ボクはエリカちゃんをマンションに入れたけど,だからどうしようっていう気持ちがはっきりあったわけじゃない.ボクはホビー21に毎日曜日通っていたし,たしかにエリカちゃんを見るためにそこへ行ってた.ボクの中ではエリカはアイドルタレントみたいなものだったし,ホビー21の着ぐるみは自分ではしゃべらないんだ.スピーカーから流れてくる声に「あてふり」みたいなことはするけどね.だから,エリカちゃんを眺めているだけで十分だと思ってたし,まさかエリカちゃんがホビー21から抜け出してきてボクの部屋へ来るなんて全く想像できなかった.でも,現実は目の前にある.目の前にはミニスカートをはいたエリカちゃんがこちらを向いて立っているんだし,僕は何とかこの場を収拾させなけりゃいけない.ピンクのハイソックスの上に白いセミロングブーツ,ピンクのひらひらのついたローライズなミニスカート,白い革ベルトをルーズにしている.上は黄色のTシャツにネックレス.その上から薄茶色のバーバリのロングコート.赤いイヤリングにピンクのニットキャップをかぶっている.手には今までしてたグラサンを持っている.
「ま,あがんなよ.」ボクはエリカちゃんに言った.戸惑いながらも僕はこみ上げる喜びが押さえられなかった.
エリカちゃんは白のセミロングブーツを脱ぎ始めた.そして脱いだブーツをきちんとそろえると,ボクのほうを見つめた.次に僕が何かいうのを待っているようだ.ボクはハッとして,
「狭いトコだけど,こっちへどーぞおいでください.」とか,なんだか敬語だか分からないような言い方でエリカちゃんを中へと招きいれた.一応ボクのマンションについて説明しておくけど,1LDKというヤツですね,これは.LDKにはテレビとパソコンとソファ(もすらの卵,って知ってる?細かいビーズ大の発泡スチロールが大きな袋の中に入っているやつ)が置いてある.あと1部屋とはいっても,ここは小さくて荷物部屋になっている.(どこで寝るかって?ソファに決まってるでしょ.)ボクはあまり自炊はしないで外食が多いけれど,一応,時には料理の真似事もするので,トースタとかフライパンくらいはある.
「上着かけておこうか?」
ボクはエリカちゃんに声をかけた.エリカちゃんはボクの部屋を好奇心いっぱいの様子で見渡していた.そしてバーバリのロングコートを脱いで僕に渡した.エリカちゃんのグラビア写真(ホビー21で配っているチラシに載っていたの)を壁に張ってあるのを見て,エリカちゃんは指をさして喜んだ.
「ソファに座ってよ.なんか飲む?」
ボクは友人が来た時のように,エリカに話し掛けてみた.でも,やっぱりすごく変な感じだ.エリカちゃんは女の子だけど,顔はゴムでできたお人形の顔をしてるし,よく見ると,手や足も人間のナマの手足じゃなくて,うすいゴムかビニールのような材質の人工皮膚で覆われている.でも,普通の女の子のようにソファに座る時にはもぞもぞ動いて自分のお尻の位置を決めたりとか,横座りにみたいに足を投げ出すと,ミニスカートのすそをちょっと下に引っ張ったりとか,しぐさは普通の女の子と違わないんだ.ひとしきりすると,僕のほうをじっと見つめた.
・・・やっぱりかわいい.
《よだれ,よだれ.》
ボクの視線はエリカちゃんの顔から始まって,ふっくらとした太ももへと移動した.ピンクのフリルのついたミニスカートの下に見える柔らかな曲線に目が釘付けになった.いかんいかん,こんなことをしては女の子に嫌われるぞ.
「なんか飲む?」
ボクは思い直してもう一度聞いた.エリカちゃんはそれに答える代わりに鉛筆で何かをかくようなそぶりをした.
《あ,何か書くものがほしい,ってことだな.筆談ということか.》
ボクは荷物部屋からノートを持ってきて,3色ボールペンを添えてエリカちゃんに渡した.エリカちゃんはクビを傾けながら,ノートのページに何か書き始めた.覗いてはいけないのかな,と思って,ちょっと目をそらしていたけど,すぐに書き終わるとボクにノートを渡してよこした.
「名前をおしえて.私のことはエリカって呼んで.」
エリカちゃんはボクのほうをじっと見た.そうか.ボクはホビー21で毎週エリカちゃんを見ていたけど,ボクの名前は知らないんだ.ボクは自分の名前を教えた.エリカちゃんがノートを手渡すようにとボクに手を伸ばしてきたので,ノートを手渡しながらボクはエリカちゃんに相対するように正座した.(なんか,あぐらをかく気分じゃなかったんだよ.)エリカちゃんはまた書いてよこした.丸っこい小学生みたいな字だ.
「エリカ,**さんとここに住みたい.」
えっ....とボクは思った.住みたい,ってどうするんだろ.だって,お人形でしょう?ボクはすぐには反応できなかった.
しばらくの沈黙があったが,エリカちゃんは僕の顔を見上げると,「いいでしょう?」みたいな感じでクビをかしげた.
「えっえっ,ちょっとまってね.エリカちゃんはホビー21でお仕事してるんでしょ?」
こくっとエリカはうなずいた.
「ホビー21でお仕事しなくていいの?」
エリカはまたうなずいた.
「えっえっ,ちょっとまった.エリカちゃんって,着ぐるみでしょう?なかに人が入ってるんだよね.ボクと住む,ってどういうこと?えっ?あれっ?」
エリカちゃんは僕の手からノートを奪い取ると,うーーんとちょっと考えてから,また何か書き始めた.僕はそれを覗き込んだ.
「エリカね,ホビー21で***さんのこと見てるうちに,一緒にいたくなっちゃったの.ホビー21でのはお仕事だけど,そろそろやめようかなーって思ってたから,べつにいいの.ね,いいでしょ?」
エリカちゃんの手は少し興奮したように字が乱れていた.ボクはもう一度聞きなおした.
「だって,中に人が入ってんでしょう?え?ずっと着ぐるみのままでいるって言うこと?」
エリカちゃんはボクの言葉に反応して,ボクの顔をまじまじと見つめた.僕の顔を見つめながら,何かを真剣に考えているようだった.しばらく沈黙の時間が流れた.そして決心したようにまたノートに書き始めた.
「エリカ,少女人形だもん.着ぐるみじゃないもん.中に人は入ってないよ.本当に人形なんだよ.***さんといっしょにすみたい!」
ボクはむちゃくちゃどきどきした.そりゃそうだよ.これを読んでる君だって,飛びきりのプロポーションの飛びきりカワイー女の子が急に一緒に住みたい,なんて言い出したら,すごくうれしくてどうしたらいいかわかんなくなるよ.しかもそれが人形なんだ.もーいったいどーしたらいいんだろう.えーでも,本人が違うって言っても,絶対中に人が入っているんだし,その人,どうしちゃうんだろう?ほんとに住み始めたら,寝るときくらいはお人形を脱ぐのかな.それだったら別にいいけど.ボクも,彼女ができたことになるし,その人に時々はエリカ人形になってもらう,っていうんもおもしろいかも.
「で,で,でも,でもね,えっと,ボクは君が誰だか分からないし,知らない人を家には置けないよ.」
ボクはココロとは裏腹に一般論を言った.エリカちゃんはすぐにノートに書き始めた.
「エリカはエリカだよ!***さんよく知ってるでしょ?お!ね!が!い!」
エリカちゃんの目は人形の目だけど,うるうるして僕に訴えかけてくるようだ.
「でもさ,でもさ,じゃあ,君はボクといっしょに暮らしたいって言ってるんでしょ?」
エリカちゃんはこくっとうなずいた.
「じゃあ,普段はお人形の着ぐるみを脱いでボクと暮らして,時々はエリカ人形に変身してくれる?ってことだよね?」
エリカちゃんは動かなくなった.またもや何かを真剣に考えているようだった.また少し沈黙の時間が流れた.そしてエリカちゃんは強い意志で書き始めた.
「エリカは着ぐるみじゃないもん.お人形さんなんだもん.***さんと一緒に住むんだもん!ぜったい!中に人なんか入ってないもん!お人形さんなの!」
ボクはちょっと怖くなった.
(第3回へ続く)