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ミスミ・シスターズの人気は日を追うごとに上昇していき、年を越すころには毎日その顔をテレビで見かけない日は無いほどのトップクラスアイドルに成長していた。
当然スケジュールも多忙を極め、ここ数ヶ月は渡辺も三姉妹もろくに休みを取れない日々が続いている。
だが2月14日の朝、渡辺は不意に出来た久々の暇をもてあましていた。
今日はデパートホビー21でバレンタインデーにちなんだイベントが開催される。
ミニコンサートを開いた後で三姉妹の手から来場してくれたファンに直接チョコレートが手渡されるという内容だ。
本来ならばこういったイベントの日は朝一から終了まで渡辺は忙殺される事になるのだが、今日のようなホビー21絡みの現場だと三姉妹の身の回りはID社の専属スタッフが面倒をみる事になることが多く、時には渡辺にすら詳しい内容が事前に知らされず全くの部外者のような扱いを受けてしまうことすらある。
現に今日も早朝に三姉妹を現場へ送り届けた後は渡辺はイベントの内容には関わることができ無い上にホビー21のバックヤードは渡辺でも立ち入り禁止のエリアが非常に多いため三姉妹のそばで様子を見ることすらかなわず、こうやって近くの喫茶店での待機を余儀なくされていた。
渡辺にとって三姉妹は近くにいるだけで色々と心をかき乱される存在なのだが、こうやって無理やり距離を置かれてしまうのもそれはそれで非常に切ない上に現在三姉妹がどんな状況にあるのかが非常に気になってしまう。
ましてや今日の現場を企画した人物はあの悪魔のような男だったのだ・・・
仕事の整理でもして心を落ち着かせたいところだが、明日以降の仕事については今日"彼"から直接知らされるらしく今の渡辺の手元には抱えてる仕事が殆ど残ってなかった。
この連日の過密スケジュールの中そんな事で大丈夫なのかとは思ったが、"彼"と会うときはいつもペースに乗せられ煙に巻かれ、結局いつもうやむやにされてしまう。
渡辺は腕時計を見た。
午前9時25分
ミニコンサート開始の午後2時にはまだ早いがそろそろホビー21の開店時間だ。
行ってもやることは無いが少なくともここでやきもきしているよりかはマシだろう・・・
渡辺は席を立った。
ホビー21の中央部、5層吹き抜けの巨大階段兼メイン展示スペース。
都心のど真ん中とは思えない広々としたこの一帯が今日のコンサートのステージだ。
ミニコンサートとはいえ会場の規模で言えば下手なライブ会場には決して負けていないだろう。
今日は他の階層でも多くのイベントやステージが催されてるためにまだ会場全体の人の入りはまばらだが、このステージの前の一角だけには既に人だかりが出来ている。
ステージの上には巨大なガラスのショーウィンドゥが置かれ、その中にはミスミ・シスターズをかたどった等身大のチョコレートが飾られていた。
三体はそれぞれ手を取りながら絡み合うようなポーズを取っており、その身体は衣装を纏っていない。
その代わりに赤い幅広のリボンが三体の身体に複雑に絡み付き、上手い具合に局部が隠されている。
その姿はいつもの清純な三姉妹のイメージとは違い、少しアダルトな魅力を放っていた。
ステージしたのファンたちは早くもそのチョコレートに見とれたり写真を撮ったりしているようだ。
流石にホビー21はやることが違うなぁ・・・
よく空いた一角、ステージを見下ろせる階段踊り場のベンチに身を落ち着けた渡辺はステージ上の様子を見てそう思った。
見れば見るほどそのチョコレートは三姉妹そのものだったのだ。
いや、元々三姉妹のスーツを作ったのはここホビー21を運営するID社なのだから、三姉妹そのものの造型は出来るのが道理だろう。
だがそれだけではない、例えばよくよく観察しないと気づかないであろうほど微妙なポーズの仕草や癖だったり存在感だったり・・・
その様なものまでが完璧に表現されてるように思えた。
まるで"本人達が中に入ってるような"リアルさがそれにはあった・・・
「フフ・・良い出来でしょう♪」
「ぅうワわっ!?」
全く気づかぬ間に隣のベンチに七瀬プロデューサーが座っていた。
「あ、お・・おはようございます・・」
「全く大声を出して・・・、周りのお客さんも驚かれてるじゃないですか」
七瀬がやれやれといった表情で言うも、その言葉とは裏腹に周りが渡辺達を注目したのはほんの一瞬であった。
デパート内のあちこちでホビー21の美少女キャラクターがグリーティングしており子供も大人もその様な些細な出来事にいつまでも構ってはいられないのである。
ステージ前の人だかりに至っては等身大チョコに夢中な様で、さっきの声すら全く気づいて居ないようである。
そう、彼が今日のイベントの発起人だった。
だとすれば・・・
渡辺の頭の中に「出来ればそうあってほしい」ような「なるべくそうであってほしくない」ような、そんな非常に悩ましい三姉妹の現在状況が思い浮かんできた。
だがそれをストレートに確認する勇気は渡辺に無い。
なので少し遠まわしに尋ねてみる事にした。
「い・・・いやぁ、ステージ上のシスターズの等身大チョコに見とれてて七瀬さんに気づかなかったんですよ、ハハ・・」
「フフ・・プロデューサーとしては光栄です♪」
「それにしても凄いですねぇ、一体いつのまに作られてたんです?ポージングといい完璧だしこれは芸術作品と言っても差し支えない出来じゃないですか」
「今のその言葉を聞いてきっと三体も喜んでいることと思いますよ」
「ええっ?・・三姉妹が聞いてるって何処で?」
何となく回答は予想できていたのだが、それをなるべく悟られないように努めた。
そして渡辺のその予感は的中していた。
「何処って・・・あのチョコの中でですよ♪」
「ええっ!?」
やはりそうだったのだ・・・
「でででもそれじゃあその・・・例えば呼吸とか大変なんじゃ?」
「そうですねぇ・・・じゃあ彼女達があのマネキン型チョコに覆われててしまうまでの流れを順を追って説明しましょうか。
まず今朝、渡辺さんと別れた彼女らはホビー21内の特殊ルームで全員裸になり全身消毒を受けました。
彼女達のスーツは今日のための特別に新調されたものなので汚れは殆どありませんが、食べ物を身体に直接塗りたくる訳ですから慎重を期す必要もありましたしね。
ちなみに消毒はアルコールをしみこませた脱脂綿を使い大勢スタッフによって体中の隅から隅までをくまなく拭取られるって方法で行きました。
三体とも割と大人しく消毒を受けてはいましたが、なんせあのスーツの上からですからねぇ・・・
細かい震えや呼吸の乱れまでは抑えることが出来ないようでしたよ。
嘆かわしいですねぇ♪」
ごくっ・・・
渡辺はつばを飲んだ。
デビューから既に一年弱、会ったばかりの頃とは違い三姉妹はその様なスーツの刺激による反応は一切表に見せないくらいに成長していた。
その三姉妹すら耐えられない刺激とは一体どれ程のものだったのだろう?
「消毒が終わると今度はチョコレート色のインナーを身につけます。
そして三体にポーズをとらせた後、今日渡辺さんからお預かりしているこのリモコンの特殊操作で彼女達のスーツを硬質化させました。
こうすると力を抜いてもポーズが維持されるんですよ、というか自分では全く動けなくなるんですが♪」
「ちょちょちょっと!?そのリモコンにそんな機能があったんですか?聞いてませんでしたよ?」
「ハイ、言ってませんでしたしね♪」
七瀬はしれっと答える。
「そうしたら特殊な装置でチョコレートを三体の全身にくまなく吹き付けて、固まったらリボンを巻いて完成です。
実は全身チョコレートに覆われてるように見えて、呼吸用の局部だけはそのインナーとリボンでカムフラージュされてるんですよ。
インナーの表面に加工して、たとえ近くで見ても何処までがチョコレートで何処が露出してるか分からないほどにはしてありますので外からばれることはまずありませんけどね。
尤も、そのせいでインナーはレザー並の厚みが出来てしまいましたし、当然皮膚呼吸分も遮断されてるので中は凄く苦しいことになってるでしょうけど、元々人形だから関係ありませんよね♪
ちなみにそのせいで今現在三姉妹の五感はほぼ遮断された状態にありますが、音だけは私の付けてるマイクを通して三姉妹に伝わるようになっています。
結構広い範囲の音を拾えるので、今の会話は渡辺さんの声も含めて彼女らの耳にきっと伝わっていることでしょう。」
目の前のチョコレートの塊の中につい今朝まで一緒に居た三姉妹が全く動けない状態で閉じ込められているのだ。
その事実にやはり愕然とするものの、心構えが出来ていた分今回は何とか大ショックを受けずに済んだ。
「そ、それはまた大掛かりな企画を考えられましたね。
でもなんでそんな大変なことを?」
渡辺は尋ねた。
「渡辺さん、ミスミ・シスターズには実は大きく分けて二つのファン層があります。
そのことについてはお気づきですか?」
「あ・・・」
何となく七瀬の意図が理解できた。
その反応を確認すると七瀬は続けた。
「そう、ミスミ・シスターズは表向き"生きている等身大フィギュア"即ちお人形として売り出してますし、そういった純粋な目線で応援してくれるファンが大半を占めています、しかし・・・」
「女の子があんな苦しくつらそうなスーツに閉じ込められて健気に頑張ってるという裏事情を想像して、そこに魅力を感じてるファンも少なからず存在している・・・と?」
自分の台詞を続けた渡辺に七瀬は一瞬驚いた表情を見せるも、すぐに満足そうな笑みで頷いた。
「そう、その通り。そして今日は実のところはそんな想像力豊かなファンの皆様に向けたイベントなのです。
恐らく今ステージの前に居るファンの方の中にも等身大チョコに隠された"真の内情"に薄々気づいてる方がいらっしゃるのではないでしょうか?
彼らはこの後コンサートに、そしてその後のシスターズからのチョコレート手渡し企画にもきっと参加されることでしょうね。
そしてそこで彼らの"予想"は"確信"へと変わる筈です。
チョコを手渡されるときに感じるであろうシスターズの身体に染み付いたチョコの香りと、手渡されたチョコが今現在彼女達の身体を覆ってるものの砕かれた破片であることによって・・・」
やはりこの男は恐ろしい・・・
渡辺はそう思った。
そして今まではその男に翻弄されるだけだったのが、その思考をある程度先読みできるようになった自分が少し誇らしく思えた。
だが七瀬の話はこれで終わりではなかった。
「フフ・・・ところで渡辺さん。今日の三姉妹の秘密がそれだけだと思いますか?」
「え・・・?」
「渡辺さん、今までの話だけでは説明がつかないことが一つあります、それは何処でしょう?」
聞かれても渡辺には全く思い当たらない、そんな戸惑う様子を七瀬は面白そうに見つめている。
「ではヒントです♪
"あのチョコレート、何かおかしなところがありませんか?"」
「あ・・・」
渡辺はようやく分かった。
「そうか・・・チョコレートは人の体温で溶ける、人の肌に塗ったところでそこで固まることは無い。
なのに三姉妹を覆ったチョコレートはどう見てもガチガチに固まっている・・・どうしてなんです?」
「フフ・・渡辺さん、今朝の三姉妹に変わったところはありませんでしたか?」
「え~と・・・そう言われれば・・・」
渡辺は思い出す。
そう言えば今朝の三姉妹はいつもよりもほんのほんの僅かであるが元気が無かったように思う。
もっとも、このところの過密スケジュールもあるから無理も無いと思っていたのだが、もしかするとこのイベントに関係があったのだろうか?
そういったことを告げると七瀬は目を丸くして感心した。
「本当によく見られてるんですねぇ・・・
そう、実は今日のスーツには特別な仕掛けがしてあって、中の熱を外に逃がさないようになってます。だから体表の温度はチョコが固まるくらい冷たいんです。」
「ちょっと・・・それって・・・」
渡辺はあることに気づいた。
「熱が外に逃げないなら中は蒸し風呂状態ってことですか?」
「そう、その通りです。
尤も普段から熱が逃げにくい構造ではあるのですが、今日のスーツは特別仕様ですからケタが違います。
こんな中に"もし人が入っていたら"大変なことになっちゃうでしょうねぇ♪
幸い、今は二月ですから多少はマシ・・・いやいや、今朝のような凄い厚手のコートを着ていたりしてたら同じかもしれませんね♪」
そうだった、厚いコートや手袋に阻まれてたせいで普段との体温の違いにも渡辺は気付けなかったのだ。
渡辺は尋ねた。
「今日彼女達が皆いつにも増して厚着だったのも"設定どおり"の行動なんですか?」
「ええ、"設定どおり"です♪」
七瀬は相変わらずしれっと答えた。
やはり、やはりこの男は恐ろしい・・・
思考が先読みできるなんて一時の思い上がりなのだろうか?
そして・・・
熱を遮断するスーツに覆われ、更にそれを硬質化され、呼吸を厚い布で覆われた上でチョコレート
に包まれ、そんな姿を多くの人目に晒されている三姉妹は今どんな気分なんだろう?
それを考えると本当に切なかった。
自らの気持ちを逸らすために渡辺は話題を変えることにした。
「そそそれにしても七瀬さんにご解説いただけるなんて約一年ぶりですね~。
いつも現場にこられても大変お忙しくて、こうやってゆっくりと話す暇なんて無かったのに・・・」
「ええ、だって今まで約一年頑張ってくださった渡辺さんに対するせめてもの手向けのつもりでもありますしね・・」
「手向け・・・ですか?」
七瀬のその言い回しがやけに渡辺には引っかかった。
「ええ、だって・・・」
七瀬は言い放った。
「渡辺さんには今日をもって専属マネージャーの役目を終えて頂きますから♪」
あくまでしれっと。
今度こそ渡辺は愕然とした。
急に何を言いだすんだこの男は?
明日からもスケジュールは詰まってるのに、あ、でもそれを知らされては居なかったんだ・・
何処にそんな権限が・・・ってそういや最初にマネージャーに任命したのもこの人だっけ?
それよりも今この会話、三姉妹にも聞こえてるんだよな?
ツバキはヤエはボタンは、その中の人は今一体どんな気持ちなんだろう?
それは今の話のことで?それともチョコに閉じ込められた気分って意味で?
いやいやそうじゃなくて・・・・
あまりにも急な出来事に頭が混乱して、それから後の会話を渡辺はよく覚えていない。
ただ一つだけ、七瀬が意味深に放った一言だけは頭に残っている。
「この仕事の後、三姉妹の自宅にて会わせたい人が居る」
と・・・
<To Be Continued>
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