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今の時刻は正午を過ぎたあたり。
チョコレートとして展示されたままの三姉妹を一旦ステージに残し、渡辺は彼女らの楽屋に来ていた。
この畳20畳ほどのそのスペースは普段からホビー21のショーに出演する着ぐるみ達の控え室として使われているらしく、ホビー21内でも一部のスタッフしか出入りが許されていないエリアにあるらしい。
渡辺も本来はここに立ち入ることは許されない筈だが、七瀬が「今日だけは特別に」と言って通してくれたのだ。
一見したところどこにでもよくある控え室と大きく変わったところは無いが、ここに普段からホビー21の着ぐるみたちが多く出入りしてると思うと初めて女の子、それも恋人の堀川梨恵の部屋に上がったときのようなそわそわした気持ちになり落ち着かない。
それにしてもここのセキュリティの厳重さには驚かされた。
渡辺達がここにステージ側からのこのこ入るわけにはいかなかったので一旦別の従業員通路からここまで来たのだが、ここに辿り着くまでには何故か何度もエレベーターを乗り継いだり特殊なロックの扉を何度も抜けたりする必要があったのだ。
おかげで自分がホビー21のビルのどの辺りにいるのか今や全く見当もつかない程だ。
仮に渡辺にこのエリアに入る権限があったとして、案内なしに再びここに辿り着ける自信はまったくない。
もっとも、今日でマネージャーをクビにされるという渡辺がそんな心配をする必要など無いのだが。
この特別エリアに入ってからはホビー21の着ぐるみ達とも何度もすれ違った。
シスターズがそうであるように、ここの着ぐるみ達も舞台裏だからといって決して素の表情を見せたりはしない。
そんな彼女達が渡辺には遠く羨ましい存在に思えた。
彼女達は渡辺達と違い専用の出入り口から最短ルートで控え室と店内を行き来できるらしかった。
専用の2重扉の間に着ぐるみだけがいることをコンピュータが確認したときだけ通行可能になる仕組みだそうだ。
だが、出番が終わっても即着替えに戻ろうとする娘はいないらしいことを七瀬に教えられた。
控え室に戻ってもそのままの姿でのステージのレッスンやスチール撮影など着ぐるみ達の仕事が必ずしも終わるわけではない。
それにたとえレッスン日でなくてもそのままショーやダンスの自主練習を始めたり、オープンスペースや友達キャラの部屋でくつろいだり、更には着ぐるみのままシャワーを浴びていく娘までいるそうだ。
その話を聞いたとき、渡辺の脳裏には三姉妹のことがよぎった。
朝早くから夜遅くまで毎日ずっと着ぐるみで過ごしてきた三姉妹。
マンションに送り届けた後の彼女らの暮らしを渡辺は知らない。
食事を取ったり休んだりする必要があるだろうから即着ぐるみを脱いでるものだと思って・・・いやむしろそうであって欲しいと願っていたものだが・・・
はたして本当にそうだったのだろうか?
・・・いや、今更それを考えてどうなるのだ。
渡辺は一旦思考を止めて室内を見渡す。
衣装かけにはこれから三姉妹が着るであろう舞台衣装と共に、今朝彼女達が着てきた衣服がかけられていた。
スレンダーなシルエットながら手首や襟にはたっぷりファーが使われておりとても暖かそうなコートがお揃いで大中小と並んでいる。
今朝は何も気づかなかったが、今日の彼女らのスーツの秘密を教えられた後だとそのコートが全く別物の非情な拘束具のようにさえ思えた。
だが彼女らの地獄はまだ決して終わった訳ではない、むしろこれからなのだ。
現に今も舞台上でチョコレートに閉じ込められたまま衆目に晒されている最中だ。
そしてこの後はミニコンサートがある、いくらミニとはいえシスターズの曲の振り付けはどれも激しいものばかり。
それを今日は熱が全く逃げないスーツのままで3曲も続けざまに披露すると言うのだ。
しかも今日の衣装は細かく起毛した生地で作られた首から下の全身タイツの上にフードつきのケープやミニスカートなどのアイテムを纏うというものらしい。
この衣装もファーがふんだんに使われている上、色は白で統一されており見た目は非情に可愛らしい。
だがこれをID社の着ぐるみの上から着るとなると、ただでさえ気持ちよさそうな上に熱の逃げ場が無いであろうことくらい渡辺にも容易に想像がつく。
これまでの三姉妹が過ごしてきた日々もたった今の彼女達の現実もどちらも辛く無慈悲で、そして渡辺にとって非情に羨ましく切ないものであることに変わりは無かった。
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そして時間が経ち、ようやくチョコレートのマネキンと化した三姉妹がショーケースごと楽屋に戻ってきた。
ショーケースを転がしてきたのもホビー21の着ぐるみだった。
双子のキャラらしく、2体で左右対称となったサイドテールが可愛らしい。
今こそホビー21の制服に身を包んでいるが普段は違う衣装でショーに出ているらしく、本来は午前のショーを別のステージで終えて
休憩時間だった彼女らを手伝いに呼んだそうだ。
やはり舞台側にも着ぐるみしか通行できない仕組みがあるらしく、そのせいでこういう手段をとることになったらしい。
なんとも融通の利かないシステムだ。
もっとも、どうやら本来は渡辺達が通ったような複雑で遠回りなルートを”あえて”ゴトゴトと通ってこさせる算段が七瀬の中にはあったらしく、現に朝はこの楽屋からステージまでそのルートを使って運んだらしい。
どうやらシスターズの等身大チョコレート姿が今朝に速報として某有名ブログで紹介されたらしく、そのせいで会場が予想以上の大混雑となったせいで急遽計画が見直されたそうだ。
チョコを割るために三姉妹は清潔なシートの上に運び降ろされた。
七瀬は本人の珍しい誤算にショックを受けてるのか暫く無口だったのだが、ふと思い立ったように顔を上げると渡辺の元に歩み寄ってきた。
「渡辺さん、折角時間もありますのでこのチョコを割る役目をお願いします♪」
「えっ!?」
気づいたときには既にゴムハンマーとビニールの手袋を握らされていた。
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三姉妹が閉じ込められたチョコレート型のマネキンが目の前にある。
目の前に立って初めて気付いたのだが三姉妹の息はかなり荒くなっていた。
まぁこの特殊スーツ・厚いインナー・チョコレートと重度に覆われた状態、そして更に先程までは狭いガラスのショーウィンドウに長時間閉じ込められてたのだ、無理も無いだろう。
いや、そもそもショーウィンドウの防音効果や雑踏で音がかき消されていたものの、最初からこれくらいの息の荒さだった可能性すらある。
リモコンによる三姉妹の全身硬化はすでに解かれた。
なので三姉妹が自力で脱出しようと思えば出来なくは無いかとも思えるのだが、今のところそうなる気配はない。
思いのほかチョコが固くて身動き取れないのか、それとも渡辺に助け出されるのをあえて待っているのか・・・?
判別は付かないが舞台スケジュール的にも三姉妹の体力的にも、いつまでもこうしてる訳にはいかない。
だが・・・
どうすればいいのだろう?
ヘッドがゴムとはいえ三姉妹の身体にハンマーを叩きつけるのには抵抗がある。
かといって指の圧力で割るとしたらそれは三姉妹の全身を・・・
非常に形がいい上に、その感触は快感となって中に伝わるというあそこやあそこやあそこをこの手で直に触れると言う行為に他ならない。
今までマネージャーという立場に徹してきた渡辺にとって、その様な行為など考えたことすら無かったのだ。
いくら七瀬の提案とはいえ渡辺がこの役目を引き受ける必然性は無かった。
今からでも本来のスタッフにバトンタッチすることは出来よう。
だが、彼女達と今日をもって別れなければいけないのなら、ここで逃げて後悔はしたくなかった。
意を決して手を伸ばす、迷った挙句最初に手を伸ばしたのはボタンの背中だった。
ボタンは意外と頑張り屋ではあるものの三姉妹の中では一番体力が無い。
呼吸のしやすさを考慮すると呼吸口の辺りのほうがいいのかもしれないが、いきなりそこに手を伸ばすのは流石に気が引けた。
手を開放して自分で脱出しやすくなる方法も考えたが、それぞれの手が何故か隣のキャラの感じやすい位置のそばに配置されていたためにそれも諦めた結果だ。
親指をぐっと押し込んでチョコを割っていく。
思ったよりチョコが固くて厚い。
チョコが割れて露出した肌は七瀬の説明どおり体温が感じられず、中との世界の隔たりが大きく感じられた。
そしてとても柔らかかった。
更に指をチョコと皮膚の隙間に入れて大きくチョコを剥がそうとしたその時だった、ボタンの身体がビクッと反応した。
焦るあまり”体の感じやすい部位”に指が入ってしまっていたのだ。
慌てて指を引っ込める渡辺、明らかにボタンの呼吸が荒くなっている。
狭いチョコの隙間から肺の上下が見て取れた。
渡辺は激しく後悔した。
触れてはいけないものに触れてしまったと言う慙愧の念、そして同時に芽生えた淡い嫉妬の念。
但し先程の動きのも関わらずチョコにヒビが入った様子は無い。
この作業は思ったより時間がかかりそうだ。
今はボタンは呼吸を整えさせることを優先し、今度はヤエに狙いをつける。
今度はゴムハンマーを短く持ち、中に必要以上の衝撃が伝わらないようにヤエの背中を何度も優しく叩いていった。
だがそれでもヤエの呼吸は荒くなっていく。
どうやら微妙な振動もまた快感として伝わっていっているようだった・・・
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「おやおや、思ったより時間がかかっちゃいましたねぇ」
七瀬の言葉通り、三姉妹が全員脱出できたころにはミニコンサート開始の20分前を切っていた。
チョコの中から出てきた三姉妹はまるでチョコレート色のエナメルの背中空きレオタードを身に纏ったような姿だ。
これが恐らく七瀬の言うインナーだろう。
見るからに厚みが感じられる、こんなものに呼吸口を塞がれてるのだとしたらチョコから脱出できたとはいえ
相当に苦しいことに変わりは無いだろう。
それに先程までの余韻が消えないのか、三姉妹は未だにそれぞれ呼吸が乱れたままだ。
「まぁ過ぎちゃった時間は仕方ありませんね。スタイリストさんよろしくお願いします」
時間がかかったのは七瀬の提案にも責任があるのだが、一番責任が大きい渡辺には文句は言えない。
七瀬の号令とともに行動を開始したスタイリスト達はまずインナーを脱がせにかかるが・・・・
「・・ストップ」
すぐにまた七瀬がそれを取り消す。
「皆さん、渡辺さんの前で裸体を晒しちゃって良いんですか?」
「えっ!?」
七瀬の言葉に渡辺は驚く。
先程までぐったりしていた三姉妹だったが、七瀬の言葉を聞いたとたんスイッチが入ったように様子が変わった。
渡辺の前で裸になることを講義しだしたようだ。
「皆さんの意思はよ~く分かりました、じゃあ今回はそのインナーの上からベロアのゼンタイを着る事にしましょう♪
とびきりぶ厚い生地を使いましたから、いくら色がホワイトでもインナーの色が透けちゃったりは・・・・」
「ちょちょちょ、ちょっと・・・!」
七瀬の言葉を渡辺が阻止する。
「まってくださいよ、それなら僕が部屋から出て行けばいいことじゃないですか!」
だが、七瀬は呆れ顔だ。
「渡辺さん、ここが本来部外者立ち入り禁止のエリアだと言うことをお忘れですか?
私から離れて勝手に出歩かれたりされては困ります」
「うっ・・・、じゃあ更衣ブースとかは・・・」
渡辺は辺りを見回すもそれは見つからない。
「本来、ホビー21のステージ専用の控え室ですからね。
ホビー21のキャラは皆それぞれ個室を持ってるので必要が無いんですよ」
七瀬は続ける。
「それに三体ともそれで良いって言ってますしね♪」
「ええっ!?」
渡辺は三姉妹を見回すと皆それぞれあっさりとOKのサインを出した。
無論、呼吸はそれぞれ戻らないままだが・・・・
せめて多少でも戸惑ったそぶりを見せてくれれば反論のしようはあったのだが、こうもあっさりOKされるともう取り付く島も無い。
第一もうステージまでそれほど時間があるわけでもないのだ。
この瞬間、三姉妹にとってのミニステージの過酷度がさらに一段階アップすることが決定されてしまった。
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ミニステージもその後のチョコ手渡しイベントも大盛況のうちに幕を閉じた。
渡辺が予定より細かくチョコを砕いてしまったおかげでなんとかチョコも来場者に行渡ったようだ。
今は帰りの車の中。
流石に今日は三姉妹もぐったりした様子を隠せない。
あの後も渡辺は楽屋から出ることを許されず、その結果今も三姉妹はコートの下の下に例のインナーを着続けたままなのだ。
三姉妹からは今でもほんのりとチョコの香りが漂ってくる。
それは彼女らが今朝の地獄から一時も開放されること無くそこにあり続けてる証でもあった。
助手席には七瀬。
いつもマイカーで現場に来てる筈のこの男だが、今日ばかりは気を利かせてるつもりなのかもしれない。
「・・・なんだか切ないです」
渡辺が口を開く。
「今日まで一年間、辛い思いも苦しい思いもしつつ・・・
気が付いたらこの暮らしが当たり前になってしまっていたのに。
終わりが来る時って本当にあっけないものですね」
愚痴っても仕方ないことだとは分かっている、でも今の気持ちを吐き出さずには居られなかった。
だが・・・
「渡辺さん、貴方はまだまだ若いでしょ。
これからは楽しい仕事だってありますよ。
過去の辛い自分の気持ち見つめるのも時には大事かもしれませんが、今は明るくいきましょう♪」
予想外なほど能天気な七瀬の言葉に渡辺は苛立ちを覚える。
なんて言い草だろう、誰のせいでこうなったと思ってるんだ。
こっちは三姉妹と別れる心の準備なんてまだ出来てやしないのに・・・!!
「ところで」
七瀬の言葉が渡辺の思考をさえぎった。
「会わせたい人が居るって話、覚えてらっしゃいますか?」
「あ、そういえば朝方そんな話をされてましたね。
一体どなたなんですか?私に会わせたい人って・・・」
渡辺は必死で平静を装う。
「フフ・・・」
七瀬はわざともったいぶるように言った。
「渡辺さん、三姉妹の"内臓"に会ってみたくは無いですか?」
一瞬驚きのあまりハンドルを切り違える所だった。
数秒間、平静を取り戻すのに勤めた後で渡辺は返す。
「な、七瀬さん。今までと言ってることが全然違うじゃないですか!?
貴方はそもそも『中に人などいない』ってスタンスだったんじゃなかったでしたっけ?」
「そんな話、あくまで建て前の話じゃないですか」
七瀬は苦笑した。
「それに渡辺さんは彼女達の中身のことを非常に気にしてますね?
いや、一年間ずっと一緒に仕事をしてきたのに貴方は相手の素顔も素性も知らないでそれが全く気にならない人なんて居ないでしょう」
「まぁ・・はい。それは正にその通りなんですけど・・・」
「そこで渡辺さんの今日までの頑張りに敬意を表して、特別に一人だけ対面して頂いても良いかなと思いまして」
「一人だけ・・ですか」
渡辺は少しだけがっかりする。
「渡辺さん、貴方もよくご存知の通りこのプロジェクトは機密の塊です。
この話だって昼間念入りに我が社のスタッフがこの車に盗聴器がないのを確認した上で話させてもらってます。
本来ならID社外の人間に秘密が漏れることがあってはならないところ、これが私個人に出来るギリギリの譲歩なんです。
それが不満ならこのお話、最初からなかったことでも私は一向に構いませんが・・・」
渡辺の態度に七瀬は不満なようだ。
勝手に車を調べられたりとさらっと聞き捨てならないことを言われたが、渡辺にとってもこの千載一遇の申し出を断る理由は無い。
だがこの男の事だ、また何か企みがあるのでは・・・?
ふとバックミラー越しに三姉妹と目が合った。
皆話を聞いていたようだ。
表情が変わることのない彼女らだが、その視線から今の渡辺は渡辺は彼女らの本気を読み取ることが出来た。
少し考えた上で渡辺は言った。
「いえ、喜んでその申し出を受けさせてください」
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渡辺はリビングルームに通された。
三姉妹は渡辺と七瀬に茶を出してもてなした後、別の部屋に消えていった。
そして暫くした後に風呂場からシャワーの音が響いてきた。
ここに来るのはこれで2回目だ。
そういえば前回もここに来たときは彼女らの中身と対面できる筈だったのだ。
だが最終的には結局それも叶わず仕舞いとなってしまったのだった。
もしかしたら今回も・・・
そういった不安な気持ちが再び渡辺の心に浮かんできた時、風呂に面する廊下側の戸がコンコンとノックされた。
「どうぞ、お入りなさい」
七瀬が促す。
ドアを開けて入ってきたのは決して着ぐるみではなく、れっきとした人間の若い女性であった。
「渡辺さん初めましてぇ、随分お待たせしちゃってごめんなさい。
木屋町香織(きやまちかおり)と申します」
勿論、渡辺にとっては全く面識が無い女性だ。
<To Be Continued>
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