ボクとエリカ「第5回」 [戻る]
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ありえない?

 さて,その日は,エリカと並んでテレビを見て、あまり遅くならないうちに2人 で寝た.といっても,ベッドはボクのが1つしかない.狭くて窮屈だけどリビングに ベッドをしいてそこにエリカを眠らせ、ボクは荷物部屋にソファを移動してそこで寝 ることにした.

 

 「この布団、エリカがつかっていいよ.」

 エリカは両手を首のあたりに持ってきて、何かを言いたそうだった.パソコン の前に座るとすばやくタイプした.

 「わたし,***さんと並んで寝たい.でもエッチはなしよ.」

 ボクはむちゃくちゃどきどきした.そりゃ,今濃厚なキスしたばっかだから, エッチのことを考えないでもなかったけれど、いきなりエリカのほうから「エッチ」 という言葉が出るとは思わなかったからだ.でも,今日のボクは我慢できた.だっ て,目の前にはすんごくかわいい等身大のお人形がいて,ボクのことだけをじっと見 つめてくれて、ボクと話をしてくれて、とにかく,このお人形はぼくの自由になるん だから.あせらなくともいいのさ.エリカはしきりに髪の毛を手でしごいてボクの返 事を待っていた.その指先と髪の毛が絡み合うさまに見とれていたボクは返事が遅れ てしまった.

 エリカはまたキーボードをたたいた.

 「いいでしょう?」

 そういいながら,エリカはボクのほうに身を乗り出し、あぐらをかいて座って いるボクのひざに両手をつくと、ボクの顔のほうに寄って来た.何度も言うようだけ ど、お人形といっても生きていて、本当の女の子のように動くんだ.顔はゴムででき ていてどこから見てもお人形でしかないんだけど,それですんごくかわいい顔してい るんだけど、それが意思を持って動いていて、しかもボクにすりよって来るんだ.エ リカの目は大きい.普通の顔よりはちょっとだけアニメっぽく作られているからだ. エリカは瞬きはできない.けれど,そのまつげの長い目をじっと見ているとうるうる とぼくに何か訴えかけてくるように思われて仕方なかった.

 ボクは抱きしめたい欲望を自制しながら,そして答えた.

 「いいよ.いっしょに寝ようね.」

 エリカはそれを聞くと、自分から荷物部屋のほうへ行って、自分で扉を閉め た.ボクは別に追いかけなかった.エリカは程なくパジャマを着てでてきた.白地に イチゴとみかんの模様の入っただぶだぶのパジャマだ.頭には同じ柄のナイトキャッ プをかぶっている.ナイトキャップの先には大きなオレンジ色のボンボンがついてい る.エリカは見た感じの年齢よりもずっと幼い服装を選んでいるなと思った.ボクも ジャージに着替えた.リビングに布団をしくと,エリカはさっそくそこに横になっ た.そして,手にもっていたアイマスクを目にはめて,仰向けのまま動かなくなって しまった.ボクは戸締りを確認して、電気をスモールランプにした.そしてエリカの 横にゆっくりと横になった.体が触れ合って悪いこともないんだろうけれど、なんだ か遠慮して、エリカと体が触れないようにと気を使いながら.ボクがすっかり横にな ると、エリカの手がボクの体を触りに来た.なになに?と思ったが、エリカはボクの 手を(手探りで)見つけるとぎゅっと握った.手をつないだまま寝ようということの ようだ.ボクはそういうエリカの気持ちがすごくうれしかった.ボクもエリカの手を 握り返した.エリカの手はビニールで覆われていて,人間の手ではない.でも人工皮 膚の下にある誰か人間のぬくもりがボクに伝わってきた.やわらかい手だ.ボクは仰 向けで天井を見ながらつぶやいた.

 「もういっぺんキスしていい?」

 スモールランプの薄暗い中で、エリカがむくりと起き上がった.ぼくもむくり と上半身を持ち上げた.エリカがアイマスクを取った.薄暗がりの中で見ても、エリ カの大きな瞳がとても魅力的に見えた.そして,エリカはボクに向かって、口を突き 出すようなしぐさをした.ボクはそこにあるかわいくてしかたがない唇にちゅっとキ スをした.そして2人ともまた横になって、手をつなぎなおした.ボクはそのまま寝 てしまった.

 

 翌朝、冷蔵庫に何にもないので、エリカに朝ご飯を頼むことはできなかったの で、ぼくはいつものように着替えて、いつものように出かけた.エリカはパジャマの ままだった.寝た後でよれよれになったパジャマの中にエリカの細い手足が透けて見 えるようだ.

 

 ボクは通勤の電車の中で考えた.自分の部屋に女の子が来てくれたことに興奮 して、大切なことを忘れていた.

 エリカは人形だけど,中に人が入っている.エリカは否定するけれど、それは 彼女の中に入っている人の役者根性というか,ボクという一人の観客のためにとこと んいつまでもエリカ人形を演じ続けるつもりらしい.しかし,舞台のように幕が閉じ ればそれで終わりという世界ではない.日常生活はだらだらとそして永遠に続いてい くのだ.彼女の中に入っている役者さんはエリカを演じつづけることができるのだろ うか.

 まず,なんと言っても全身を覆っているあの人工皮膚だ.もちろん,脱いだり 着たりできるようになっているのだろうが、見た感じゴムみたいで通気性はないよう に見える.だから,エリカ人形に入っている人はすごく蒸し暑いに違いない.それ に,全身を覆われていることに対する恐怖心や苦しみのようなものはないのだろう か?なにしろ,全身をぴっちり覆われて、自分というものを全く出すことができない のだから.そんなに長い間エリカの格好でいつづけられるわけがない.

 ボクはエリカとキスしたけれど、エリカは口や鼻では息をしていない.とする と,中ではチューブのようなものを口にくわえていて、それがどこか外へ通じている ことになるけれど、息は普段から相当苦しいに違いない.そんな苦しい息で眠れるも のかどうかもかなり疑問だ.しかし,現実に昨夜エリカはボクの脇で寝ていた.それ とも、それも演技なのか?ボクと一緒にいたいがために、夜も眠らずに、しかし眠っ ているふりをしながらじっと苦しい息に耐えているんだろうか?とにかく考えれば考 えるほど、エリカの行動は演技尽くめだし,中に入っている人は、想像できないほど の苦しみに耐えていることになる.長い時間頭から足の先までぴっちりゴムで覆われ て、息もままならずに蒸れる体と戦わなければならない(ハズだ.)

 それなのに・・・それなのに・・・エリカの行動は正真正銘あどけない少女そ のものだ.すごい演技力としか言いようがない.うっかりすると本当に少女なのかと 思ってしまうが、どう考えても演技でなければ等身大人形を少女に見せることはでき ない.

 でも・・それでも・・エリカとキスしたときにはエリカと心が通じていたと思 う.中に入っている人とココロが通じたかどうかは分からない.エリカの中に入って いる人は、「ボクのことが大好きなエリカの役」を完璧に演技しているだけかもしれ ない.(とても信じられないけどね.)

 

 こうして考えてみると、ボクが仕事に出ている間、エリカの中に入っている人 が何をしているかは大方予想がつく.まず,エリカ人形の着ぐるみを脱いで、寝るだ ろうね.その前に、食事もするだろうね.何しろボクと一緒にいるときには何も食べ ないんだから.で,夕方まで寝て、合鍵で外出したりして、自分の分の食料を確保し たりするはずだよね.ま,全部外食かもしれないけど.エリカが食事をしない、とい うことはエリカの分の食べ物が家にない、って言うことだからね.エリカが自分の分 の食べものをボクの見えるところにおいておくようなことはしないと思う.それほど までにエリカの中に入っている人は完璧な人形を目指しているのだ.まあそういった 理由から,昨日買った弁当が冷蔵庫に残っているけど、それをエリカが食べてしまう ということはちょっと考えられない.でも,エリカの分の食べものを少し買い置きし て置いてあげようかな.

 あとは,ボクが家へ帰るまでにシャワーを浴びて、で,またエリカ人形の着ぐ るみを着てボクの帰りを待つという寸法だろうね.(あー着替えなんて思うだけで, 興奮しちゃうなあ.)

 エリカは一言もしゃべらないけれど、あんなにポロポーションがいいんだか ら,きっと中に入っている人もかなりかわいい女の子だと思うんだけどなあ.どうし て話してくれないのかな.今日帰ったら聞いてみようかな.(このことはすぐに忘れ てしまったけれど、後々になって、大変なことが分かる.)

 

 こんなことを考えながら一日を過ごしたので、仕事には身が入らなかった.終 業時間が終わると、飛ぶようにしてボクは家へと帰った.ああ,合鍵は忘れずに作っ たよ.

 自分の鍵でマンションの玄関を開けようとすると、中からチェーンがかかって いた.ボクは仕方なく扉を閉めてピンポンをならした.バタバタバタと内股で走る音 が聞こえて、中からチェーンをはずす音が聞こえた.ボクが扉を開けると、そこには エリカがいた.

 ホビー21でも時々着ていた、青のチャイナドレスを着ていた.髪にも同じ青の 髪どめをし、たてえりにノースリーブのチャイナ服だ.銀色の刺繍が入っていて、腰 のところからはおきまりのロングスリット.ボクが見つめると「どう?」みたいな感 じでポーズを取って見せた.腰のボディラインがくっきり出るこの服はエリカのプロ ポーションのよさを強調していた.コロンなのかな,みかんのような甘酸っぱいにお いがした.

 「とっても素敵だよ.このにおい、香水なの?」

 エリカはヤッターという感じで両手を上げて、ボクに抱きついた.ボクもエリ カの腰に手を回してかるく抱きしめた.ボクの顔じゅうにみかんの香りが充満した.

 その瞬間、今日考えつづけていたことが急に頭の中を駆け巡った.エリカ人形 の中には会ったことのない人が入っていて、その人が苦しさに耐えながらあどけない 少女の演技をしている、ということを思い出すと、体中を悪寒のようなものが走り抜 け,ボクはエリカから手を放してしまった.

 ボクが急に手を放したので、エリカもボクから離れた.人差し指を立てて顎の ところに持ってきたまま首をかしげ「どうしたの?」というポーズをした.それも中 に入っている人の演技だと思うとボクはちょっと怖くなった.中に入っている人の考 えていることが分からないからだ.でにボクは平静を装った.

 「今日は退屈だった?何してすごしたの?」ボクは聞いてみた.

 エリカは小走りにリビングへといった.ボクもそれについていった.パソコン がつけっぱなしになっていた.エリカはエディタを開くとキーをたたき始めた.

 「今日は退屈だったああ.買物にもいけないしさ、そうだ,鍵作ってくれた? 」

 ボクは大きくうなずくとかばんの中から合鍵を取り出しエリカに渡した.エリ カは受け取るとはしゃいだ.その様子を見て,これも全部演技なんだと思うと心が少 し重かった.

 はっとしてボクは台所や風呂場を見てまわった.思ったとおり,冷蔵庫のもの に手をつけた跡はなかった.昨日買った弁当はまだそこにあった.風呂場にもシャ ワーを使った形跡はなく,ある意味で想像どおりだった.(ホント,何やってたんだ ろう?)食事をした形跡こそないが、きっと持ってきたスーツケースの中に準備した 食料があるんだろうと思った.でもエリカに直接聞く勇気はなかった.

 ボクは自分の夕食を買ってくるのを忘れていた.昨日の弁当を食べればボクは 足りるが、エリカはどうするんだろう?やっぱり食べないですごすのかな.

 「ボクは昨日のお弁当食べるけど、エリカはどうする?」

 エリカはキーボードをたたいた.

 「エリカは見てるだけでいいよ.あ,でもね,明日の朝ご飯の材料買ってき た?」

 ボクは首を横に振った.

 「じゃあ,パンと牛乳とバター、あとゴム手袋買ってきて.おね がーーーーーーい」 えりかにこう言われて(書かれて)ボクはコンビにまで買物に出かけた.<ゴム手 袋?>と思いながら.エリカを連れて出ることはとてもできなかった.用事をそこそ こに済ませて家に戻ると,エリカはテレビを見ていた.投げ出されたエリカの足が チャイナドレスのスリットからみだらにはみでているのを見ると,ボクはエッチな気 持ちに包まれた.

 ボクは弁当を温めると食卓に座った.食卓は二人用で、エリカはボクの対面に 座った.ほおづえをついてあのウルウルした目でじっとボクを見ていた.ボクは今日 あった出来事を話して聞かせた.エリカは声を出さずに手振りで反応する.この反応 に不自然なところはないのだが、すべてが演技だと思うと気がそぞろになった.

 「エリカ,本当に何もたべなくていいの?」結局ボクは聞いてしまった.

 エリカは紙に書いてよこした.

 「もう,そのことは聞かないで.お人形さんは食べなくても生きていけるんだ よ.」

 ウチに来たばっかりのことは、この話題をするとちょっと固まっていたエリカ だったが、もう開き直ったのだろうか、平然と答えた.ボクはエリカ人形の中に入っ ている人が、閉じ込められる苦痛や蒸し暑い苦痛に耐えるだけるでなく、極限的な空 腹にも耐えなければいけないハズなのに,そのそぶりをちっとも見せないという精神 力の強さに怖さを感じた.でも,それで死んだとしてはボクの責任じゃないしね、と も思った.

 今日は,残っていたビデオを見ることにした.一人座りのソファに二人並んで 座ってビデオを見た.並んで座ると、エリカが実に刺激的なチャイナドレスを着てい ることが分かった.左足-ボクの座っている側の足-がスリットからはみ出て完全に 外に露出していた.ボクはエリカの中に入っている人の精神力の強さに驚く以上に, 人形造形としてのエリカ人形の出来栄えに感動していた.見とれるような足だった. それとも中に入っている人の足の美しさか.これは.エリカの足を見ただけでボクの 息子は反応した.ここにはボクとエリカしかいないから,エリカの足を触ったってい いんだろうけど、ちょっと勇気がなかった.ビデオが始まると、エリカが左手をボク のももの上にそっと置いた.ボクはその手を握った.エリカの手を握ったまま映画を 見た.

 しばらくしたら、エリカがコツンと頭をボクの肩に乗せてきた.疲れたのか な?疲れた演技をしているのかな?ボクには両方の考えが同時に駆け巡って混乱して しまった.しばらく混乱していたが、その後思い直した.ここに少女がいる.人間 じゃなくて人形だけどね.ボクと2人っきりで映画を見ている.それで十分じゃない か.とね.

 その日も2人で手をつないで寝た.エリカが本当に寝たかは確かめられなかっ た.眠っているようには見えた.

 

 (第6回に続く)

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