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ステージライトに明かりが灯る。
ステージ上にライトアップされたの真紅の布。
3つの巨大な箱を覆ったようなシルエットをしている。
ワイヤーによってその布が取り払われると、中から現れたのは3つのフィギュアの箱だった。
正面側が透明なセルロイドで出来ていて中が覗けるという、よくよく見かける構造のものだ。
但しその高さが2m近くて、中のフィギュアも人間大なのを除けばだが。
渡辺はステージ袖のモニターでじっとその様子を見守っていた。
アナウンスが流れる。
『20*△年◇月○□日、遂に夢のフィギュア"ミスミ☆シスターズ"登場。そして・・・』
勢いよく上箱が取り払われる。
中からお揃いのステージ衣装に身を包んだ三澄姉妹が現れた。
三体は静かにステージに降り立つと・・
「GOっ!!」
ヤエの掛け声を合図に流れ出したデビュー曲に乗って三体は一斉に駆け出した。
『今貴方の元へ!』
歓声が上がる。
オーディエンスからの反応と元気に振舞う三姉妹の姿を確認して渡辺は安堵の息を漏らした。
発表後すぐの電撃デビューとはいえID社製の人形によるユニットという話題性と
ファンの食いつきは上々のもので、このデビューイベントも既に会場は満席、
会場に入りきれなかった人が溢れるほどの最高のものであった。
おかげで会場整理に手間取ってしまい、開演までに時間を食ってしまったのが
少々痛かったのだが・・。
渡辺は先程の出来事を思い出す。
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箱に入りステージ上に並べられた三姉妹、渡辺はそれぞれにデビュー前最後の激励をかけていた。
フィギュアの箱から登場するという演出の為、三姉妹は客入り時には既に舞台上で
布を掛けられたまま待機している必要があったのだ。
「どうだい?かなり窮屈な空間だと思うが開演まで耐えられそうかい?」
渡辺は同じことを三体に確認してまわっていた、今は最後になってしまったヤエの番だ。
「だいじょーぶだって!
も~、心配性だなぁ~ナベちゃんは(笑」
ヤエは明るく答えた。
全身がセルロイドの型で圧迫されていて、動きでの意思伝達が不可能な為に
今だけはトークモードのスイッチが入れられていたのだ。
「この登場方法のリハーサルはID社で何度も繰り返してきたしね。
そりゃ~・・最初こそちょっとは大変な目にあったりしたケドさ・・(汗
アタシ達みんな頑張ってレベルアップしたんだもん、ドーンと任せてよ!」
梱包されて身動き一つ出来ない状態のフィギュアから
こんな風に言われると何とも妙な気分になる。
心強い言葉とは裏腹に彼女達の肩は既に小さな上下運動を始めていた。
やはり彼女達にとってそこは相当に苦しく切ない空間なのだろう。
近くで見るとその身体は想像以上にピッタリとした隙間に収められている。
余分な空間なんてものは殆ど見あたら無い。
細かい通機構が空けられているという話だが、
ぱっと見た限りではそれすらもよく確認できなかった。
このような状態で彼女達は開演までの時間を過ごすのだ。
心配と共にだが、その事が渡辺にはなぜか非常に羨ましいことのように思えた。
いやいや、今はそんなことを考えるのはよそう。
"中の人"(七瀬も人形達もその存在を認めないが)にとってこれは命がけの危険な演出なのだ。
それは「大変な目にあった」という彼女達が一番理解していることだろう。
こんな状態で本当に今から開演まで30分間も耐えられるのだろうか?
「ふぅ・・三人とも全く同じ答えか・・・
まぁ確かにキミ達が失敗・・なんて光景は想像すらできないが、
舞台には魔物が棲むとも言うしなぁ。
集まってもらったファンも勿論大事だが、まずはキミ達の無事が第一だ。
万が一何かあったときは何としてでも僕に伝えなよ。
何を投げ打ってでも必ず助け出すから」
とは言ってみたものの、この状態の彼女らにどうやって助けが求められるというのか。
渡辺は自分の発言の無責任さをひそかに悔いていたのだが・・
「も~、だから大丈夫だって(苦笑
・・ねぇ、次にこうやってお話しする時は本物のアイドルになってるんだよね、アタシ達?
だからこれは生まれ変わるまでの間、ほんのちょっとのサナギの時間。
でも・・ナベちゃんがこれだけ大事に想ってくれてるからこそ、
アタシ達もこうやって全てを委ねられるんだけどね」
「ヤエちゃん・・・」
何を告げようかと迷ったその瞬間・・・・
ビーーーーーーーーーー!
開演30分前、客入れ開始を告げるブザーが鳴った。
「ほら、もうトークモード切らなきゃ・・」
表情の無い作り物のヤエの顔だが、渡辺にはまるで弱々しく微笑んでるように見えた。
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あの後、予想を遥かに上回った客足で警備が混乱し、30分の開演時刻延長を余儀なくされるとは
あの時点では思っても居なかった。
こちらからの連絡だけは彼女達に装備されたのインカムを通して伝えられるが、彼女達からの
意思を受け取る手段はこちらにはもう無い。
それこそその気になればステージに上がって近くまで行ったり、トークモードのスイッチを入れて
彼女達を喋れる状態にすることは出来たのかもしれない。
だが、そんな事をしてはこの演出自体は台無しに終わってしまうし、このトークモードの限界時間
ギリギリを計算された長時間イベントでは途中でバッテリーが切れてしまう危険性もあった。
何よりその様な失敗を一番悲しむのは他ならない彼女達自身だろう。
彼女達は過酷なアイドル生活に耐えるために今まで頑張ってきたのだ。
マネージャーである渡辺の前ですら彼女達はその体を覆うスーツを一度も脱いだことが無い。
それどころか最近はタイツもわざわざ厚めの物を重ね履きしたり、ボタンにいたっては
スカートの下には必ずブルマーを履きこんだりと、過酷な衣装を選ぶことが多くなっていた。
もっともこれは七瀬プロデューサーから細かい設定変更の指示があってのことらしい。
もしかしたらこの指示自体は彼女達のためと言うより、それに対する渡辺の反応を
期待してのものかもしれなかった。
いや、彼のことだしそれはほぼ間違いないであろう。
そして現にこの事実は常に渡辺の心を揺さぶり続けていたのだ。
だが多忙らしく顔合わせの日以来直接は顔を出してこない七瀬の、しかも外からのぱっと見では
判別の付きにくいような細かい指示まで愚直に守り通してるのもやはり熱意の表れなのだろう。
渡辺はそう信じていた。
いや、そう信じることでしか心の平静を保てなかったのかもしれないが。
だからこそ舞台監督に意見を求められた際も、"このままでの続行"を進言したのだ。
だが・・・
時間が経過していくにつれ、彼女達の今の状態への羨望も影を潜め、心は不安で満たされていった。
何より『何を投げ打ってでも必ず助ける』と約束しておきながら、いざ危機に直面しつつも
何も出来ない自分が情けなくて仕方なかった。
だからこそ元気にステージに駆け出した彼女達を見るまでは生きている心地がしなかったが、
今はようやく安定した心持ちで彼女達のステージを見守る事が出来る。
自己紹介や歌やダンスの披露、ホビー21のドール達をゲストに招いてのトークショーや寸劇など
イベントはつつがなく進行していた。
やはりこういったステージイベントだとヤエは大いに活躍する。
他の2体が"前へ前へ"といったタイプでないだけに、アグレッシブなヤエのキャラクターは
ステージ全体を引っ張る大きな力となっていた。
何より落ち着くことを知らないタイプのヤエ。
ちょっとした間にもステージを駆け回り会場を盛り上げていた。
この様子なら心配なさそうだ・・そう思って見守っていた渡辺だったが、不意にふとある言葉が
頭をよぎった。
『これも"設定"通り♪』
初めて三姉妹と出会った日の七瀬の言葉だ。
そうか・・今頃になってようやく思い出された。
人前であろうと自分達だけの場であろうと、常時個々のキャラクターを貫く彼女達に
触れ続けてきたうちにすっかり忘れてしまっていたのだが、彼女達のキャラクターは
決して本来のものではなく"設定"として人に定められたものだったのだ。
何でそんな肝心なことを忘れていたのだ。
だとしたら・・・
再びモニターに注目する。
元気に走り回るヤエ、その姿は先程までの狭い拘束された空間から解き放たれて
自由を得た証だとばかり思っていた。
だがもしかすると・・・・
ヤエの中の人は今この瞬間も、ヤエという人形だけでなく"ヤエというキャラクター"に
縛られ続け、辛い責め苦を受けている真っ只中なのではないのか?
だとしたらそれは一体どんな気分なのだろう?
渡辺の心は疑問と不安と・・・そして先程までは不安によってかき消されていた
切なく羨ましい気持ちで満たされていった。
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第一部を終えた三姉妹の様子を見に楽屋に来た渡辺。
だが彼を待っていたのは予想外の光景だった。
化粧台に向かってヤエが突っ伏して動かなくなっている。
その肩は激しく上下しており、お腹の動きからも相当消耗してることが確認できた。
別の席ではツバキがボタンを膝に乗せて相変わらずの姿勢で静止している。
だがこちらも入ってきた渡辺に気づく様子は全く無い。
着替えの手伝いに来るはずだったホビー21のスタッフもまだ外なのか、
楽屋の中に居たのはこの三体のみであった。
いつもは激しいレッスン後でも皆割と平然としていた為に、渡辺は大変戸惑う。
彼女達をこのままにしておいて良いものなのか、それとも・・・
三体のすぐそばまで来て声をかけてみたが全く反応が無い。
今は節電のためにトークモードは切ってあるが、それでも普段の彼女達ならば
反応の一つ二つは返ってくるであろう。
渡辺は少し悩んだ末、ヤエには悪いと思いつつもその体に直接触れないよう気を使いつつ
そのスカートの中に手を入れてみることにする。
七瀬の説明によると確か呼吸口はここだった筈だ。
すると渡辺の指先から伝わってきたのは非常に不快な湿気と凄まじい熱気だった。
それまでの想像の遥か上のをいく過酷な世界だった。
この娘達は自分の目の前に確かに存在しながらも、
同時に外の誰も知りえないこんな世界と戦っていたのか・・・・
初めてリアルにそれを感じ取った衝撃に渡辺は再び立ちすくみそうになる。
途端、スカートを探っていた渡辺の手首が何者かの両手にがしっと掴まれた。
ヤエに気づかれたのだ。
ヤエは立ち上がり、そして睨み付けるように顔を近づけてきたかと思うと
今度は掴んでいた手の片方を離しそれを渡辺の額まで持ってきた。
この指形は・・・・
"ぺちこん!"
でこピンだった。
いつの間にかツバキもボタンも渡辺の後ろに回り込んでいて、手を口に当てたり渡辺をつついたり
しながらくすくす笑ってる(ように見える)
気づいたらヤエも同じように笑っていた。
「失礼しマース!着替えのお手伝いに来ました~」
着替えのスタッフが入って来た時には三体はいつもと変わらない様子で彼らを出迎えていた。
先程までの憔悴しきった感じはもはや微塵も感じない。
渡辺は三体に担がれていたのだろうか?
だが・・・
渡辺の手首には先程の、信じられないくらい熱く火照ったヤエの手の感触が確かに残っていた。
<To Be Continued>
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