お嬢様物語:お嬢様!?(1話) [戻る]
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 富士五湖の出来事から、およそ1ヶ月が過ぎていた。

 この日も浅川はネットなどからくまなく情報を拾って、マユ達の事を調べていた。
 特に重要な手がかりになると思えたのは、マユ達が浅川のメールアドレスを調べるために職場に電話を入れたと言う事実である。
 浅川の編集部内に電話を受けた人間がいないか調べてみると、該当すると思われる電話を受けた人を見つける事が出来た。
 その電話を受けた人物の話を聞くと、まるでアニメのような可愛らしい声質の女性だったという。
 だが、その女性のような声の持ち主が誰なのか、と言う事までは結局分からなかった。

 着太郎にも連絡して、マユ達が中で興奮したまま我慢していると言う事実を伝えると、かなりの興味をしめした。着太郎もこの着ぐるみは継続的に調べてくれているようだったが、なかなか有力な手がかりは見つからない様子である。尤も簡単に情報が集まるような着ぐるみであれば、今頃誰かに捕捉されているはずだ。
 この着ぐるみを調査している間も着太郎が主催するオフ会などには参加し、他の着ぐるみ愛好家達とも知り合い、広く情報交換を行っていたが、やはり有力な情報は得られない。
 オフ会の着ぐるみ達も可愛くて、それなりに楽しめるのだが、あのマユ達の破壊力を目の前にし、あの告白を聞かされたあとでは、やはり何か物足りなさもあった。

 そんなある日、再び浅川のメールボックスに、不思議なメールが舞い込む。

『東京都○○区××坂2-4-6ヒルズ東京512 △日、日曜日、15時に来てね!あと、来る時に人が入れるぐらいの大きなバッグを1つ持ってきて!忘れないでね! マユ』

 たったこれだけの文面である。
 イタズラとも取れる文面だが、最後のマユという文字が浅川の目にとまる。

 あのマユちゃんなのだろうか?
 だが前回、お別れだと言ってたはずだ。とすればこのマユは別人?
 しかも大きなバッグを持って来いだと?

 浅川は不思議に思いつつ、どうしてもマユという名前が頭から離れず、結局指定の日時にこの場所を訪ねる事にした。

 当日、旅行用の大きなトランクを抱え、鉄道を乗り継ぎ目的の駅で下り、地図を頼りに建物を探す。
 どうやらこのエリアはかなり高級な住宅が立ち並ぶ都内の一等地で、浅川もほとんど縁がない。
 その為、街を歩きながらも場違いな雰囲気から妙な緊張をする。

 路地を曲がった一角には可愛らしいフランス料理のレストランがある。ここは住宅街などに有るタイプの一見普通の住宅風のレストランであるが、建物前には3台程車が止められるスペースがある。
 そして、この駐車場が、このレストランの所在地が普通の住宅街ではないことを物語っている。
 駐車場の一番右側に止まっている車がフェラーリ250テスタロッサ。これは1950年代後半から60年代前半にかけて生産された往年の名車であり、80年代に復活するテスタロッサの原点とも言える。テスタ=頭。ロッサ(ロッソ)=赤。つまり赤い頭という意味を持つこの車は、エンジンシリンダヘッドのカムカバーが赤く塗られていたことがその名の由来である。3000cc300馬力の12気筒エンジンは、僅か800キロの重量しかないこのオープン2シーターマシンを、あっと言う間に当時考えられないような超高速の世界へ引きずり上げる。
 その隣には1970年代末期に登場した伝説的名車、真っ白なBMW M1がとめられている。
 この車は、ドイツBMW社が、特別なモデルにのみ与える『M』のエンブレムを歴史上最初に与えられた車であり、他のラグジュアリーで、ともすれば格落ちメルセデスとも取られがちなBMWとは全く異なる特異なオーラを放つクーペモデルである。850シリーズにも通ずるスタイリッシュなクーペデザインは、リトラクタブルのライトと相まって、この車の持つMの称号、つまりモータースポーツをスタイルから表現している。エンジンは3.5リッター直6DOHCで、最高出力277馬力を絞り出す。
 さらにその隣は、あり得ない程の全幅を持つ、チゼータV16Tである。
 そのスタイルはどことなくスーパーカーの代表選手といえるランボルギーニディアブロにも似ているが、それもそのはず。デザインはディアブロも手がけたマルチェロ・ガンディーニなのだ。
 そして、この車の持つあり得ない全幅には理由がある。一般的に車名に16などの言葉が入る場合、1.6リットルのエンジンや、16バルブのエンジンを指す事が多いのだが、この車の16は、気筒数を指すのだ。つまりV型16気筒エンジンを横置きにしているため、全幅が2.06メートルというとんでもないサイズになっている。
 そしてこのとんでもない原因を作るエンジンは、6000ccの排気量から実に560馬力と言う暴力的出力をたたき出し、重量級の車体をぐいぐいと超高速の世界へ連れて行く。

 こんな車達が、普通に止まっている住宅街の一角である。浅川に緊張するなと言う方が無理だった。

 緊張を感じつつも住所を探すと、ある立派なマンションの前に辿り着く。
 相場から言ってもこの辺なら億ションも普通にある立派な外観である。

 エントランスで呼び出しを行うと、本来は住人が応答してロックを解除してくれるはずだが、浅川は呼び出しを行っても反応はなかった。だがしばらくするとガチっとロックが解除される音が聞こえ、そのままエレベータに乗り512号室を目指す。
 5階でエレベータを下りると、順番に部屋を探し、いよいよ512号室を見つける。

 浅川はドキドキしながら家の人間を呼び出す。
 しばらくしてドアのロックが開く音がして、スッとドアが開いた。

 中に入ると・・・やはりいた。

 マユだ。

「よ・・よぉ。」

 浅川はぎこちなくも、ちょっとラフな挨拶をする。
 マユは嬉しそうに浅川を部屋に招き入れる。

 マユは今までとはうってかわり、メイド服ではなく非常にカジュアルに、セーターとジーンズと言う出で立ちである。薄いピンクのニットのセーターは身体の凹凸を隠すことなく露出させ、ジーンズもかなり細身なのか、タイツのごとく下半身のラインを浮き立たせている。
 その自然な出で立ちは、普通の家と考えると不自然さが無く、まるで本当にマユがここで生活しているかのような自然な雰囲気でもある。

 家の中に招かれると、そこにはお約束のようにマナもいる。マナはベージュの綿のパンツと白いシャツにグレーのニットのベストと言う出で立ちで、例えて言うならマユの家にマナが遊びに来ている、と言う感じてある。

 だがもちろん浅川にとってはそんなに気楽な状況ではない。
 先日の告白が耳に焼き付いて離れない浅川には、彼女らの身体を覆っている衣類が、どれだけ嫌らしい物なのか想像出来たからだ。
 だが浅川は精一杯見栄を張って、気づいていないふりをする。

「ずいぶん立派なところに住んでるんだな。どうりでRS6なんて乗ってるわけだ。」
『ふふふ。駅から遠かった?疲れたでしょ?あ、大きな鞄、持ってきてくれたんだ!』

 マユは嬉しそうに手を叩いている。
 だが浅川はここで一つの衝撃的な事実に気づく。

「い・・今、喋った?」

 そう。前回は液晶モニター画面を通しての会話だったのだが、今回は何処かに仕込まれたスピーカーらしい所から声が聞こえたのだ。

『気づいてくれた!そう。私、お話しできるようになったの!』

 その声はボイスチェンジャーなどの玩具とも違う自然な物である。まるで中の女性が話をしているような自然な会話が成立していた。だがもちろん中の人間の声ではない。こんなに密閉された顔の中で声を出せば、恐らく相当に籠もった声になるはずなのだが、そう言う様子はまるで感じられない自然な声なのだ。

「ど・・どういう事なんだ・・・」
『ふっふっふ。驚いた?これは私の声なの。液晶に文字を出す技術は既にあったでしょ?その出力を合成音声にすると、こうやってお話しも出来るの。イントネーションも自然でしょ?』
「た・・確かに自然だけど・・・中の人の声ではなく、合成なの??」
『私たちの中には人はいないの!ってのはこの前嘘だってバレちゃったか・・・でも私の声は中の人の声なんかじゃなくて、プロの声優さんに作ってもらった声を合成してるの。とっても可愛いでしょ?』

 確かに、まるでアニメにでも出てきそうな、少し甘ったるいぐらいの可愛らしい声である。そして、意外にもこの声がマユに似合っている。

『これはねぇ。凄いのよぉ。前みたいに頭の中でワープロして、その文字にスピードとか音をつけてあげると、私の中の Pentilon C-256 って言うプロセッサがもの凄い量の会話情報データベースから最適な会話を組み立てて発音するの。』
「君の中にそんなプロセッサとデータベースが入ってるのか?」
『データベースは外部よ。家の片隅にあるの。ここと無線通信してるんだって!だからそのデータベースが止まると会話も出来なくなっちゃうんだけどね。データベースは奥の部屋のノートパソコンの中に入ってるから、パソコンを持って行ける場所ならこうして会話も出来るわ。専用チューニングしたIPM社のDB4って言うデータベースなの。』
「すげえな。それは。」
『まだ実験段階だから、今まではテストのためにパソコンとスピーカーの中で試していたんだけど、早くこうしてお話ししたくて、お願いして着けて貰ったの!それにこの前の時みたいに変な言葉が出ちゃうバグは直ってるの!』

 確かにこうして会話が成立している上、中の人間の声ではないというのも理解できるので、恐らくマユの言う事は真実だろう。
 ゲームソフトなどには、人名などを合成で自然に発話する物もあり、そう言う原理を応用し、豊富な会話データベースがあればこんな自然な会話も可能なのだろう。
 それにしても Pentilon C-256 プロセッサとは、確か最新鋭の超高性能演算プロセッサだと最近のビジネス誌で話題だった。これでパソコンの買い換え需要による景気の戻りが期待できると言われるほど高性能らしく、10数年前に一時代を気づいたハイエンドCPUの長所を統合した256ビットプロセッサが256コア内蔵された高性能マルチコアプロセッサだ。最新の半導体技術により、平面ではなく立体的にシリコンに回路を焼き付け、多層構造の回路を作ることで、小さなシリコンウェハ上に、高密度で多数のコアを作り出している。また、発熱に対しても、回路上に特殊な放熱層を築く事で効率的に行える。
 動作周波数は最低でも20THzと言われ、処理効率の良さも手伝って、当時最速だったプロセッサの実に10万倍の処理能力を誇るうえ、消費電力は当時の最速プロセッサの半分以下という物だ。それと、IPMのDB4もリレーショナルデータベースソフトの中で、トップクラスに普及している製品である。

 不思議ではあるがそれだけ高性能なプロセッサとデータベースが有れば、会話ぐらい出来そうな気もした。
 また、この会話装置についてふと思いついた事があった。浅川の職場に入れられたと言う電話である。
 この会話装置を使って電話をすれば、実際の中身の人間の証拠を残さずに会話も成立するはずなのだ。富士五湖に行く以前では、まだマユに搭載されていた事は考えにくいが、パソコン上でテストしていたのだとすれば、電話する時に利用ぐらいは出来たはずである。

 会話が成立している事に対する事実については不思議になりつつも、電話口に出た女性の謎がなんとなく解けてホッとしながら、大きなトランクを抱えて部屋の中に案内される浅川。

「もってこいって言うから持って来たけど、何に使うんだ?これ。」
『内緒!』

 せっかく持ってきた大きなトランクを何に使うのか訪ねるが、はぐらかされてしまう浅川。

「あのさ、凄く素朴な疑問だけど、何で俺を呼んだの?このまえ最後って言ってなかった?」
『?』
「いや、だからさ、この前、もうお別れって言ってたじゃない?」

 浅川は早速本題を切り出す。するとマユは少しおかしそうに笑ったフリをする。

『えー。嫌だー。あの時お別れするって言ったのは、ご主人様とよ?』
「だからご主人様って俺だろ?」
『あの時はね。』
「あの時は?」
『そう。もう浅川さんとはご主人様とメイドという関係で遊ぶのをやめるから、ご主人様とはお別れって言ったの。浅川さんとお別れなんて一言も言ってないよね?あ・さ・か・わ・さん!』

 浅川はマユの言葉に面食らう。確かにあの日、浅川と別れるとは、彼女の口からは一言も言っていない。勝手に浅川が判断していただけなのだ。しかし、ご主人様が浅川さんに置き換わっただけで、いったい何が違うというのだろうか。

「・・・くそ・・そう言う意味か・・なんか心配した俺がバカみたいじゃん。て言うか、このままだとまた似たような関係のまま、俺が遊ばれて終わりなんじゃないのか?」
『もー。浅川さんは凄く先走るんだから。私たちが何んでご主人様と遊ぶのやめたか分かってないでしょ?何の理由も無くそんな事言うわけ無いじゃない。』
「そんなもん知るわけ無いだろうが。そもそも君らの謎だってまだ全部分かって分けじゃないんだ。わかんない事の方が多すぎるんだよ。」
『だからー。この前は全部話した訳じゃないでしょ?浅川さんが勝手に先走って睡眠薬飲んで寝ちゃうんだもん。私たちまだ話すこと残ってたのに。でもいいわ。寝てくれたおかげで助かったこともあったし。』
「助かったこと?」
『それはまだ秘密。でもあとで教えてあげるわ。』
「君らはホントに秘密が多いな・・・」
『その秘密を教えてあげてるんだから、感謝してよね!』
「ホントに事実ならな。」

 どうやら彼女たちはまだ隠している秘密があり、しかもそれを教えるために浅川を呼んだと言うことなのか?

「それにしてもさ。今までご主人様だったのが、急に浅川になるってのは、なんか意味あるのか?結局今までと一緒で、俺が君らに弄ばれるだけじゃないの?」
『そんなこと無いもん。もうご主人様じゃなく、私たちと友達になっただけよ!』
「友達って言われてもなぁ・・・この前の話を聞いたあと、君らの姿見て冷静に友達でいられるわけ無いと思うんだけど。」
『あー。浅川さんエッチな目してるーー。』
「し・・してねぇよ。」
『してるもん。私たちの姿見てエッチなこと想像してるでしょ?ねぇねえ。』

 マユはそう言いながら浅川が擦り寄ってくる。
 これは完全に挑発である。

「うるさいなぁ。近寄るなってーの。」
『素直じゃないなー。目が訴えてるよ~?すごーいエッチなこと想像してるでしょ?』

 可愛らしくスリスリ擦り寄るマユに、ぐうの音も出ない浅川。
 こんな可愛らしく動く着ぐるみの中には、ホントに前回聞いたような状況があるのだろうか。

『じゃあ浅川さんの想像力に免じて、ホントのこと教えてあげるね!』
「ホントのこと?」

 マユはそう言って急に身体の動きをとめる。

『うん。本当のこと。』


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