ボクとエリカ「第9回」 [戻る]
[前へ] [次へ]


 

エリカ60時間の旅(前編)

 

 エリカがボクの家へやってきて最初の金曜日の夜,僕にはひそかな期待があっ た.エリカは土日には基本的にボクと一緒にいてくれるという.いつもは,一緒にい るといっても,会社から帰って寝るまでのほんの数時間と,あわただしい朝の1時間 だけだ.土日にはエリカはボクとずっとずっと一緒にいてくれるという.

 ボクの期待は,かわいいボクのエリカがいっしょにいてくれる,ということだ けではなかった.エリカは否定するけれど,エリカの中には誰か人が入ってエリカを 演じているわけで,その人が2日間もほとんど着ぐるみを脱がずに生活できるものな のか,ということに興味があったのだ.全身をぴっちりとゴムで覆われたまま2昼夜 もすごせるのか,ということだ.

 しかし,一方でエリカのほうが「予防線」をはっていることも事実だった.土 日には「訳を聞かずに2時間外出する」という約束だ.この2時間をエリカがどのよ うに使うか分からないけれど,間違いなく言えることは,一度着ぐるみを脱いでシャ ワーを使うなりくつろぐなりするということだ.ボクはエリカの中に入っている人が そういう作業をしている間もずっと脇にいたいのだが,約束でそれはできないことに なっている.

 金曜日の夜,疲れきった体で帰ってきたボクをエリカはいつものように迎えて くれた.黄色と白のエプロンをしていた.夕食を準備していたんだろう.(等身大の お人形がエプロンして迎えてくれる,っていうのもなんかいいね.)エリカはボクに きゅっと抱きついて「お帰り」をする.ボクは「ただいま」って返事する.くるりと 振り向いたエリカの後姿.デニムのホットパンツにぴちぴちの白のブラウスだ.襟と 袖のところにピンクの線が入っている.ピンクに白いハートマークのついたのオー バーニーソックスをはいている.あーホントに,エリカは何着ても似合うね.

 エリカはハンバーグを作って待っていてくれた.お人形が料理できるかって? それはボクにはなんとも.だって,僕が帰る時には料理が出来上がってるんだもん. 朝はパン焼いて牛乳をつぐだけだからさあ,エリカはボクの目の前でやってくれるけ ど,お人形の格好でハンバーグみたいにちょっとは込み入った料理ができるものか, よくわからない. 

 これから待ちに待った休日だ.普段見られないエリカが見られる日でもあるわ けだ.ボクは知らず知らず心臓が高鳴っているのを感じていた.

 ボクが食事をする間,エリカは向かいに座ってじっとボクが食べているのを見 ている.ボクがおいしそうに食べていると,とても機嫌がいい.だいたい,エリカが 準備してくれたものは簡単なものだけど結構上手にできてる.

 ボクはその日に会った出来事を話して聞かせたりする.エリカも手元の紙に何 か書いてよこしたりする.そんな中でボクは明日のことについて聞いてみた.

 「エリカ,明日土曜日でボク休みだけどさあ,約束どおり2時間外出するから ね.毎週土曜日はさあ,ボク,ランドリーで洗濯して,クリーニング屋にワイシャツ 取りに行くから,それでだいたい2時間くらいかな?午前中に済ませてしまうね.い い?」

 エリカはゆっくりとうなずいた.そして,紙に何か書くと僕に渡してよこし た.

 「コインランドリーへ行くの,ついてっていい?」

 ボクはエッと思った.

 「え,だって,外出してくれ,って頼んだの,エリカのほうじゃない.」

 エリカはゆっくりと言葉を書き足した.

 「いいのいいの.あの時はそうした方がいいかなあ,って思っていたけど, やっぱり,エリカ,***さんと一緒にいたいから,ついて行っていい?」

 「そりゃあいいけど・・・・じゃあ,そうしようね.」

 これじゃあ,本当に「連続装着」になっちゃうけど,中の人は大丈夫なのかな あ?まあ,本人が大丈夫,って言っているんだからいいか.

 その晩はいつものように過ごした.エリカが夕食を作ってくれるので,ボクは 食器の後片付けをやってあげることにしている.エリカはエプロンをはずして,先に 一人座りソファに腰掛けている.今日の服はいつにもまして刺激的だ.薄青色のデニ ムのホットパンツだ.ローライズで,ベルトが太くなっている.お尻も腰も半分はみ 出ている感じだ.ブラウスは普通の白のものだが,サイズが明らかに小さいのだ.ま あ,そうやって着るものなのかもしれないけどね.胸のあたりがパンパンになってい る.腰のあたりにはレースのフリルがついていて,丈は長くなく,ローライズのホッ トパンツとの間にお臍が見えているのだ.半そでにはピンクの線が入っている.そん なかわいい服を着てる等身大人形がソファに座ってまったく警戒心もなく足を投げ出 したままテレビを見ているんだ.正直にボクは生唾を飲み込んだことを告白しよう.

 さて,問題の土曜日が始まった.ボクが金曜日に家に帰ったのが夕方7時だか ら,朝起きた段階で,エリカは12時間着ぐるみを着たままだ.別にここまではいつ ものとおり.今日は土曜日だからエリカの中にいる人はずっとエリカでいつづけなけ ればいけない.

 エリカはちょっと地味目な服を着た.青のひざ上スカートに昨日着ていた白の ブラウスの上から水色のカーディガンをはおっている.「ひざ上」て言ったって、ひ ざ上15cmはあるけどね.彼女にしてみれば「ミニ」ともいえない長さなんだ.あ と,白のハイソックスをはいた.その上からいつものバーバリのコート.エリカは今 朝ちょっと髪形を変えた.いつも耳を出してピンで止めているんだけど,今日はレイ ヤードみたいな感じで,ちょっと顔を覆い隠すような髪型だ.ま,ボクもそれがいい と思ったね.あんまり顔が露出してるとすぐ人形だってばれちゃうからね. ボクはたまった洗濯物を大きなデパートの袋に詰め込んだ.二つの袋がいっぱいに なった.ボクがそれを両手でもつ.

 ボクは玄関の扉を開けて,左右に誰もいないことを確認した.自分が裸で外出 するよりも恥ずかしかった.しかし思い切って外に出ると,エリカも一緒に出た.そ うそう,エリカは靴が1足しかないんだ.来る時にはいていた白のセミロングブーツ だ.それをはいていた.

 エリカはサングラスを持っていたが,それをはめなかった.コートの襟を立て るようにして早足で歩いた.コートの前ボタンをはめていたので,どこから見ても普 通の背の高い若い女性にしか見えなかった.なんだかあまりに心配しすぎたようだ. たしかに,エリカはもともとデパガな訳だし,人前に出たってはずかしいことなんか 何にもないわけだからね.

 道々おしゃべりができないことにボクは物足りなさを感じ始めた.しかし,こ れはどうしようもないね.エリカはしゃべれないんだしね.もちろん,会話するため のメモ用紙は持ってきたけれど歩きながらじゃどうしようもないね.

 近くのコインランドリーへつくと,僕は洗濯をセットした.

 「30分くらいヒマだけどどうしようか?」

 エリカはランドリーの椅子に座って,ちょっと書き始めた.

 「待っててもいいけど,散歩しようよ.」

 「いいけど・・・」

 ボクは今ひとつ暗い返事だった.やっぱり2人で散歩するなら,会話しながら 散歩したい,という僕の気持ちをエリカは察したようだった.

 「じゃ,キッサテン行こう?」

 エリカは書いてよこした.ボクはうーむと考えこんでしまった.喫茶店へ行け ば少なくともウェイトレスに顔を見られてしまう.等身大人形が喫茶店にコーヒーを 飲みに来たなんてわかったら大騒ぎにならないだろうか?

 そんなボクの腕をつかみ,エリカはとおりを歩き始めた.僕は仕方なくついて いったが,これから喫茶店に入るかもしれないと思うと顔が熱くなった.

 「ちょ,ちょっとまって,エリカ.本当にキッサテン行くの?」

 エリカはボクのほうを振り返ってうなずいた.

 「いいの?ちょっと恥ずかしくない?」

 エリカはニヤっと笑って,立ち止まった.そしてメモ帳を取り出すとちょっと 書いてボクに渡した.

 「エリカはなんも恥ずかしいことないよ.ホビー21ではいつも人前を歩いて るし.」

 ボクはすぐに決心できなかった.このシチュエーションでボクがエリカの脇を 一緒に歩くことは問題にならないかとも思った.エリカはホビー21ではアイドルな わけだし,それが男の人と街中を歩くなんて,クレームがつきそうだ.クレームどう のこうの言う前にボクがすごく恥ずかしいよ.

 「ね,いこ?」

 エリカの文字には妙な説得力があった.ボクはエリカと一緒にコーヒー専門店 に入った.

 

 「お2人ですね.」とボクに声をかけたウェイトレスはエリカが人形であるこ とに気づいていないようだった.普通気づかないよ.人形が自分から歩いてコーヒー 飲みに来るわけないもんね.席についたらエリカはボクにメモを渡した.

 「エリカの分もちゃんと頼んでね.***さんのと同じでいいから.」

 ウェイトレスが注文を取りに来て,ボクは「コーヒー二つ」と告げた.その瞬 間,

 

 彼女は気づいてしまった.

 

 はっ,というか,なんだか不思議な沈黙の時間が流れた.ウェイトレスはめが ねをかけた小柄な大学生のアルバイトみたいな感じだったが,とにかく自分の責務を 果たさなければいけないという義務感にかられてその場を立ち去った.が,明らかに エリカが人形であることに気づいていて,かなり動揺していた.

 店の奥で,コーヒーを淹れるマスターに何事かささやき,マスターもボクたち のほうを向いた.ボクは耳が熱くなった.他の客は気がついていない.エリカもボク も黙ってじっとしていたが,エリカは自分の正体がばれることをむしろ楽しんでいる かのようだった.カウンターの方をわざと向かないようにしていた.

 同じウェイトレスがコーヒーを二つ持って席まで来た.そしてマニュアルどお りの対応をしてコーヒーをテーブルに置くと,聞きにくそうにもじもじしながら小声 でエリカに話し掛けた.(ボクにではない.)

 「あのー.もしかして,ホビー21のお人形さんですか?」

 丸顔でそばかすだらけの彼女はエリカに申し訳なさそうに尋ねた.

 エリカは彼女のほうをくるりと向いた.彼女がややのけぞったのをボクは見逃 さなかった.そしてちょっと首をかしげてこくんとうなずいた.

 「あービックリした.えーーー本当ですか?えーーーー?だって,本当にあの お人形なんですか?」

 ウェイトレスは職務に忠実に大声をあげないように,けれど大げさに言った. エリカはまたもコクリとうなずいた.相手の反応を知り尽くしているかのようだ.ま あ,ウェイトレスが驚くのも無理はない.みんなはホビー21の着ぐるみたちをディ *ニーラ*ドのミッ*ーのように考えているわけで,ミッ*ーが私服で喫茶店にくる なんてことは絶対にありえないことを知っているのだ.でも,今ここにはホビー21 のアイドルであるエリカがデパートの中で着るような衣装ではなく,ごくごく普通の 私服を着て,いかにもくつろぎに来ましたみたいな感じで,男の人とコーヒーを注文 していることなんて誰が想像できようか!

 ボクが口を挟もうとする前に,ウェイトレスは

 「すみません,握手とサインお願いできますか?」

 彼女はホビー21のお人形が話せないこともよく知っていた.彼女はまずエリ カと握手すると,カウンターへ戻ってノートの切れ端とサインペンを持ってきた.エ リカはサインペンですらすらとサインした.これはホビー21でよくやっていること だし,エリカとしても日常茶飯事だったろう.

 「ありがとうございます!えーーでも,ホビー21のお人形さんて,着ぐるみ でしょう?今お仕事中ですか?」

 エリカはすこし愉快そうな態度になって,手元のメモ帳に書き始めた.

 「今日は仕事はお休みなの.」

 「じゃあ,普段から着ぐるみ着て生活しているんですか?」

 エリカはまたもメモ用紙に書いて彼女に見せた.

 「わたし,着ぐるみじゃないのよ.ここ見て,マスクかぶっているわけじゃな いのよ.」

 エリカは上を向いて,喉のあたりを指差して彼女にそこを見るように指示し た.ウェイトレスはエリカの喉元を覗き込んだ.彼女はそこで,首から上がマスクな のではなく,ゴムのようなマスクが体中を覆っていることに気がついた.

 「えーー,首から上だけかぶってるんじゃないんですかーーー?ありえ なーーーい!」 といいながら彼女はボクのほうを「本当?」みたいな感じでちらと向いた.ボクは深 くうなずいた.

 「えーー本当に,一日中着たままなんですか?」

 ボクは深くうなずいた.エリカはメモをまた書いた.

 「あなた,お人形の中に人が入っていると思ってるんでしょう?入っていない のよ.」

 「ますます!ええええーーー.そんなこと,ありえません!」

 ウェイトレスの声が少し大きくなった.

 「え,だってですねえ」と彼女は声を潜め,今度はボクの方を向いて話し始め た.

 「家で着ぐるみを着て,出かけてきたんでしょう?」

 「そうじゃないんだよ.この子は24時間このままだよ.」

 「え,じゃ,だって,寝るときも脱がないんですか?」

 「うん.このまま寝るよ.」

 「素顔を見せないんですか?」

 「うん.」

 「あ,でも,素顔を見たことは当然あるわけですよねえ.」

 「ないんだ.それが.」

 「ふーーーーーーん.そんなのってあるのかな.え,もしかして,一緒に住ん でるんですか?」

 「きみ,立ち入りすぎだよ.」

 「あ,そか,ですよね.すみません.じゃああ,.....ふーーん.そんな ことってできるのかなあ.」

 

 その後も少しウェイトレスと話はしたが,結局は同じことの繰り返しだっ た.しかし,ボクとしてはとても愉快な1時間を過ごすことができた.席を立つと き,エリカはコーヒーを飲めないので,ボクが代わりに飲んだ.

 

 店を出て,

 「おもしろかったね.」ぼくがエリカに言った.

 エリカはこくんとうなずいた.

 「さて,洗濯終わってると思うから,ピックアップして家で干そうか!」

 ボクたちはランドリーで洗濯物を回収すると,家へもどり,室内に洗濯物を干 した.ボクはこまめによく動いた.部屋の片付けも行い,部屋はおおむねきれいに なった.エリカはその間中,ずっとキッチンにいて,僕の邪魔にならないようにして いた.エリカはあんまり掃除はしてくれない.昼間に,落ちているものを拾ったり雑 誌を重ねたりくらいはしてくれるけどね.ま,掃除洗濯はいつも僕がやってたんだか らそれでいいや.多くを望むまいと思った.

 そんなこんなをしているうちにお昼になった.もちろんエリカは何も食べない けれど,ぼくはおなかがすく.ボクの今日の気分では,ずっと家にいてエリカとぼん やりすごしたかった.冷蔵庫を見てみると,エリカが気を利かせて,結構スーパーで 売ってる出来合いのものも入っているし,エリカが作ったらしいものが凍らせてあっ たりして、特に外へ出なくてもいいみたい.

 ボクはこの間反省したばかりではなかったか.ボクが家にいつづけるとエリカ を追い詰めることになる.時には外出してあげて,エリカが食べたり休んだりする時 間をあげなければ.

 「エリカ,ボク,クリーニングにワイシャツ取りにいくの忘れてた.今から一 人でちょっと取ってくるね.」

 ボクとしてはエリカに対して気を使ったつもりだった.しかし,それに反して エリカはパソコンのエディタを起動すると軽い手付きで打った.

 「***さん,気を使ってくれてる?エリカ,何ともないよ.ずっと家にいて よ.私,***さんと一緒にいたくてこの家に来たんだからア.」

 「いいの?」

 「いいもなにも,そうだ,お昼ご飯用意してあげるよ.」

 そういうと,エリカは台所に入り,ゴム手袋をはめるとものすごい手際のよさ でサンドイッチと紅茶をいれてくれた.ボクはエリカが調理するのを始めて見た.エ リカに入っている人は外がよく見えているのかどうか分からないが,実にすばやい手 つきで包丁を使った.はっきり言って,みんなに見せたいよ.お人形が包丁持ってパ ンを切ったり,サンドイッチ作ったりしてるとこ.なんだか,機械の人形が作るほう が自然で,着ぐるみ人形が作ってると「本当かあ?」みたいな感じがかえってしてし まう.

 こんな風にしてエリカに作ってもらったサンドイッチをほおばった.エリカが 来てからというもの,ウチには調理器具が豊富になった.それはとりもなさずエリカ が家で食事を作っているということなのだが,ボクはまだ,人形が料理をする風景を 思い浮かべられなかった.もしかしたら,着ぐるみを脱いで料理をしているかもしれ ない,という気持ちもあった.サンドイッチくらいなら簡単だから人形のままでもで きるだろうけど,ハンバーグを焼いたり,そういうことはできないだろうと思った.

 結局午後は2人でネットの通販をずっと見てた.ここに来てからエリカは服を 買っていない.ネットでエリカが服を買うのを見ていた.エリカは,服だけは自分の カードで買うと言って聞かなかった.なるほど,一回に使う額がなかなかだ.といっ ても,高いものを買うんじゃない.かわいい小アイテムや同じ服の色違いなどをまと めて買うので,結局総額が高くなってしまということだ.Himepo**でエリカが黄色地 にハートのマークが入ったオーバーニーソックスを選んだ時,僕の息子は反応してし まった.いけね.ボクは,エリカがカートに入れる服をエリカが着たときの事を想像 しながら,楽しんでいた.

 今度はボクがマウスを握った.エリカはひざにキーボードを置き,会話体制に 入る.まずボクはワンダーラビッ*へ行った..

 「ねえ,エリカのために,コスプレの衣装買ってもいい?」

 「いいよ.でも,あんまり高いのはいいよ.悪いから.」

 「どんなのがあるのかな.エリカ,セーラー服って持ってる?」

 「持ってない.」

 「買っていい?」

 「いいもなにも,***さんが自分のお金で買うんだから.」

 「ううん,エリカ,着てくれる?」

 「いいよ.スカート丈の短いのにしてね.」

 「あ」

 「なに?」

 「ヤフオ*にいけばプラグスーツ買えるかなあ.買ったら着てくれる?ボク, アヤ*ミのが好きだな.買ったら,着てくれる?」

 ボクは当然いいものだとばかりにアヤ*ミのプラグスーツを探し始めた.程な く見つかった.結構高いものだけど,エリカに着せてみたかったので,それを選ん だ.いくらにしようかなと考えていると,エリカの動きが止まっていることに気がつ いた.

 「エリカ?」

 エリカはじっとしたままだ.全く動かない.

 「エリカ?どうしたの?大丈夫?」

 エリカはううんと首を横に振った.そしてあごでパソコンのディスプレーを指 した.僕はエディタをアクティブにした.

 「エリカ,プラグスーツは着ないかもしれない.でも,どうしても着てほし い,って言うのなら買ってもいいよ.そしたら着るから.」

 「え,どうして.」とボクは言いかけてすべてを理解した.<プラグスーツを 着ると呼吸ができないかもしれない>のだ.エリカは口や鼻では息をしていないし, エリカの中に入っている人は管をくわえていてそれがどこかにつながっている.しか し,プラグスーツは首から下をすべて密閉してしまうから,これではどこに呼吸穴が あるとしても呼吸できなくなってしまう.

 エリカが異常反応するまで全く気がつかなかった.やめようとおもって,一覧 のページへ移ったその瞬間!

 エリカはボクの手を強引につかみ,マウスを取り上げてしまった.すごい力 だ.エリカは速攻で自分で値段をつけて,そしてクローズしてしまった.そして興奮 したままエディタをアクティブにすると,打ち込んだ.

 「いいのいいの.***さんに私のプラグスーツ姿,見せてあげる.わたし, こういうの着たことなかったから,ちょっと自信がなかっただけなんだ.ね.」

 ぼくは驚いてエリカのほうをみた.なんだか意地になっているとしか思えない のだが,エリカはなおもうちつづけた.

 「***さん,エリカがプラグスーツ着ると,窒息すると思ったんでしょう. エリカ,お人形だから,息してないんだよ.だから,窒息だってしないんだよ.本当 だよ.プラグスーツが届いたらずっと着ててあげるからね.約束だよ.」

 エリカはまだ興奮していた.僕はエリカが完璧なお人形を目指すあまり,無理 をしているのが感じられた.でも,まだ買えるかどうかわからないし,もうやってし まったことはしょうがない.

 

 こんなすったもんだはあったけれど,夕方が訪れ,エリカは冷蔵庫にあるもの から夕食を用意してくれた.やはりというか,調理はせずに出来合いのものを暖めて くれただけだった.夕食を食べ終わった段階で,エリカは24時間エリカでいつづけ ている.

 

 その晩は残っていたビデオを見て,早めに寝ることにした.今日に限って,エ リカはシャワーを浴びなかった.そればかりか,ぼくがシャワーを浴びようとする と,浴室の扉を開けておいてくれとせがんだ.そして,エリカはボクがシャワーを浴 びているのを座ってずっと見ていた.エリカは寝る前にメモを書いた.

 「あしたの日曜日,原宿いこーよ」

 「ええ?ふたりで?」

 エリカはコクリとうなずいた.

 「エリカはそのまま外出するわけ?」

 エリカはまたコクリとうなずいた.

 ボクは実はちょっと迷っていた.近場ならともかく,原宿といえば電車に乗っ て何回か乗り換えなければいけない.エリカはスタイルいいし,ホットパンツはいた りしてすごく目立ちそうだし,ボクの彼女が目立つだけならいいけど,実はお人形だ し,行っていいものかどうか迷っていた.

 「いいでしょ?」エリカは書いてよこした.

 ボクはしぶしぶ,ま,いいかな,と思った.

 「今日みたいな普通の服で行くんだよ.」

 エリカは急に何か書き始めた.

 「ヤ!!ゼッタイ,ヤ!それじゃ原宿行く意味なーーイ.一番かわいい服着て くからちゃんとエスコートしてね?」

 ボクはしぶしぶ了解した.そして寝た.なんかすごく心配だった.

 夜が明けた.エリカは36時間エリカのままでいる.一時もボクの脇から離れ ない.36時間もの間,水を1滴も飲むこともなく,エリカの演技をしつづけている のだ.僕はちょっと心配になった.特に,昨夜のシャワーもなんかおかしい.どうい うことだろうか.僕に対して,何か言いたいのだろうか?

 もしこのまま月曜の朝までエリカのままでいるつもりなら,まだまだ半分だと いうことになる.

 

 

 (第10回に続く)次回はエリカ60時間の旅後編.エリカは60時間を耐え られるのか?

[前へ] [戻る] [次へ]