僕の秘密のアルバイト【第二話】 [戻る]
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ひと仕事終えて事務所に戻る僕。まだ時間は午後4時くらい。次の指示を待つため、水を飲んで面を被りなおし、リリリンのままで椅子に腰掛けます。今日は楽しかったなあ、なんて思い出していると奈凪(ななぎ)先輩が入ってきました。舞台用の音響機材を運ぶような、車輪の付いた大きなケースを押しています。お店の裏方作業もなかなか大変そうです。

「遅くなってごめんね」と言いながら側へ来る先輩。
『全然っ!』と首を振る僕の目の前に屈んだかと思うと、僕のスカートをバサバサと扇ぎました。ぎゅっと裾を抑え抗議しましたが、先輩はそれに構わず少し考えるような素振りのあとこう言いました。

「ふむ。今日はもうお店に出なくていいから、うちのマンションへ遊びにおいで。という訳で…」

先ほどのケースを壁にぴったり立てかけてから満面の笑みで振り返る先輩。
「連れていってあげるから、しばらくこれに入っていてくれるかな?」

突飛な提案にたじろぎつつも、自分が箱に収まり運ばれていく場面が頭の中にムクムク湧いてきます。それは物のように扱われるという普通なら嬉しくないことです。けれどリリリンに変身している今ならば、自分が等身大のお人形だという事実をより意識させられることになる訳で、とても倒錯的な魅力がありました。結局僕はこっくり頷くのでした。

「そうこなくちゃ。箱の下側に穴があるから空気の心配はしないでいいよ。と言ってもお人形のリリリンには関係ない話だけどね」

自分の考えを見透かされたようでドキッとします。先輩はとっても意地悪です。ケースは黒い樹脂で出来ていて、旅行用のスーツケースを全体的にひと周り大きくして縦にぐーっと伸ばしたような形をしています。底側の片方には車輪が付いていて、傾けると転がして移動出来るようになっています。蓋を開けるとスポンジが詰まっていて、人間の形にくり抜いてありました。促されるまま背中を押し付けて体を沈めてから見ると、閉じたとき正面に来るであろう蓋の側も、浅く窪んでいます。ただ、いま背中を預けている側と違って胴の部分を縦に突っ切る細い筒が埋められています。

筒は首の辺りから、もう一方が股下の空間まで延びています。こうして足許の穴へ空気の通り道を確保しているようです。そもそも顔の近くに穴を空けていればこんなややこしい仕掛けは要らないと思うのですが、なんとも不思議ですね。

「よし、大丈夫そうだね。それじゃあ閉めるよ」

ゆっくりと蓋が閉じられ、ロックがかけられました。前後ふたつ合わさったスポンジにはまるで余裕がなく、身体を動かせません。当然目の前は真っ暗。振動で動きはじめたことが分かりますが、今どこにいるのか判断がつきません。少しすると移動が止まり、くぐもった話し声が聞こえてきました。

「荷物を運ぶのに会社のバンを借りるよ」
「あ、はい。行ってらっしゃい。大きな箱ですね、積むのを手伝いますよ!」

ガタゴトいう音と共に体が傾くのを感じられます。きっと今、傍目にはただの黒い大きな箱が滑り込むように荷台へ入れられているのでしょう。仰向けに寝るように積み込まれると、ドアを閉じる音がして車が出発するのでした。

走る車に揺られながら少し落ち着くと、気付いたことがありました。呼吸は股下までの筒を通してする訳ですが、アソコは汗や何やでぐちょぐちょですから、吸い込む空気がとってもエッチな匂いなんです。さっき先輩がスカートをバサバサ扇いだのは、引き続きお客さんの前に出ても大丈夫かチェックしたのですね。しかもそれを見越してこんな仕掛けをしているなんて、何もかも見透かされているようでとてつもなく恥ずかしい気持ちになるのでした。それでいて無性に興奮してきて、僕は誰に見られることもない小さな密室の中で呼吸を荒くし、そしてまた匂いにクラクラするのでした。

そんな風にしてしばらくいると車が停まり、ゆっくり箱が降ろされ垂直に立てられました。ガラガラと車輪が回ってマンションの中を移動しているようすが想像出来ます。ややあってから部屋に着き、ついにケースの蓋が開かれました。明かりが眩しくて目を閉じますが、外側はいつも通りの笑顔のまま。息を吸うと、先ほどまでと違う冷んやりした空気が肺に入ってきます。身体はスポンジの枠に収まったまま、呼吸の度ゆっくり上下する僕のバストを満足そうに見ながら先輩は言いました。

「やあいらっしゃい。俺はこれから店に戻って仕事の続きをしてくるよ。君はそうだな、自由にしてても良いし、あるいは…」

先輩は話を切ると、大きな姿見を僕の前へ持ってきて立てました。鏡の中には、おもちゃ売り場に陳列されているような、いかにも人形といった直立の姿勢でケースに収納されているリリリンがいます。

「俺の自慢のお人形さんを眺めていてもいいよ。気に入ってもらえたなら更に良いものがあるのだけど、付けてみるかい?もし返事がYesなら両腕を出して」

鏡に目が釘づけになっていた僕は、何かまた意地悪な仕掛けかもしれないという心配もどこへやら、腕だけスポンジから抜いて差し出すのでした。先輩は奥から手袋を持ってきて僕の両手にはめました。腕の真ん中くらいまでをすっぽり包む、その白いサテン地の手袋はやけどの心配をしそうなくらい熱を持っていました。

「よし、写真に撮られるときみたく手に表情をつけたまま止めてみよう。めっぽう熱いと思うけど少しの間我慢してね」

僕は左手の指をつんと伸ばし、右手は口許を隠す仕草をするときのように柔らかく握ります。手袋はみるみる冷めてきました。

「温めると柔らかく、普段はカチコチに固まる性質を持った樹脂を布に混ぜてあるんだ。まだ試作だけど面白いだろう?」

一体どうやったらこんな手の込んだものを作れるのか、熱意に呆れるのも束の間、確かに指も手首も動きません。気取ったポーズのまま手袋の皺までもが固まっていて、フィギュアに閉じ込められたような錯覚に陥ります。先輩は両手をそっとスポンジの凹みに戻すと「それじゃあ『自由に』留守番しててね」と言い残して出かけて行きました。

残された僕はまた鏡を見ます。自然に開いた左手はともかく、右手はやんわり指を折り曲げ手首を少し反らせた不自然な形のままなので、いかにも『そういう形の手のパーツ』を付けたような雰囲気を醸し出しています。そんな状態ですから面を外すのも難しそうです。それでもせめてケースから出て、ソファーに座るなりゆったりすることも出来たかもしれません。けれども無生物的な格好で静止している、このままの状態でありたいという欲求がはるかに強く湧き出てくるのです。

……それに、ねえ、こんな可愛いお人形なかなかないでしょう?私の名前はリリリンっていうの。リリリンはお人形だから動かないんだよ。

(続く)


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