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皆さんこんにちは。
成田の友人の北野です。
いやあ今日のイベントも大変でした。
最初30分だけのステージって聞いてたのが結局その倍以上の出番になっちゃいましたからね。
まぁ普段のイベントだともっともっと長い時間着っぱなし・・ってことはザラにあるんですけど。
でもほら、ペースってあるじゃないですか。
長距離走の選手だって8km走のつもりで走り出したのが、途中でいきなりハーフマラソンに変更されちゃったりしらそりゃあペース崩れてバテちゃいますよね。
つまり、僕は僕で30分の短いショーでも楽しめるようそれなりの下準備をしてきてた訳です。
ですがいざ本番前になって急に時間が倍以上に増えたんですもん。
ましてや今日のお客さんはいつもと違ってがんがんキャラに押し寄せてくるものですから、まるで時間の進行速度がいつもの2分の1くらいになった様に僕にとっては長い握手会でしたよ。
いや、いつも以上に時間を長く感じてたのは成田も一緒だったかもしれませんね。
なんせ彼にとっては着ぐるみに入れるかもしれない、駄目かもしれない、そんな二者択一の審判の時間が後に控えてたんですから。
待ち遠しい時がある程時間の流れってゆっくりに感じますよね?つまり今日のイベントは彼にとってまさにそういう時間だったんじゃないでしょうか?
マネージャーが彼に「入れ替わりの準備がある」なんて口を滑らしちゃったものですから・・
実を言うとですね、彼ってもう演技的には配役担当の人たちからも既に認めてもらえてるレベルではあるんですよ。
だからもし不意に欠員が出たときなんかにはいつでも代役を頼めるよう、インナースーツは大体いつもスタンバイさせてあるんです。
ただ彼はホビー21で企画される中でも特に過酷な部類の着ぐるみイベントのサポートに当たる事が多いのですが、不思議なことにギブアップ等で欠員が出たりすることは殆どないんですよ。
なので今まで一度も彼に代役の機会が訪れたことは無いみたいです。
あっ、このことはもちろん彼には内緒でお願いしますね。
彼がちゃんと役を得られない理由はスーツからの刺激に対する耐性、いわゆるなんとしてでも着ぐるみに入り続けたいっていう根性の低さですから現状に満足してもらっては困るんです。
そこの改善が見られない限りレギュラーとして安心して役を任せにくいせいで、今までも多少演技力が低くても安心して役を任せられる後輩にチャンスを奪われてきてしまった訳ですから。
ただ、マネージャーも内心彼のことは気にかけてたようですから今日はついつい口を滑らしちゃったんでしょうね。
そうそう、彼がどうなったか気になりますか?
・・・実のところ結果としては駄目でした。
1ステージ目の握手会を終えて控え室に戻った時点で11:35、つまり1ステージ目開始から一時間以上経ってたんですね。
演じてるうちに時間間隔が無くなるほど大変なステージだったので着ぐるみの中にいた僕も驚きでしたが、一緒にいた成田も凄くショックを受けてたみたいだったんです。
あの時は成田の愕然とした表情を見て何をそんなに落ち込んでるのかと疑問でしたが、後でマネージャーから事の顛末を聞いて納得しました。
彼も握手会中はスタッフの仕事で手一杯で時間を確認する余裕が無かったみたいです、控え室で時間を知ったときはショックだったんでしょう。
彼としては2ステージ目までに何としても『烏丸さん』と着ぐるみの中身を交代したかったんでしょうね。
マネージャーに連絡して2ステージ目の時間を遅らせる事も提案したそうですが、ただでさえ予定よりも時間を押した上で待って頂いてるお客さんだったのでこれ以上の延長は出来なかったみたいです。
それを考えるとあの時の態度も納得いきます。
彼、1ステージ目のあと結構神妙な表情で「大変だと思いますが行けますか?」とか「無理そうなら今なら何とかなるかも知れませんが・・」とか僕の入るキャラに向かって聞いてきたんですよ。
僕は当然「頑張ります」ってポーズで答えたんですが彼にとっては辛い返事だったでしょうね。
その後ちょうどマネージャーが控え室に来て、成田に聞こえないように僕に事の顛末を説明してくれました。
つまり彼が僕に向けた先ほどの態度は、声優の『烏丸瑞穂』に交代の提案をしたいが故だったんでしょう。
あれ・・意味が分かりませんか?
ああそっか、ちょっと誤解があるみたいですね。
要するに『まりか』の中身は声優『烏丸瑞穂』ではなく僕こと北野だったっということです。
いえ、それも正確ではないかもしれませんね。
実は『まりか』の中に入ってるのは青海さんだったんです。
あれれ?青海さんって聞いてピンと来ませんか?
ほら、ブルーモアの変身前の姿の青海さんですよ。
プリティーモアショーで僕が担当した着ぐるみですね。
『まりか』のスーツの下には青海さんのスーツが隠れてます。
そして青海さんのスーツの下にはブルーモアのスーツアクトレス役の着ぐるみ、錦戸京香が隠れてます。
そして更にそのスーツの中で演じてるのがこの僕北野という訳です。
つまり『まりか』は実は『まりか』、青海さん、錦戸京香の3重着ぐるみ、インナースーツも合わせると4重のスーツで構成されてた訳です。
なぜそんな事をしたかって言いますと、それは『烏丸さん』の安全を考慮してのことでした。
成田がそうだったように、『まりか』役の声優『烏丸瑞穂』が入る着ぐるみは当然誰だって『まりか』だと思いますよね。
ですがその結果、『まりか』にばかりファンが殺到して『烏丸瑞穂』に負担がかかることはイベント前からすでに心配されました。
今日押しかけた人達がそうだったように最近たちの悪いファンが目立ってきたと声優業界では専らの噂だった様です。
いきなりブレイクしたせいなんでしょうね、もっともそんなミーハーファンは長続きしない事が殆どらしいので彼女の為にも早く去ってもらえることを祈るばかりです。
話が逸れました、つまりそういう理由で『まりか』に入るのは『烏丸さん』ではなく、今回参加する着ぐるみ役者の中では一番現場慣れした僕ということになりました。
『烏丸さん』自身も『まりか』をやりたがってたんじゃないかと心配しましたが、彼女もあっさりと役の変更を快諾してくれて安心しました。
ただ、僕が試しに『まりか』に入ってみて演じてみたんですが、『まりか』のキャラの動きとしてはともかく『烏丸瑞穂』の身代わりとしては違和感があるって言われてしまったんです。
どうも僕はホビー21の着ぐるみに慣れ過ぎててしまったせいか、「着ぐるみの中の人が必死で演じてる感」が出なくなってきていたみたいなんですよ。
普段はただキャラクターらしさを考えながら演じてきてたので、こういう指摘を受けるとは思ってもいませんでした。
なので次はあえて素人っぽい動きを試してみたんですが、今度はどうもわざとらしくなってしまうんですよね。
『まりか』の動きとその中に入る自分ではない人間の動き、この両方を意識するってなかなか難しいものだったんです。
それでどうしようかと悩んでたときに『烏丸さん』がプリティーモアショーの事を持ち出したんですよ。
あの時はスーツに閉じ込められた中の人の苦しさや切なさがひしひしと伝わってきて凄く良かったと。
でもあの時はスーツのおかげでもあったんですよ。
あの時はキャラクターが5重に重なる着ぐるみでした、ご存知のとおりホビー21の着ぐるみは重ね着するほど息苦しさや中に伝わる刺激の切なさが増すんですよね。
更に衣装や構造も特殊だった為に役者にとっては本当に辛くいやらしいスーツだった訳です。
今なら普通のスーツの刺激にはあまり動じずに演技できるようになりましたが、あの時のスーツだけは特別だったんですね。
でもその話を聞いたマネージャーも『烏丸さん』に賛同しちゃって、プリティーモアショーの時に使った着ぐるみが今使われてないので試しにやってみないか僕に提案したんです。
僕としても最初は戸惑いましたが、いざ提案されちゃうとあの時の拘束感が懐かしく感じて「じゃあ試しに」って承諾しちゃったんですよ。
インナースーツの上にスーツアクトレスの錦戸京香の着ぐるみを被り、更に背中ファスナーの青海さんのスーツに入ってその上から重ね着用インナータイツ、そして『まりか』を重ね着 していきました。
やっぱり着ぐるみを重ね着すると密閉間も拘束間も息苦しさも蒸し暑さも中に伝わってくる刺激も段違いなんですね。
もうホント、スーツを隔てた外の世界がまるでものすごく遠いみたいな。
苦しくて声も遠くてまるで僕だけ深海にいるみたいです、でも衣装のこすれから中に伝わる刺激だけはいつも以上に鮮明に伝わってくるんですね。
視界もプリティーモアショーの時はブルーモアの面も青海さんの面も作りは似てたんで外から感じられる印象よりかは見えてたんですけど、今回は重ねる面ごとに顔の作りが違うので実はかなり見え辛いんですね。
そんな中だと、やっぱり先程までと同じ感覚では演じられないんですよ。
するとそんな動きが外から見ても中の人が必死で演じてる様が伝わってきて良いって話になって本番もこの状態で臨むことになっちゃった訳です。
それでも最初は30分だけの舞台だって聞いてましたから大丈夫かな~なんて甘い考えのところはあったんですよ。
だから成田に時間延長を告げられた時は実は内心結構焦ってました、ホントにステージ終了まで持つのかな・・って。
でも同時にチャンスだと思ったんです。
成田は今『まりか』の中身が彼の憧れる『烏丸瑞穂』だと思ってます。
つまり『まりか』が必死で頑張ってる姿を彼に見せる事で彼のやる気をおこさせる事が出来るのではないかと思ったんですね。
そもそも今回のサポートスタッフに成田が選ばれたのもそれが原因の一つだったんですよ。
プリティーモアショーの時もそうですが、彼がいつまでも訓練生を卒業できないのは着ぐるみの内臓に対する憧れや悔しさや執念というものが足りないと思われてるんですね。
だからあえて今回着ぐるみの中に彼の憧れる『烏丸瑞穂』が入る事をこっそり伝えたり、最初控え室でわざと彼に『まりか』が苦しんでる演技を見せ付けたりした訳です。
いくら苦しくて視界の悪い構造の着ぐるみに閉じ込められてるからとはいえ、流石に慣れてますから他のキャラに手を引かれないと歩けないほどではありません。
だから最初視界が十分に見えてなさそうな感じで他の二人の手を借りながら控え室に入ったり、こっそりとスカートをたくし上げて成田に中の苦しさを想像させてみたのはわざとだったんですよ。
絶対にそのほうが成田が羨ましがるって分かってましたからね。
決して成田をいじめたい訳ではないんですが、彼のやる気を引き起こすにはこれくらいの荒療治は必要だと思ってます。
たくし上げについては以前僕からの伝えた注意を聞かずに着ぐるみにパイプ椅子を薦めた成田への罰の意味もあったんですが。
こっちは見えてないふりしてましたが実は彼がチラチラとこちらの様子を伺ってたことも知ってたんで、その後はわざと自分で自分を苦しい状況に追い込んでみたりね。
もっとも時間延長があったせいで苦しがってる演技をしなくても結果的には実際に大変なステージになっちゃった訳ですけど。
でもおかげで成田もお客さんも『まりか』の中に入ってるのが『烏丸瑞穂』だってすっかり信じちゃってたみたいで良かったです。
握手会のときなんかお客さんの多くが『まりか』目掛けて押し寄せてくるんですよ、しかも今日のお客さんはいつもと違って握手を求めるだけじゃなく混乱のドサクサに変なところを触ってくる人までいました。
いつもとは違う直接的な刺激に何度も果てそうになっちゃいましたけど、そんなことになったら握手会が続けられなくなっちゃうので、あの時は中で歯を食いしばりながら耐えるのに必死でしたよ。
でもみんなが僕のことを『烏丸さん』だと思い込んでるのはまたいつもと違う優越感もちょっとだけありました。
本物の『烏丸さん』はすぐ隣の着ぐるみの中に居ましたのに、あの場では着ぐるみの中に居る僕らとマネージャー以外誰も気づいてなかったんですから。
おや、皆さんも気になりますか?アイドル声優『烏丸瑞穂』は一体どこに隠れていたのか。
実は彼女は『マナさん』の中に居ました。
どうやら彼女、『マリまり』では『まりか』の声をあててますが実は最初オーディションは『マナさん』役で受けてたそうなんですよ。
だから実は『マナさん』を演じることにもちょっと興味があったらしく、役変更にも快く応じてくれたって訳です。
でも彼女、『マナさん』をベテラン級の演技で見事に演じてましたよね。
それはなぜか?
答えは簡単です、何故なら彼女もホビー21のベテラン着ぐるみ役者なのですから。
いや・・・「だった」と言った方が正しいですね。
実は彼女は声優学校に通う研修生時代にはここホビー21でバイトしてたんですよ。
『烏丸瑞穂』は当時、声優を目指して地方から単身上京して来ました。
親の援助も殆ど得られなかったらしく声優学校の学費や生活費を稼ぐ為、すぐに都内でバイトを始めることになります。
その時にバイト先に選んだのがここホビー21だったんですね、声優を志すことからも伺えますが彼女はどうやらその頃から既にかなりのアニメ好き、しかも着ぐるみまでも大好きだったそうです。
当然彼女の着ぐるみ好きはホビー21上層部にも察知され、着ぐるみのサポート等を経て訓練生に選ばれることになりました。
彼女は元々声優の訓練で演技力や表現力も身につけてましたし、何よりお芝居に対してとても一生懸命な人です。
一方で仲間の着ぐるみにちょっかいを出すのが好きなところもあったりと、ごく親しい人に対してはちょっといじわるになる一面もありましたけどね
更に肺活量も鍛えてましたからホビー21の着ぐるみの中の環境にも早く適応でき、歴代の着ぐるみ役者の中でも5本の指に入るくらい若うちからデビューを果たしてたそうです。
ちなみに着ぐるみ役者としては僕の直接の先輩でもありまして、僕がデビューしたばかりの頃は何度も一緒に舞台に立ったりしました。
先輩といっても彼女の場合はデビューが早いので年齢的には僕や成田と殆ど変わらない訳ですけど。
さっきもいじわる好きと書きましたが、彼女はキャラにハグするときに他に気づかれないよう着ぐるみの感じるポイントを刺激するっていう特技を持ってます。
丁度デビューしたての頃に女子部活アニメの親友同士のキャラに彼女と僕で入れられたんですが、その時はしょっちゅういじられて大変でした。
でもその経験があったおかげで着ぐるみ役者としてもレベルアップができて、同期の中でもよく特殊なショーに配役される立場になれたのかもしれません。
ちなみに成田も本人は全く気づいてませんが、実のところ彼も『烏丸さん』の入った着ぐるみのサポートには幾度となくついてるんですよね。
だから彼女も成田のことは前々から知ってるんですよ、密かに応援もしてくれてたそうです。
僕から成田が声優『烏丸瑞穂』のファンだと言うことをこっそり伝えておきましたから。
勿論、成田に対しては『烏丸瑞穂』が着ぐるみ役者をやってることは秘密でした。
同じ着ぐるみ役者以外にはむやみに中の人の秘密を漏らすことは御法度でしたからね。
本当は早く彼もデビューを果たした上でちゃんと紹介してあげたかったんですけど・・・
そんな彼女も暫くすると声優業に専念する為にホビー21を退職することになりました。
でもオフの日とかは変装してよく遊びに来てたらしいです。
さっきもちらっと言いましたけど彼女、プリティーモアショーの時も観に来てたんですよ。
いつも通り握手会をしてると不意に目の前に彼女が現れてハグしてくるんですもん、そりゃあびっくりしました。
酷いですよね、あんな大変なショーを経験してヘロヘロな僕に抱きついて、しかもこっそり中を経験した人にしかわからない刺激のポイントをさわさわと攻めていくんですから。
後で聞いたらどうやら『烏丸さん』もプリティーモアの大ファンだったらしくて、あの時は中の人がちょっと羨ましくて仕方が無かったそうですね。
ちょうど声優としても殆ど役が得られなくて燻ってた時期ですから欲求不満も溜まってたのかもしれません。
今回のイベントの打ち合わせで再開して話し込んだ時に僕がその時の内臓だったことを伝えたら彼女びっくりしてましたよ。
中に入ってるのが誰だか分からかったけど、凄く羨ましかったんでつい少し悪戯をしちゃったらしいです。
そう、今回のイベントが実現したのも彼女の存在があってのことだったんですね。
彼女は元々ホビー21の着ぐるみ役者だったので、着ぐるみ耐性の心配も秘密が漏れる心配も無かった訳です。
とはいえブランクが長かったのでマネージャーはちょっと心配気味だったようですけどね。
何せブランクが空けば自然と耐性は落ちていきますし、だから大事を取って今回は短い目のショータイムが設定されたんです。
もっとも、ここ数週間のリハーサル兼リハビリのお陰で『烏丸さん』もすっかり現役の勘を取り戻してたみたいですが。
へっ?「『烏丸瑞穂』が『まりか』に入ってないのはインチキじゃないか」ですって?
そんなこと無いですよ、よく思い出してください。
僕が成田に見せた裏告知画像には『まりか』『さよこ』『マナさん』の3キャラのシルエットの上に「ついに実現!声優『烏丸瑞穂』が着ぐるみの中身として参加決定!」と書かれてました。
つまり3キャラのうちの誰の中に入ってるかなんて書かれてないんですね。
成田や一部のお客さんは情報からの先入観で『まりか』の中身=『烏丸瑞穂』と思い込んじゃってたみたいですけど。
ちなみにこの時に『烏丸瑞穂』が『まりマリ』のキャラに入ることを伝えたのもマネージャーからの指示を得てのことでした。
マネージャーとしても彼にはこのイベントで悔しい思いを経験することでやる気を取り戻して欲しかったみたいですね。
さて、これでショータイムも無事終わったわけで今は着ぐるみ役者にはお楽しみの自由時間の真っ最中です。
僕もこうやって文章を書きながら休憩してると、ようやくイベントの興奮も収まってきました。
イベントで揉みくちゃにされながら控え室に戻った時は、今すぐにこのスーツを脱ぎ捨ててこの地獄の蒸し暑さと息苦しさの中から開放されたい・・って気分になったものですが、何とかまだ頑張れそうです。
え?そうですよ。僕はまだ『まりか』の姿のままで一人楽屋に居ます。
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