エリカはオトコ?
めずらしく早めに帰れた.5時に自宅へ帰るマンションの管理人さんと駅前で
出会った.55くらいの年輩の男性だ.
「***さん,いなかどちら?」管理人はボクにたわいもないことを話し掛け
てくるのが常だ.
「はい,N県ですけど・・・」
「イナカから弟さんがいらっしゃってるんだね.」
「は?」
「こないだ,***さんとこから弟さんが出てきたんだ.挨拶したよ.あんた
と違って、がりがりにやせてるねえ.東京に出てきて、仕事探してる、っていってた
けど,大変だねえ.じゃ,またね.」
「はあああ?」
ボクはその場を取り繕ったが、「エリカだ・・・」と思うと気が気でなかっ
た.信じたくはなかったが、エリカの中に入っている人は管理人さんに会っている.
まさか,こちらから「どんな感じの人ですか」とは聞けないし.うーン.一緒に住ん
でるのに顔も知らないなんて,やっぱりこういうときに困るんだよなあ.
それに,弟さんなんて,勝手なことといっちゃって..え?...弟?...
妹じゃないの?
弟....?
ボクは何がなんだかわからなくなって,すぐには家へ帰れない気分だった.
ケータイで帰りが1時間遅くなることをエリカに伝え,ボクは駅前の喫茶店に入っ
た.
決定的な事実が判明した.....
エリカは男だ.
ちょっと待てよ,ありえないよ.だって,まずあの見事なプロポーション.あ
れは絶対に女の子のプロポーションだよ.そりゃあ,女装する人のプロポーションと
かは知らないけどさ,あれは絶対男の体じゃないよ.管理人さんが「ガリガリにやせ
てる」って言ってたけど,どういうことだろう?
絶対にありえないよ.エリカが男じゃない,っていう証拠ならいくらでも挙げ
られるよ.たとえばあのしぐさ....いや....それがもし全部芝居だとした
ら....うん,でも,でもさ,エリカの声を聞いたよ.ボクは.原宿言った時,耳
元でささやいた声.女の子の声だったよ.プラグスーツの酸欠のとき,キャアと叫ん
だ声も女の子の声だったよ.男の人が女の声をだした?だから普段は黙ってるのか?
え,でもさ,あの唇,絶対女の子の唇だったよ.ぼく,キスしたんだもん.
ぜったい間違いないよ.うえーー.男とキスしたのかな,ボク.ボク,エリカの手と
か,太ももとか,腰とかなでたことあるもん.あれ,絶対に男ってことないよ.
それにさ,だいいち,股間に息子がないじゃん.どこかに挟むにしたって,少
しくらいは形跡があるものじゃないのかなあ?
自分では何とかして否定しようとするのだが,ボクの頭の中は「エリカは男」
という言葉がぐるぐるぐるぐるとまわって収拾がつかなくなっていた.ボクはコー
ヒーを盛大にこぼしてしまったが,それに気づいていなかった.ウェイトレスさんが
あわてて拭いてくれたのだった.
え,でも,百歩譲って,外に出るとき女の子が男の子の格好をしている,って
ことじゃないのかなあ.エリカの中に入っている人は,自分の服は持ってこなかった
んじゃないかな.だから,ボクの服を着たりして(そういえば,ボクのクローゼット
をかき回した跡はあった)で,男の子に見えただけで,本当はボーイッシュな女の子
なんだよ.うん.絶対そうだよ.
一応は納得して自分のマンションへ戻ることにしたが,その道すがら,やぱり
考え込んでしまった.やはりエリカ人形の中身はオトコの人だ.ボクが仕事に行って
いる間は素の自分に戻って買物や食事をしているんだ.ボクは少女人形のエリカしか
見ていないし、暗黙の了解でそれ以上のことは聞かないでいる.でも,マンションの
管理人さんは間違いなくエリカの中に入っているオトコの人にあって話しをしている
んだ.そのオトコの人は少なくとも外出する時はオトコの格好しているし(たぶんボ
クの服)ボクの家で生活してるんだ.何か気持ち悪い感じもするけど、だからどうす
る,ということにもいかないしなあ.気が進まないけど,エリカに直接きいてみるし
かないか.
家に帰ると,エリカが出迎えてくれた.今日は,明るい緑色のノースリーブの
ワンピースで,スカートが思いっきり短い.歩くたびにパンツが見えてしまう服だ.
首のところはぴったりと巻きついていてレース飾りになっている.スカートの縁は大
柄なレースで飾られている.そして,黄緑色のオーバーニーソックスをはいていた.
緑と黒のチェック地のハンチング帽をかぶっていた.プラスチックの大きな腕輪を3
つくらいはめていた.雑誌の切抜きから飛び出てきたような格好だ.
こんな素敵な服を着ているエリカに「君は男か?」なんてとても聞けなかっ
た.だって,ふりふりのミニスカートにひざ上の靴下だよ.顔はロリ入っているし
サーーー.ボク的にはこれ以上の服はないね.ボクはたわいもない話に終始し,結局
管理人さんと合ったことは話せないまま床についた.
そんなことがあった翌日、ボクは思い切って、会社を早退した.それはエリカ
の正体をどうしても知りたい、ということもあったが、ちょっとエリカを困らせてや
ろうという気持ちも少しあった.昼の3時頃,ボクはわざとらしく呼び鈴を鳴らし
た.扉のむこうでは「はーーーい」という甲高い男性の声が聞こえた.その声の主は
扉のところまで来ると,ノブに手をかけた.
その瞬間、動きが止まったのが分かった.多分覗き穴からボクを見たのだろ
う.ばたばたと走って逃げる音がした.ボクはいたずらを続行するかちょっと迷っ
た.そのうち、ケータイがなった.
「2・30分くらい時間つぶしてきて
エリカ」
メールが入っていた.ボクはこれ以上立ち入ると魔法が消えてしまう気がし
た.駅前に戻って、1時間落ち着かないままコーヒーを飲み、家へ帰った.鍵を開け
て中に入るとそこにはいつもとちっとも変わらないエリカがそこにいた.ローライズ
の黒の綿パンをはいて、ピンクの首の広く開いたTシャツを着て、手には週刊誌を
持っていた.ボクは「ごめんね」と一声謝った.エリカはこくっとうなずいて、両手
をボクに差し出し、ボクのクビに抱きついた.ボクに抱きついた少女人形は100
パーセント少女の体であって,男性を思わせるものは何もなかった.
ボクは「ごめんね」ともう一度言った.
エリカはボクを部屋の中につれてくると,パソコンの電源を入れ、エディタを
あけた.
「***さん,エリカの本当の声,聞いちゃったでしょう?」
長い沈黙の時間が流れた.ぼくはゆっくり頷いた.
「エリカが男だって,ばれちゃった?」
ボクは頷くかどうか長い時間迷った.しかし切なそうな目で見つめるエリカの
視線に耐えられず,ゆっくりと頷いた.
「でも,でもね,本当はエリカちゃん,女の子なんだよね?だって,こんなに
体がきれいだし,声がちょっと男の子っぽい,ってだけだよね?」
エリカは観念したかのように,あるホームページを見せてくれた.それは
Insi*e Dol*というサイトで、物語中心のシンプルなつくりのサイトだった.そこの
最初の物語を読むようにエリカはボクに促した.
・・・・オトコ・・・・・
オトコなんだ.みんな.ホビー21のお人形はみんなオトコなんだ.信じられな
い.男の人が,まず女性の体型になるような全身着ぐるみを着て,その上からエリカ
人形を着ているなんて.一重でもすごいのに,二重に全身をゴムで包んでいるなん
て!しかもこの間は60時間もだよ!
「エリカもこのとおりなの?」
エリカはゆっくりと頷いた.エリカの表情は変わらなかったが,表情というも
のがもしあるとすれば泣き出したい心境だったろう.
長い沈黙の時間が続いた.エリカはもともと何も話し出すことができないか
ら,ボクがこの気まずい沈黙を破らなければいけなかったが,何を話せばいいかよく
わからなかった.
ボクは決意した.エリカの中に入っている人が男だって女だって,ボクはどう
でもいいことなんだ.エリカは女の子の心をもっていて,ボクのことがココロから好
きで,一緒に住みたい,っていうことが大切なんだ.エリカと住みつづけよう.この
まま.
ボクはエリカをすごく抱きしめたい気分だった.パソコンの前にぺたんとへた
り込んで座っているエリカの後ろに座ると,エリカを後ろから抱きしめた.ボクはエ
リカの胸の前に手を回して,エリカの胸を抱きしめた.エリカは最初びくっとしたよ
うだったけれど、ボクがすべてを許したことに気づいたらしい.きゅっとボクのほう
を向いた.
<あ,その視線.ボクの好きなこの視線.>
エリカの目はうるうるして見える.そのいつもの目がボクを見つめていた.エ
リカはゆっくりと体をねじるとボクの胸に飛び込んできた.ボクはエリカをやさしく
包み込むように抱いてあげた.
エリカは泣いていた.いや,顔の表情はまったく変わらないのだが,肩をしゃ
くりあげながら泣いていた.エリカの中に入っている人が声を出さずに泣いているの
だ.泣きながらボクの胸に顔をうずめている.でも,外から見ただけじゃエリカはた
だの等身大人形だ.それがボクの胸に顔をうずめて泣いているのだ.
「エリカ」ぼくは極力やさしい声で話し掛けた.
「1つだけお願いがあるんだけど」
エリカは,さも意外だというふうにちょっと顔を上げた.言葉はださなかった
が,「なあに?」というエリカの声が聞こえた.
「エリカ,しゃべって.本当の声で.恥ずかしい?」
エリカは尻込みすると,顔の前で腕でバツを作った.
「ボクは,エリカが男の子っぽい声でもぜんぜん構わないよ.エリカのすべて
がすきなんだから.エリカとじかにお話したいな.」
エリカは迷っているようだった.自分の本当の声を出すのか,女の声のような
甲高い声を作って出すのか,迷っているようだった.
「あー」
エリカがしゃべった.それは女の子の声というにはすこし低いかもしれない
が,立派に女の子の声だった.
「もっとしゃべって.」ボクは促した.
「こんな声でどうかしら?」
エリカは一言一言確認するようにゆっくりと話した.エリカの口はほんの少し
だけ動くようになっていて,エリカが声を出すと口も少し動いた.2重の着ぐるみの
内側から話すんだから,ひどくこもった声ではあるけれど,ボクにははっきり聞こえ
た.
「上出来!エリカちゃん,始めまして.ボクは***です.よろしくお願いし
ます.」
「うん.」
うん,といったきり,エリカは両手で顔を覆い隠して泣き始めた.今度は「う
うっううっ」と声をあげて泣いた.そして「あああーーーーーん」といいながら,ま
たボクの胸に飛び込んで泣いた.ボクはエリカをやさしく抱きしめてあげた.男冥利
に尽きる一瞬だった.
その日,エリカは1時間くらい泣いていた.
「休もうか?」ボクは尋ねた.エリカは黙ってうなずいた.
布団に入りながら,ボクはエリカに言った.
「あの,ホームページにも書いてあったけど,やっぱり股間まで管が伸びてて
呼吸するんだね.すごいね.」
エリカは寝ながらボクの方をむくと,にやっと笑ったように見えた.そして,
泣いた後の鼻声ながら答えた.
「エリカはぁ,***さんの魔法のおかげでしゃべれるようになったけど,中
に人が入っているわけじゃないからね.」
「はい,はい」
「エリカは人形なんだからね,あのホームページは作り事のお話が書いてある
んだよ.」
「はい,はい」
「だって,エリカ,お風呂に入って見せたでしょう?股のところで呼吸なんか
してないんだよ.ホントにお人形なんだからね!!」
「はい,はい.わかったから,もう寝ようね.」
「だってねえ,だってね,エリカ,あああああーーーーん」
エリカは泣きつづけた.「泣きつづけるロリ人形」と名づけたいほどにかわい
らしい姿だった.
あああああーーんと声を出しつづけながらエリカはしばらく顔をボクの胸に埋
めていたが,急にぱっと声を出すのをやめると,きゅっとボクの方を向いて,
「うそ泣き.怒った?」
と言った.おこった!おこった!ボクはエリカに抱きつくとそのまま布団の上
にごろりと倒れこんだ.そして2人でじゃれあいながらお互いの唇を吸いあった.エ
リカが言った.
「エリカ,息してないでしょう?キスしてて物足りなくない?」
「大丈夫だよ.だって,君の気持ちは伝わってくるもん.」
「こんなことならさ」
「何?」
「最初からしゃべっちゃえばよかったな,って思って.」
「そうだね.」
「口きけないの,すごくつらかったんだよ.病気で倒れた時とか,特にね.」
「もう今度から大丈夫だね.」
ボクたちはディープキスに酔いしれた.
「***さん,あのね,やっぱり確認しておくよ.」
「何を?」
「エリカ,中に人は入っていないんだよ.息だってしてないんだよ.本当だか
らね,皮膚の切れ目なかったでしょう?土日はずっと一緒にいたでしょう?本当のお
人形なんだからね.」
「うん.そんなエリカが大好きさ.」
その日のボクたちは胸と胸を寄せ合いながら寝た.
(第13回に続く)
次回予告:料理と風呂の話
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