぽい見た目と裏腹にかなりハイテクな機会みたいです。
シリコンのようなゴムのようなその平べったい輪っかに左手を通すと、吸い付くように手首にフィットしました。
エレベーターで地下に潜ると、今度は長い通路のあるフロアに出ました。
左右にはいくつもの扉があります。
五条さんの話では扉の先は着ぐるみに入る役者さんの訓練などに使われてる部屋になってるそうですが、僕のいる通路側からは中を伺う事は出来ません。
通路は複雑にカーブしながらホビー21のビルの方向に伸びているようです。
そこを歩く道すがら、その日担当する業務についての説明を受けました。
大まかに言って僕が担当するのはグリーティングする着ぐるみにつきそい、その移動をサポートしたり時間を管理したりすることだそうです。
そのこと自体は今まで客としてホビー21に来ていた際に何度も目撃していたことなのでイメージもよく沸きましたし、やれる自信もありました。
問題はその後、「サポートをするためには知っておいて欲しい」と前置きした後で五条さんが話し出した内容です。
ホビー21の着ぐるみは二重構造のラバースーツになっており、そして外のスーツの入り口や呼吸口は全て股間の位置に集約されていると。
それ故当然熱はこもり、その上に長く伸びた呼吸チューブと衣装のせいで中の人は非常に過酷な状態で演技をしていると言うことでした。
それは僕にとってホビー21の着ぐるみの構造という長年の謎への回答でした。
そして中の人に対する嫉妬の感情を更に燃え上がらせるものでもありました。
しかも今日サポートするキャラの中の人はこの日が初めて着ぐるみで売り場デビューする日らしく、出来るだけ入念にサポートして欲しいとも言うのです。
その中の人は一体どんな気持ちで今日一日を過ごすんでしょう?決してその気持ちを味わうことの出来ない僕の目の前で・・
そんな悶々とした感情が僕の中に芽生えてました。
いくつものドアやエレベーターを経た先で先程よりまでより少し明るいエリアに到着しました。
恐らく控え室と思われるドアが先ほどまでより細かい感覚で並んでおり、サロンのようにソファの配置された開けたスペースもあります。
そして開店時間まではまだ時間が合った筈にも関わらず、既に着替えを終えた着ぐるみ達がそこかしこに見えます。
どうやらいつの間にかホビー21ビルの中の着ぐるみの待機エリアまで到着していた様です。
初めて覗く舞台裏、ですがそこにいる着ぐるみ達はホビー21の店内で見かけたときと同じくキャラらしい動きで立ち振る舞っています。
その姿に感動を覚えたのもつかの間、先ほど五条さんから聞かされた着ぐるみの構造の説明が頭の中で蘇りました。
それが正しければあの仲良く三人並んで座っている魔法少女も、ロングドレスのファンタジー系プリンセスも、
お客さんの前で無いのに自らあえて苦しい方に苦しい方に身をおいてるようにように感じられます。
何故そのようなことをするのか当時の僕には想像もつきませんでしたが、明るく振舞う着ぐるみ達の裏側を想像せずには居られず、とても羨ましく感じたものです。
五条さんはある扉の前で立ち止まりました。
どうやらここが今日僕がアテンドするキャラの部屋のようです。
そのキャラが誰なのかは五条さんは教えてくれてませんでした。
部屋の横のインターフォンのようなものを押して五条さんは部屋の中の人物にアテンドスタッフ、つまり僕を連れてきたことを告げます。
このエリアに来るまでの扉は全て五条さんの持つ社員用の電子キーで開かれました。
こちらは僕のものと違いカードタイプで、僕の持つ実習用のものより多くのロックを開く権限があるそうなのです。
ですがその五条さんがここでは中の人物に解錠を求めているところを見ると、この控え室の扉に関してはどうやらその部屋の主にしか解錠する権限が無いようですね。
程なく入り口のロックが外れる音がします。
中に入るとそこもまた驚きの空間でした。
着ぐるみに着替えるための部屋だと聞いてたのでもっと殺風景なものを想像してたんですが、
その中はベッドやソファに勉強机までそろったまるで女の子の部屋そのもの。
土足で入ってよかったのかと一瞬戸惑いましたが、よく見るとここは女の子の部屋を模した控え部屋で小上がりもあり特に問題は無いようです。
中扉もあり、開いたその扉の先には様々な衣装が見えます。
中はウォークインクローゼットになってる様でした。
そして部屋奥のソファには可愛いぬいぐるみに並んで一体のリアルドールが腰掛けてます。
いえ、一瞬リアルドールに見間違えたそれは、よく見ると部屋の外にいるのと同じ着ぐるみの様でした。
そしてその姿を見て僕は驚愕します。
10代前半のロシア系の美少女を思わせる整った顔つき、ですがその猫を思わせる瞳は人間のそれよりも大きく、メイクも相まってドールっぽい印象をかもし出しています。
シルバーブロンドの髪は天然ウェーブのかかったセミロング。
その身をぴったりと覆ってるのは軍服とゴスロリ服の意匠が組み合わさったアンベルクワンピースとか軍服ワンピとか呼ばれる衣装。
黒一色のジャケットとグローブ、ブーツ、軍帽に純白のフリルタイとパニエスカートとタイツが組み合わさってます。
そして猫のような縦長の瞳孔、軍帽の下から飛び出した黒猫の耳、スカートに中から覗く黒猫の尻尾がこの少女が人間でないことを物語っていました。
そのキャラは膝の上に置かれた超薄型ノートパソコンを操作するとディスプレイをこちらに向けます。
ノートパソコンはこのキャラの設定とは関係ありません、恐らくは僕との意思疎通用にこのキャラに持たされたものなんでしょう。
そこには
『はじめましテ、マスター。ずっとお会いしたかったでス』
との表示。
そのキャラの名前はチョールナヤ=コーシュカ、作中では主にコーシュカと呼ばれています。
今人気のSFファンタジー作品のヒロインで、主人公の少年と共に巨大ロボットに乗り込む人造人間の少女です。
猫耳に見える部分は感知能力を高める生体アンテナ、尻尾の部分は巨大ロボットと生体接続するためのコネクタという設定。
そして僕がホビー21の偉い方との個人面談の際に「もし自分が中の人の立場なら、こんなキャラの着ぐるみを着てみたい」と答えたまさにそのキャラでもありました。
まだホビー21製の着ぐるみが存在しないと思い込んでいただけに見事な不意打ちだった訳です。
「キミは彼女のファンだって聞いたからね、今日の為に特別に準備させてもらったんだよ」
と五条さんは言います。
確かに僕はコーシュカのことが大好きでした。
でもそれは「着ぐるみが存在したら一番萌えるだろうなぁ」って意味でのことです。
いずれはどこかの工房に発注してコーシュカの着ぐるみを自分で持ちたい・・なんてことも密かに夢見てたんですね。
なのに僕の先日の告白によってどこの工房でも製作不可能なクオリティで、かつとても羨ましい構造のコーシュカがこの目の前に登場してしまった訳です。
このときの自分はまるで夢を砕かれてしまったような、そんな気分でした。
この先どれだけ頑張っても、今目の前にいる着ぐるみの中以上の満足感を得られる場所に自分は行くことはできない、そう悟ってしまったんですね。
あまりのことに立ちすくむ僕の顔をコーシュカが覗き込みます。
その人形のような表情は固定されたまま変わることはないですが、僕の態度のせいで不安にさせてしまったことが伝わってきます。
コーシュカは膝の上でキーボードを叩くと液晶モニターを僕の方に向けます。
『こーしゅか、マスターをがっかりさせましタ?
マスターがこーしゅかのファンなってくれたと聞いて、こーしゅかとても嬉しかったでス。
マスターに喜んで貰えるなら、こーしゅか何だってがんばりまス』
マスターとは劇中での主人公の少年への呼び方、今この時は僕のことをそう呼んでくれてるのでしょう。
やっぱり心配させてしまってたみたいでした。
「あっ、ゴメン。そういう訳じゃ・・」
つい気まずくなって目をそらした際、部屋の隅、ソファーの陰になった場所にとても見覚えのある物が目に入りました。
「あれっ?そのバッグ・・」
僕が言い終わるより早くコーシュカが立ち上がると『そのバッグ』を僕の視界から隠すように抱え込みながら隣のウォークインクローゼットまで素早く駆け込みます。
そして数秒後、息を切らした様子で出てくるとクローゼットの扉を閉め、ドア横のパネルに手をかざしました。
するとピピっという電子音とカチャンという物理音が同時に聞こえました、恐らく今ので扉にロックをかけたのでしょう。
僕の腕につけているリストバンドと同じ機能がコーシュカの着ぐるみの中にも備わっているようです。
扉を背にしたコーシュカは「何でもない」と言わんばかりに首を振りながら肩で息をしています。
ですが僕は見逃していませんでした。
それは今僕が持ってるものと同じデザインと色のスクールバッグでした。
僕の通う中学で使われるスクールバックは入学のときに学年全員で一括購入する特別なもので、同じ色・同じデザインのものは一般的には勿論、
学年ごとに色が変更されるので同じ学校内の違う学年の生徒ですら入手できないものです。
そして今の反応は先ほどのバッグは今目の前に居るコーシュカの中の人がしまい忘れた私物であることを物語っていました。
僕は居ても立ってもいられなくなり五条さんに質問をぶつけます。
「このキャラの中に入ってるのは僕の同級生じゃないですか?」と。
五条さんは最初に交わした制約内容を盾に一旦は回答を拒否しましたが、先程の出来事で隠し通せないことを悟ると「もうこれは隠しても仕方ないな」
と呟いてコーシュカの中身が僕と同じ中学から来た実習生であることを認めました。
その答えに僕は愕然とします。
だって今までは僕が実習生の中で一番着ぐるみの秘密に近いポジションにつけたとばかり思っていたのに、
実は更に近くどころか既にその中身を同級生が体験していたというのですから。しかもこの瞬間、僕の目の前で。
勿論僕はそれが誰なのかを続けて追及しますが、五条さんはそれ以上は答えてくれませんでした。
ホビー21の着ぐるみの中身はトップシークレット中のトップシークレットで、実習生ではない社内のアテンドスタッフでさえ知る権利は無いと言うのです。
それどころかむしろ、中の人など存在しないものとして考え・接していかなければいけないって言うんです。
これも酷い話ですよ。
コーシュカの中に居る誰かはその羨ましい空間から一方的に僕のことを覗き、僕がコーシュカのファンなことまでまで知られてるのに、
僕からはそれが誰かも知ることは出来ないって言うんですから・・・。
着ぐるみを隔てた二人の境遇の差に絶望しかかりましたが、ここで制約を破って実習そのものが無くなってしまっては元も子もありません。
この先アテンドする中で中の人の正体に気付けるかもしれない、そう思い直し僕は追及から引き下がりました。
ですが思考は巡らせ続けます。
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