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渡辺翔平と堀川梨恵が初めて出会ったのは高校の演劇部だった。
当時、演劇部の花形だった渡辺に憧れて一年後輩だった梨恵が入部してきたのだ。
最初はミーハー心からだったのかもしれない、だが演劇の世界に触れ
梨恵はその魅力にどんどんのめり込んでいった。
そしてその後、渡辺の熱心な指導の下で梨恵は才能を開花させる。
渡辺もそんな梨恵を大変可愛がった。
そんな二人の仲がよき先輩後輩から舞台上のベストパートナーへ、そして恋仲へと発展
するまでにそれほどの時間はかからなかった。
高校を卒業すると二人は別々の道へと進む。
渡辺が己の才能に限界を感じ役者としての道を断念した後も梨恵は諦めず、短大卒業後は
アルバイトをしながら小劇団やキャラクターショーのチームに所属しながら演劇の勉強を
続けていた。
渡辺も役者の道は断念したものの演劇の世界からは離れられず、芸能プロダクションに
入社する。
才能は認められつつもチャンスに恵まれなかった梨恵。
そんな梨恵をいつか自らプロデュースして二人で仕事をする、そんな夢もよく語り合った。
そしてこの春先、念願だった大きな演劇の仕事が梨恵に舞い込んできたと知らされたときには
二人して大変喜んだものだ。
ただ、梨恵の仕事は大変に秘密の多いプロジェクトらしく、仕事の内容どころか所属先も
教えてもらえなかった。
「遠くに行くのでたまにしか会えなくなるケド・・、ゼッタイ浮気とかダメだからねっ!」
そう言って梨恵は旅立っていった。
長年交際し将来のことさえ誓い合っていた二人だけに、渡辺も決して梨恵が浮気するなんて
夢にも思っていなかった。
それだけに先日の電話の一件は渡辺の心に深く突き刺さっていた。
後日、梨恵から「旅行中で近くまで来てた従弟が泊まっていたのだ」と説明を受ける。
だが実のところ渡辺にも梨恵の住んでる場所は「仕事上の秘密」として明かされていないのだ。
そんなところにいくら親戚とはいえ気軽に立ち寄れるのだろうか?
それにあの電話口での慌てっぷりも説明が付かない。
一旦疑いだすと疑念はどんどん加速していった。
そもそも最近は何故か互いのオフ日が重なり、よく会うことができていた。
お互いに月数度の僅かな、しかも不定期な休みしか無いにも関わらずにだ。
そもそも住んでる場所すら教えられない仕事って一体何なのだ?
それこそ都合の悪い日は体よく渡辺を避けられる為の言い訳だったのでは?
直接聞いてみればいいのかも知れないが、それはそれでお互いを傷つけてしまいそうな不安に
駆られ、未だ聞けずにいる。
そして恐らく梨恵もそんな渡辺の微妙な態度を感じ取っていることだろう。
渡辺の臆病が反って二人の間の溝を深くしていた。
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それは梨恵との微妙な関係がしばらく続いていたある日。
仕事から帰宅したばかりの渡辺の仕事用携帯に着信が入る。
その発信元を読んで渡辺は目を疑った。
[三澄家]
三姉妹が済むマンションの部屋のアドレスだった。
三姉妹のマネージャーになったときに教えられたものだ。
但しこのアドレスは今まで一度も使ったことが無い。
いつも三姉妹を迎えに行くときは必ず渡辺より先に三姉妹がマンションのロビーに待機していた。
緊急連絡がある時は七瀬を通じて連絡を取っていた。
着ぐるみを脱いだ状態(もちろん本人たちは自分たちは人形だと主張しているのだが)の
彼女たちとの接触は七瀬から禁じられていたし、仮に(これは渡辺にとってはなるべく
想像したくない状態だが)仕事時間以外でも着ぐるみを着続けていたとしても、帰り際に毎回
渡辺が音声機能を切って帰ってきており、そのキーであるリモコンも渡辺が所持してる以上は
電話の会話などままならないであろうからだ。
だから今まで一度もこのアドレスを使用したことは無かったし、よもや向こうから電話が
かかってくることなど想像もしなかった。
とすると今電話をかけている人物は・・・・?
戸惑いと期待が織り交じった感情を抱きつつ電話に出る。
『ごきげんよう、今日もお疲れ様でした、渡辺さん』
それはいつも通りの、着ぐるみから発せられるそのままのツバキの声だった。
「つ、ツバキ!?
いったいどう・・いや、何が用?いやいや、え?アレ??」
『ウフフ・・何を驚かれてますの?』
「ああ、いや・・・・・
そ、それより何の用だい?」
『明日のお休みのことですが・・・渡辺さんは何かご予定ございますか?』
「明日?」
以前はたまのオフ日の度に理恵と会っていたものだが、微妙な間柄になって以来接触は
なるべく避けるようになっていた。
その為、明日も予定は無い。
「いや、特に無いけど・・」
『まぁ、でしたら私たちのお部屋までいらっしゃいませんか?』
またもや耳を疑う、予想だにしない提案だったからだ。
「え?部屋って・・」
『嫌ですわ、私たち三姉妹の部屋はご存知頂いてる筈ですわよ?』
「いやいや、だって仕事以外での君達との接触は七瀬さんに禁じられてるし・・・
それにマスコミに嗅ぎ付けられても困るし・・」
『マンション内のセキュリティの高さは渡辺さんもよくご存知の筈でしょう?
他所ならまだしもここならきっと安全です。
それにみんなで黙っていれば七瀬プロデューサーにも気づかれませんわ。
ヤエもボタンも皆、渡辺さんと会いたがっております』
『おいでよナベちゃ~ん!』
『・・・お~い、ナベー・・・』
電話口からやはりいつも通りの二体の声が聞こえた。
「それにしても一体どうして急に?」
『お仕事上のパートナーとして、たまにはお仕事抜きでの交流も必要かと思いまして。
それにお会いした上で直接お話したいこともございまして』
「う・・う~ん・・」
渡辺は返答に困る。
オフ日の三姉妹の様子、それは渡辺にとって神秘のヴェールに包まれた世界だ。
当然興味もある。
だが七瀬の指示を無視していいものなのか・・・。
それにどことなく梨恵にも申し訳無く感じる。
考えあぐねて話題を変えてみることにした。
「と、ところで今どうやって電話してるんだい?
トークモードは切ってきたはずだけど・・・・」
『ウフフ・・・気になりますか?』
「う・・うん」
『それも明日いらっしゃれば全てお教えして差し上げますわ』
どうやらツバキ達は何としてでも渡辺を招きたいようだ。
渡辺も観念する。
「わかった、じゃあお招きに預かることにするよ」
『まぁ、ありがとうございます。
では明日朝10時にお部屋にて、姉妹一同お待ち申し上げております。
では、今日はこれで。
遅くに失礼いたしました。ごきげんよう・・・』
「あ・・ああ。おやすみ」
電話は切れた。
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「まぁ、ごきげんよう渡辺さん。
ようこそいらっしゃいませ、二人も奥でお待ちしてますわ」
玄関で出迎えてくれたのはやはりいつも通り人形姿のツバキであった。
オフ日なのでもしかすると着ぐるみを脱いだ姿で・・・なんて期待が無かったかといえば
嘘になるが、三姉妹と付き合ってもうかなり経っている、そうあっさりと彼女たちが
正体を明かしてくれるなんて期待は流石に渡辺もしていなかった。
だから何となくこうなる気はしていたし予想というか覚悟というか心構え的なものも出来ていた。
もちろん全く落胆が無かった訳では無いが。
ツバキに案内され奥のリビングに通される。
2体はそこでくつろいでいた。
服装こそ仕事のときよりややカジュアルだが、それを除けばいつもとなんら様子に変わりは無い。
玄関は顔合わせの日に少し覗いた事があったものの、そこから先は渡辺にとって未知の領域だ。
だが実のところパッと見ただけではそこはごく普通の女世帯の住居となんら変わりは無く
生活観に溢れてるように見える。
三体は普段もずっとこのままの姿で、この家の中で生活しているのだろうか?
食事・風呂・排泄・睡眠・スーツの充電、そして彼女たちが本当の姉妹ではなく設定を持って
プロデュースされた単なるアイドルユニットであることを考えると、そんな事などまず
あり得ないのだが、ついついそう信じさせてしまいそうな説得力がその空間にはあった。
二人は身振り手振りだけで挨拶をする。
てっきりツバキのように話しかけてくるものかと思ったのだが、どうもそうではないらしい。
いやむしろ彼女たちこそ普段どおり、おかしいのはトークモードを入れてないにもかかわらず
喋りかけてくるツバキのほうなのだ。
渡辺は気になって尋ねた。
「早速だけど質問していいかな?どうしてトークモードを入れていないのに喋れるんだい?」
「ウフフ・・それはですね」
言ってツバキは壁の前に立つ、そこにはエアコンか有線か・・・何かのコントロールパネルの
ようなものが壁に埋め込まれていた。
「種を明かすと単純なのですが・・このパネルでもトークモードの操作が出来るんです」
「あ・・ああ、そうなんだ」
分かってみれば本当に単純な答えだった。
リモコンを所持してるのが渡辺だけだというのは単なる思い込みであったようだ。
「ただ今朝方からなのですが、スイッチの調子がおかしいのか二人のトークモードが
どうしてもオンにならないんです」
「え、そうなのかい?」
試しにと渡辺は自分のリモコンでもスイッチを入れてみる。
だが何度ON・OFFを繰り返しても二人の声が発せられることは無かった。
調子がおかしいのはどうもスーツのほうに原因があるらしい。
そういえばツバキの喋り方にもどこと無く違和感を感じるが、それもこのせいだろうか・・
「あの・・渡辺さん、そんなに激しい切り替えは・・・」
「あ、ああ・・そうだったね」
以前、七瀬からスイッチのON・OFFは最小限にと注意されたのだった。
電力の消費が激しいとか『内側』の負担がどうとか言われてた気がするが・・・
「私たちが常に刺激を受けてるのはご存知でしょう?モード切替時にはその感度の強さも
大きく変わる上に、切り替える瞬間は一時的に感度がピークまで達しますますの。
不意に切り替えられても平然を装い続けるのはかなり大変ですのよ」
ツバキが説明してくれた。
「ええっ、そ・・そうだったんだ。
ごめん・・・」
だとしたら渡辺は今まで何の気なしにそのスイッチを切り替え続けてきたことになる。
確かに最初こそ僅かな反応を示していた三体だが、デビューに向けてレッスンを進めるうちに
その反応も影を潜めていた。
だから大したことではないのだと思い込んでいただけに、不意なツバキのカムアウトは
渡辺を動揺させた。
何より三姉妹の口から『内側』の話を聞くこと自体珍しいのだ。
動揺を悟られないように話題を変える。
「バッテリーの方は大丈夫だよね?」
「この部屋は一見ごく普通のマンションの一室ですが、実はID社の先端技術の
実験場も兼ねておりますの。
例えばこの床、実は特殊な磁場を放出してます。
その磁場の中に居ることでスーツ自体のバッテリーを消費することなくどれだけ長い時間でも
音声モードを維持することだって出来ますのよ。
まだ量産には至ってませんが、例えばこの床で劇場全体を覆えたとしたら・・・」
「どれだけ長い時間でも・・・?」
聞いて唾を飲んだ。
それはつまり『中の人』が耐えられるならば
それがどれだけ長時間でも着続けられるということなのか?
「ウフフ、やっぱりそこが気になります?」
「あ、いや・・その・・・」
つい復唱してしまったことに今になって気づいた。
「もしかして私たちがずっとこの姿でこの空間の中で生活してて・・・
なんてこと考えられてます?」
図星だった。
「そ、そうなんだろ?だってキミ達は人形だからその姿が本来の姿で・・」
彼女達のスタンスに合わせたつもりだったが返ってきた答えは意外なものだった。
「あら、そんなことあるわけ無いでしょう?」
ツバキは渡辺の頬をツンとつつくと、手に口を当ててお上品に笑い出した。
「え?」
「私たちだって『中に人が入ってる』んですもの、『スーツを脱ぐこと』だってございますわ。
それとも渡辺さんには私たちがずっとずっと『この密閉されて蒸し暑くて呼吸もままならない
スーツの中に閉じ込められ続けてる』方がお好きなのかしら?」
「い、いや。決してそういうわけじゃ・・・」
なんだかほっとした様な反って大きく心を揺さぶられるような複雑な心持だ。
渡辺が彼女たちと出会ってからもうすぐ半年になるその間彼女たちは決して『自分たちは
人形である』というスタンスを崩すことは無かった。
そしてそれは今後も崩れることは決してないのだと渡辺は半ば諦めかけていただけに
ツバキのこの言葉は衝撃的だった。
「今日お呼びしたのも実はその事に関してですの」
「と・・・言うと?」
「私達の『中の人』に会って頂こうと思いまして・・」
渡辺は耳を疑った。
それは彼女達に出会って以来ずっと望み続けてきたことだったからだ。
先程も玄関で「やはり今日も無理か」と落胆したものの、まさかこれほど唐突に
望みが叶おうとは。
ツバキは続ける。
「但し、少し条件をつけさせていただきますわ」
「条件とは?」
図らず、渡辺は身を乗り出す。
「『中の人』を明かすのは姉妹のうち一人のみ。
そしてその『中の人』と渡辺さんとで・・・・」
間を置いてツバキは言い放った。
「交際して頂きます」
<To Be Continued>
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