エリカ60時間の旅(後編)
エリカはどれほど服を持ってきたのだろう.大きなスーツケースいっぱいにな
るほど持ってきたには違いないが・・・.その日の服はオレンジ色のオーバーニー
ソックス、パステルグリーンのフリルのローライズスカートに白い幅広のベルト、オ
レンジ色のタンクトップの上に、黄緑色の長袖カーディアン.オレンジ色のネックリ
ングに緑のヘアバンド.まあ、よく言えば葉っぱつきのみかんといった配色だが、悪
く言えば高崎線といった感じだ.でも、着こなしはバツグンだし、なによりすごく目
立つ配色だ.髪は昨日のように少し顔を隠すような髪型だが、出かける段になって白
くて大きなキャスケット帽をかぶった.そしたら、全体のバランスが急に良くなっ
て、少女雑誌のモデル写真だってこーまでかわいくは作れないだろ、みたいな感じに
なった.ネックリングにマッチするようにリストリングも3本はめた.
「ねえ、ストッキングはかないの?」ボクは声をかけた.
エリカはボクのほうを振り返って首を振った.
「だって、素足が見えちゃうと、人形だってわかっちゃうよ.」
エリカはダイニングテーブルのメモ帳を取ると書いてよこした.
「***さん、エリカが人形じゃいやなの?」
こうまで書かれてしまうと、ボクとしても認めざるを得なかった.でも、街中
で大騒ぎになったりしないとも限らない.ボクは覚悟を決めるしかなかった.さらに
エリカはうきうきした様子で書いてよこした.
「最初にね、コート買うからね.バーバリだけじゃね.」
「え、コート着ていかないの?外、結構寒いよ.」
エリカはこくんとうなずいた.ま、そうか.着ぐるみきてれば寒いことはない
か.
というわけで、朝10時ころに出かけた.そうそう、白のハーフブーツを履いた
ので、キャスケットの白とぴったりきたね.家にいるときは結構幼い服を着ていた印
象があったので、今日のエリカのセンスのよさにボクは感心した.あまりにかわいい
格好なのでボクはじろじろ見ないようにしていたんだけど、玄関を出たとたんに、エ
リカがボクに「どう?」みたいな感じでポーズをとって見せたもんだから、ボクの息
子は反応してしまった.エリカはボクの股間を指さして無邪気に笑うしぐさをした.
<<やれやれ>>
昨日、街中を歩くのは経験ずみなので、それほど緊張はなかった.が、エリカ
の服がとにかく目立つので何人も振り返っていた.しかしエリカが人形だと気づく人
はいなかった.
エリカは途中からボクの腕にしがみついてきた.ボクのひじにエリカの柔らか
い胸があたる.ボクの息子は何度も反応した.エリカは顔でボクに「後ろ見て!」と
メッセージを送ってきた.ボクが何気なく振り返ってみると、30歳くらいの男が少し
離れて同じ方向に歩いている.
「なに、あの人、つけてくるの?」ボクは尋ねた.エリカはうなずいた.
「でも、ついてくるだけでしょう?離れないでいようね.エリカはポーチ気を
つけてね.」
エリカはうなずく代わりにボクの腕にさらにぎゅっとしがみついた.
<<あーーーかわいーーーなーーーあ>>
浮かれ気分で電車に乗ったが、やっぱり素足がゴム製だし、グラサンもかけて
なかったので、何人もエリカが人形だと気づいたようだ.気づいた人はエリカの顔を
覗き込むようなそぶりをするが、声をかけてくることはない.東京式のマナーなのか
な.ものすごく助かるよ.
電車の中はすごく暑かった.電車を降りたとたん、寒さでエリカはくしゃみを
した.
<<くしゃん!!!>>
ボクはえっという顔でエリカを見つめた.エリカはしまったという風に両手で
口を押さえた.
ボクは余裕で笑った.エリカは身振りで言い訳しようとしたが、口が聞けない
のではどんな言い訳もできなかった.ボクは何か意地悪なことを言おうかとも思った
が、まあ、すごくかわいい服着てるし勘弁してあげた.
JR原宿駅の竹下口から出ると、正面が竹下通りだ.午前中だが、ものすごい人
ごみだ.多くは中学生か高校生くらいだ.28歳のボクはものすごく自分が年をとった
ような気がした.でも、エリカはそんなことない.この雑多で若さあふれる雰囲気に
すぐにマッチした.通りに入るとすぐにエリカはグラサンをかけた.晴れわたってい
たのでまぶしかったのかもと思った.エリカはカラフルで小さな店をくまなく見渡し
ていた.アクセサリの店の前では立ち止まり物色したりした.しかし、この人ごみ、
かえってエリカが人形だと見破る人はいない.
エリカはボクの腕を引っ張りながらブティックへ入った.店員が派手な服のエ
リカを見つけてよってくる.エリカはゆっくりグラサンをはずすと店内を見渡す.店
員の顔がみるみる硬直するのがわかる.モデルかと思って応対したらマネキン人形
で、しかも歩き回っている、となればただではすまないのは良くわかる.(ま、マネ
キン人形じゃなくてゴムでできた人形だけどね.)エリカは5分くらい見渡していた
が、またグラサンをかけてボクを外へと引っ張り出した.お気に入りはここにはな
かったようだ.
こんな感じで3軒くらい入ったが、どこでも店員を驚かすだけで買い物はしなかっ
た.ボクは最初の一回こそ少し動揺したけれど、だんだんと人を驚かせるのが楽しく
なってきた.
中学生くらいの女の子3人連れがエリカに声をかけてきた.
「すみませーーーん.モデルさんですかあ?写真取らせてくださーーい.」
エリカは首を傾けてグラサンをはずすと、中学生のほうを向いた.彼女たちは
瞬間に固まった.ボクはニヤニヤした.エリカがにっこり笑って手を出すと、彼女た
ちは手を出してよいものか少し迷った.そりゃそうだ.エリカの素手はゴム手袋なん
だから.ゴムで覆われたエリカの手をこわごわと触ると写真も撮らずに逃げていって
しまった.ちょっとかわいそうだったかな、ともボクは思ったが、エリカは気にする
様子もない.
明治通りまで出ると、エリカはラフォー*へ向かった.そこならお気に入りが
あるのだろう.ボクはくっついていった.くっついていったのは良いが、ここは最初
ちょっと恥ずかしかった.だって、みんな女の子の服の店ばかりだから.建物のお
しゃれな雰囲気に飲まれちゃった感じだった.普段ファッションに全然縁がないもん
で、こういうときに対応できないんだよ.エリカは歩きなれた感じでうきうきしてあ
ちこちを物色している.やっぱり女の子だなあとボクは感じた.
その中でエリカは白いショートコートを見つけた.まず、お決まりの手順でグ
ラサンをはずして店員を驚かせた後、白いコートを指さして「試着できる?」と身振
りで伝えた.店員がエリカのサイズを見計らって持ってきた.エリカは両方の人差し
指を立てて「これくらい」とメッセージを送っていた.(なにが「これくらい」なん
だろう?それとも11の意味なのかな?)
ボクは脇でぼーっと見ていたが、口が利けなくてもなるほど何とかなるもん
だ.と感心していた.それにしても店員も偉い.昨日のウェイトレスは「ホビー21の
生き人形」を知っているから驚き方も半分だったろうけど、この店員は動く等身大人
形を見るのは初めてに違いないし、(もしかしたらTDLのファンだったら免疫あるか
もしれないけど)「人形が自分で歩いて服を会に来る」なんていうシチュエーション
は経験ないだろうしねエ.きっとこの店員、マネキン人形が突然歩き出すという悪夢
に今晩うなされること請け合いだよ.でも店員は仕事に忠実に、エリカに向かってお
世辞を言いつづけ、他にもどうかと服を持ってきたりした.その中からエリカは黄色
のワンピースを選んで試着して、それから買うことを決めたようだ.
エリカは急にボクのほうへ歩いてきた.そして、ボクの耳元に顔を近づけた.
なにをするのかと思ったとたん、ボクの耳には信じられない音が飛び込んできた.
「ねえ、これ、プレゼントして.」
ボクは,え!!!として振り向いた.
エーーーーーーーーー.
エリカがしゃべった.
「え、エリカ、あの、今、しゃべった?」
エリカは浮かれ気分のまま首を横に振ると、ボクの手のひらを取って、その上
に指で「プ」「レ」ゼ」「ン」「ト」と書いた.
「え、もちろん、いいけど、エリカ、今しゃべったでしょう?」
エリカは「おねがーーい」いまいにかわいらしく両手を胸の前で合わせて首を
傾けていつものうるうるした目でボクを見つめた.しゃべったことから話題をそらそ
うとしているようでもあった.
ボクは釈然としないなあと思いながらもレジへ行って、カードで支払った.
わ.女の子の服って、こんなにするんですねえ.こりゃ、毎週ってわけにはと
ても行きませんよ.だってね、白いハーフコートっていったって、化繊じゃなくて本
革だよ.襟と袖とすそにはふわふわしたのがついてて、ま、デザイン的には良く見か
けるのだけどね.
ま、ともかくエリカはワンピースをつつんでもらい、コートはそのまま着てい
くことにした.もお!なんて似合うんでしょうか!!だってね、なんて力入れて説明
しても仕方ないけど、
<<ハーフコートよりスカートたけが短い>>
んだよーーー.オーバーニーソックスもはいてるしさあ.あ、もーーそのゴム
で包まれた足にしがみつきたいよ.
ボクたちは表参道のほうへ行く緩やかな坂を上り、途中でわき道に入ってすぐ
のお店で昼食をとった.(野草園の隣にしゃれたお店あるの知ってる?)エリカは
コーヒーだけ頼んで、ボクがサンドイッチセットをたのんだ.デートして二人でお店
に入るときの、あの甘ったるい気持ち!こんなにかわいい子と一緒なんだぞという優
越感とこれからすごす甘ったるくてゆったりした時間への期待.しかもなんといって
もエリカは動く等身大人形だしさ.ホビー21で見慣れていたはずのエリカのおしゃれ
をこうやって原宿で見直すと、改めてそのかわいらしさがよーーーーくわかるよ.エ
リカは買いたいものが買えた(しかもボクが払った)という満足感でボクにべったり
だ.エリカがお人形で、行く先々で人を驚かせていることがだんだん些細なことに
なってきた.東京っていうところは、動く人形くらいで人だかりはできないんだ.よ
く言えば大人の町、悪く言えば無関心てかな.
このときにはボクはデートで夢中になって気がつかなかったけれど、エリカの
中にいる人はエリカになって40時間以上がたっている.一時も僕の前から離れるこ
とがない,ということは40時間全身をゴムの皮に包まれたままエリカの演技をしつ
づけているのだ.エリカはのんびりとデートを楽しんでいるように装っているが,中
の人はもう疲労と空腹で限界に違いない.でもこういうことは帰ってから気がついた
ことで,このときには普通の女の子とデートしている気分で楽しんでいた.
ボクたちは食事の後、ゆったりと表参道のスパイ*ルでお茶を飲んだ.そして
結局渋谷までのんびりのんびりと歩いた.エリカは(もちろん)お茶どころか水さえ
も口にすることはなかったが、ずっととろけるようなしぐさでボクの腕にしがみつい
ていた.もしかしたらすごく疲れさせちゃったかなあとも思ったが、エリカは疲れた
そぶりも見せずに歩いていた.
今度は渋谷の10*へ行った.エリカはここでブーツを買うつもりらしい.今
度は自分の白いポーチから自分のカードを取り出し、それをボクに見せて、「これで
買うから」と意思表示してからお店に入った.ブーツやサンダルを際限なく試着して
(ま、これはほんとに退屈だったけど)結局ベージュのブーツで膝頭が隠れるような
のと、黒のシンプルなサンダルを買った.エリカがカードで払うのを脇で見ていた
が、えーやっぱり、女の子の靴って、お金かかるんですねえ.ボクがちょっと驚いた
のは今日買ったの、ヒールが半端じゃないんですけど.今はいてるのは3センチくら
い.だって、エリカってもともと結構背が高いんだ.ぼくが182センチあるから、
高いヒールを買ったのかな.エリカはその場でベージュのブーツに履き替えた.結構
ボクの背に近づいてきたけど、まだボクのほうが背が高かった.良かった.それはと
もかく、膝頭まであるベージュのブーツの下にオレンジ色のオーバーニーソックスが
見えてる、ってなんかすごくエッチくさいんですけど.ひらひらのミニスカートだし
ね.
という風なわけで、ボクたちは目いっぱいデートを楽しんで家へ戻った.夕方
の6時になっていた.エリカは約48時間エリカのままでいる.一日中歩き回ったけれ
ど一滴の水を飲むこともなくずっとエリカの演技を続けていた.全身をゴムでぴった
り包まれながらエリカの中にいる人は少女の演技をしてコートを買い、ブーツを買
い、それを着こなした.
ボクが感心している一方でエリカはまだ元気だった.コートも脱がずにパソコンの電
源を入れると、エディタを開いた.
「***さんおもしろかったね!買ってくれたコート、すごく大事にするから
ね.ホントにありがとうね.エリカすごく幸せ!」
ボクはそれを読むとにっこりしながら「ちょっと小腹がすいたな」といいなが
ら冷蔵庫のほうへと歩いていった.振り向いて「エリカ、夕食どうしようか?」と
いったときには・・・
エリカはすでにキーボードに突っ伏して寝ていた.
「ありゃありゃ.エリカ!ねちゃった?」
ボクは仕方ないな、と布団を敷くと、エリカのオーバーを脱がせて、エリカを
抱きかかえてベッドへ移した.そのとき聞こえた.
<<すーーーすーーー>>
かすかだが寝息が聞こえる.エリカの中に入っている人、寝息までは演技でき
なかったようだ.ボクは満足げな笑みを浮かべて自分の分のピザを宅配してもらって
食べた.
これでエリカは48時間エリカのままだ.中に入っている人も限界だろう.でも
まあ、今日はくしゃみもしたし、寝息も聞けたし、エリカの中に入っている人の息遣
いが感じられて、今まで以上に人形としてのエリカが好きになった一日だった.
ボクはウィスキーを飲みながら、ミニスカートにオーバーニーソックスをはい
たままあお向けになっているエリカをぼんやり眺めていた.ちょっとパンツが見えて
しまっている.ボクはいたずら心が芽生えて、玄関から今日買ったばかりのロング
ブーツを持ってくると寝ているエリカにはかせた.完璧な少女人形だった.そして、
ゆっくり自分が裸になると、そっとエリカの上に寝た.まずはゴムで包まれた脚にし
がみついた.やわらかい肉布団が僕の体に染み込んでいくようだった.股のところを
枕にして,エリカのお尻を抱きしめた.ボクはひらひらのスカートをめくり,パンツ
の上から陰部にキスをした.エリカは気づかずに寝ている.しばらくそうした後,今
度は体全体の上に乗り,エリカの体を包み込むようにぎゅうっと抱きしめた.エリカ
は熟睡していた.この完璧な少女人形がいとおしかった.もう絶対に手放せないと
思った.しばらくそうしていた.酔いがボクの体中を駆け巡った.
ボクは立ち上がると、エリカの寝姿を見ながら裸のまま3回息子を慰めた.でも
これはエリカには秘密です.
エリカは途中起きたのかもしれなかったが、ボクが朝起きたときもまだ寝てい
た.出かける時間になってもまだ寝ていた.服は昨日のままで、つまりブーツにオー
バーニーソックスにミニスカートにタンクトップのまま.ボクは行きがけにもう一度
息子を慰めようかと思ったが、そのままでかけることにした.エリカはこれで60時間
エリカのままだった.本当にご苦労様でした.エリカ.
(第11回に続く)次回,エリカが着ぐるみを着る?
|