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30分のグリーティングをする余力が、のぞみには残されていなかったようである。
確かに着替えの時ののぞみの様子は、かなり裏側が過酷だった事を伺わせていた。だがやはり着ぐるみの容姿に隠された真実までは、さすがに真一といえど想像付かなかったのだ。
楽屋側担当からの連絡を受け、やはり無理だと言う事を告げに行こうとした真一の携帯に、一通のメールが入る。
真一は何気なくメールを見ると、和志からのメールだと気づく。
『真一君、諦めちゃダメだよ。まだグリーティング出来るチャンスはあるよ。』
和志はまだグリーティング出来る可能性があると思っているようだ。だが実際にのぞみ役の小暮がグロッキーでは3人でのグリーティングは無理である。
真一はすぐに和志にメールで返信する。
『小暮さんが無理なら3人は無理だろ?もしかして2人でグリーティングする気か?』
するとすぐに返事が入る。
『違うよ。3人でやる方法はあるんだよ。ちょっとまっててね。今説明しに人がそっちに行くと思うから。あ。出来ればその部屋には真一君以外は入れないでいてね。』
和志は3人でグリーティングする方法がまだ残っているのだというが、どうする気なのだろうか?
とりあえず説明してくれる人が来るらしい。幸いここには真一以外いないが、他の人には知られたくないと言う事は、やはり演者固有の話なのだろうか。理由はよく分からないがしばらく待つことにする真一。
すると、楽屋に通じるドアが開き、そこから覗き込むようにこまちがこちらを見る。
てっきりもうこまちを脱いでいたのだと思っていた真一は、ちょっと驚くようにこまちを見る。
こまちは、この部屋に他の人がいないことを確認して真一に向かって手招きをする。
「え?俺?」
真一はこまちに問いかけると、こまちはウインクをぱちりとして頷く。
呆気にとられながらもこまちの手招きに従い、本来であれば入ってはいけない楽屋の演者達が入るエリアに入っていく和志。
ドアが閉じ、そのままこまちに連れられて通路を進む。そう言えば先ほど衣装を脱いだはずのこまちは、全くの私服っぽい衣装を身につけている。かなりカジュアルな姿でTシャツにデニムのミニスカート、白と水色のストライプのオーバーニーソックスにスニーカーという出で立ち。それほど興奮度の高い姿ではないが、それでも今の和志にとって楽な姿とは言えない気もした。特にTシャツの胸周りのフィット感は見ているだけでも気持ちよさそうである。
こまちに案内されるがままに、楽屋の一室にたどり着くと、そこには何故かマネージャーが座っていた。
「あれ?なんでマネージャーが??」
真一は突然のマネージャー登場に驚くように言う。
「まぁいろいろあってね。今日のイベントは外部で行われる初めてのイベントだし、着ぐるみの新しいギミックの様子も見たかったんで付いてきたんだ。」
「そうだったんですか。それならそうと早く言ってくださいよ。」
「いやいや、来ている事は内緒にしようと思っていたし、本当なら最後まで君と会う予定はなかったんだよ。今日はあくまでも君が着ぐるみ担当リーダーであり、私は居ない状況でもいろいろ動いて貰いたかったからね。」
「なるほど。僕のサポート役としての動きをチェックしてたんですね。」
「いや、まぁそう言うわけでもないさ。あくまでもイベントその物の様子見と、ギミックの動作確認が目的だったから。」
「で、その様子見と確認をしていたマネージャーが僕に何のようです?のぞみ役の小暮さんがダウンしてるんですよね?これじゃ3人でのグリーティングは無理でしょ?なんかいい方法があるからって和志のメール見てここまで来たんですけど」
真一の言葉にこまちもウンウン頷いて同調している。
「確かに小暮君は今日はもうダウンしてる。な。小暮君。」
マネージャーの言葉に合わせるように、部屋に入ってくる小暮。
「ええ。今日はもうダメ。疲れちゃいました。さすがにこの瞬きギミックは操演し続けていると意識が飛ぶほど気持ちよくなっちゃって」
状況を説明する小暮だから、思ったほど辛くはなさそうである。普通に立って会話しているし、顔色も良い。
「そうそう。真一君。今日ね。こまちったら酷いのよ。グリーティング中、何度も私と腕組んで、肘で胸を押すのよ。気持ちよくて反応しちゃ行けないと思うとホントに苦しくて。瞬きがなければ少しは楽だったのに。」
小暮の説明に照れるこまち。もちろん自然な瞬きをパチパチとしている。
「あの~。見た感じ、まだやれそうな感じがするんですが?」
真一は小暮に質問する。
「え~。ひどーい。今日はもう無理なの。ね。マネージャー。」
「ああ。今日は小暮君は無理なんだ。」
小暮とマネージャーの説明に納得がいかない真一は少し食い下がる。
「ホントですか??うーん。そうは思えないけどなぁ。。」
するとマネージャーが言う。
「本人が無理という以上、無理強いは出来ないだろう。ましてや今回の着ぐるみは体力的にも大変なんだし。」
「そうそう。」
マネージャーの言葉に笑いながら同調する小暮。
「じゃあ、まぁやはりグリーティングは2人でやるって事ですよね?」
あくまでも小暮は無理だと言うことならグリーティングを3人でするのも無理である。
「いや、それがそうでもないんだ。」
マネージャーがそう言うと、小暮は楽しそうに部屋の奥に隠すように置かれた物を持ってくる。
「これは?」
テーブルの上に置かれた物は、着ぐるみのインナースーツである。
「これ、真一君のサイズの物よ?」
と小暮が言う。
「つまりこれってマミカの?」
真一は聞き返す。
「ううん。違うわ。ほぼマミカちゃんと同じサイズだとは思うけど、顔の部分が少し小さいの。ね。マネージャー?」
「ああ。そうだ。これは新規で作ったものだ。」
いまいち状況が飲み込めない真一。
「あのー。マミカのじゃないというのは分かったんだけど、なんで俺のサイズのインナーがここに?」
真一の質問に顔を見合わせてほくそ笑むマネージャーと小暮。
「まだわからないのかね。これから外で何をしようとしているかは分かっているよな?」
「えぇ。グリーティングですよね?」
マネージャーの質問に答える真一。するとマネージャーは話を続ける。
「3人でグリーティングを30分やってくれと頼まれたんだ。そうだよな?」
「まぁ。」
「小暮君はもう着れない。でも3人必要。」
「ですねぇ。」
「では、これは?」
マネージャーはそう言ってテーブルの上のスーツを指さす。
真一は一瞬考えた後、驚くように言う。
「へ??まさか??」
真一の驚きに満足そうなマネージャーと小暮。そしてこまち。
「まぁ、そう言うことだ。今日来ているメンバーで、身体のサイズ的にも能力的にも演技力的にものぞみに入れる可能性があるのは君だけだ。」
「と・と・・突然そんなこと言われても。」
「あら?だって君は早く実戦に出たかったんだよな?30分だし、テスト的に実践してみるのは悪い話じゃないんじゃないか?前にも言ったように君は優秀だ。30分ぐらいなら余裕だろ?」
「ま・・・まぁマミカなら何とかなるとは思うけど、のぞみなんて着たことないし。。」
真一がちょっと躊躇していると小暮が言う。
「大丈夫よ。私だって平気だったんだもん。3日ぐらい前にテスト的に着て、今日がほぼいきなりの実践だったの。でも何とかなったもん。真一君なら余裕だよ。」
「・・そ・・そう言われてもなぁ。やっぱ実戦経験が有る人間と無い人間は違うし、簡単に言われても。。」
それでも躊躇する真一に、マネージャーが言う。
「まぁ嫌なら仕方ないが、今日の着ぐるみ担当のリーダーは君だよな?お客様からの依頼を実現できるチャンスをリーダー自ら潰してしまってもいいのか?お客様は今日のイベントの為に我々に多大な料金を支払っている。そのお客様が満足できる為の努力は、リーダーだったらやってもいいんじゃないのか?」
今度はビジネス論を持ち出すマネージャー。
非常に真っ当な意見である。実現不可能な難題であれば断ることも仕方がないが、今回の場合は真一の気持ち一つでどうにでもなる話なのだ。
「わ・・・わかりましたよ・・やりますよ・・」
なんだか無理矢理言いくるめられた感はあったが、渋々OKする真一。
だがやはり真一には一抹の不安はあった。例の瞬きシステムである。
のぞみに入ると言うことは、あのシステムを動かすと言うことである。和志達の操演に激しい嫉妬を覚えていたものの、実際に自分の番となると、果たして瞬きの操作を続けながら操演し続けられるのか、不安は募る。
「じゃあ、決まりだ。着ぐるみ担当のサブリーダーには私から話を付けておく。30分だけなので着替えは衣装を持ってきてここでやってしまえばいい。後はよろしく頼むぞ。」
マネージャーはそう言い残して部屋から出て行ってしまう。
「・・・あぁ・・あんな事言っちゃったけど、ホントに大丈夫かよ。。」
愚痴を言う真一。
「はいはいはいは。もう男が一度決めたことなんだから文句は言わないでさっさと着替える。ひかりもこまちも早くしてくれないと苦しいって困ってるわよ?」
小暮が急かすように言う。
確かに今はこの場にいないがグリーティングの準備が出来ていると言うことは、ひかりもまだひかりのままなのだろう。そしてこまちはここで相変わらず可愛くこまちとして存在している。
小暮の言葉に同調するように、こまちはウンウンと頷いている。
「インナーの構造はマミカちゃんと同じだから一人で着られるわよね?それと、瞬きの仕組みはもうこまちから聞いてるでしょ?最初はちょっと苦しいと思うけど、慣れれば大丈夫よ。きっと。」
「きっと・・・って・・」
「ふふふっ。心配しなくても大丈夫よ。多分真一君が想像している以上に気持ちいいはずだから。30分じゃ物足りなくなるかもよ?」
「えっ・・・・・で・・でも、さっき相当苦しそうだったじゃない。帰ってきた時。やっぱりきついんじゃないの?」
「え?ああ。あれね。あれは・・後で教えてあげるわね。」
先ほど戻ってきた時に服を脱がせているのぞみの様子がとても苦しそうだった事を話したが、小暮は話をはぐらかしてしまう。
時間もあまりない真一は渋々インナーを着込む事にする。
さすがにここでは着替えづらいと言うことで個室に行きインナーを着てくる。
インナーだけでも初めての人間はかなり敏感で息も苦しいのだが、真一はある程度慣れている為、ここまでは余裕である。しかしそれでも顔の締め付けは今までの物よりきつい。あのリアルで美しい顔が乗る為のベースであるからかなり狭い空間になっているのだ。
おかげで頬の周りや口元に余裕が全くない為、いつもより閉塞感は増しているのは分かる。
「うんうん。さすが真一君。ばっちりね。」
小暮は楽しそうに真一を眺めながら言う。
「じゃあ、これ。」
そう言って真一に手渡したのは、まぎれもなく抜け殻となったのぞみである。
手に取るとそっと観察するように眺める。スーツの中で真一は、こののぞみがこれから自分を覆う事になるのだと思うと堪らなかった。
(苦しそうだなぁ・・こんな狭い顔の中に入るのかぁ・・身体も多分スタイル良いんだろうから相当苦しいだろうし・・お願いだからあんまり苛めないでくれよな・・)
抜け殻ののぞみに向かって心の中で呟いきながら興奮していた。
頭のハーネスをのぞみの抜け殻の頭部の裏側にあるコネクターと接続し、その後頭から潜り込むようにのぞみの身体に侵入する。
手慣れているとはいえ、さすがに結構感じる為、時々手が止まりながらの作業となる。また、感じると視界が真っ暗になるのも分かる。息子が反応するとそれに合わせて瞬きが起きるためだ。これでは自分で着替えるのは相当に苦しい気がした。
例えば胸元の細かいボタンを留める作業は、実はかなり感じてしまう作業なのだ。その作業を自力でやる場合、鏡を見ながらやる事になる。だが作業しながら感じて息子が反応してしまうと瞬きが始まり、視界が遮られ、鏡がよく見えなくなるはずだ。よく見えなければ作業効率が落ちて、作業時間が長引く。長引けばより感じる時間が長く続き、一層瞬きが激しくなる、と言う悪循環に陥るはずである。
なるほど。真一に着替えのサポートをさせた理由の一つに、衣装によっては自力で着替えるのはかなり大変だという理由も含まれていたのだろうと言う事が、実際に着ぐるみを着てみてよく分かった気がした。
快感に耐えながら何とかのぞみを着込み、最後にのぞみの出入り口を閉める。
ピッタリと股間にフィットするように閉めてお尻の割れ目に食い込ませると、お尻の食い込みがムズムズし、もどかしいほど気持ちが良い。
しかもこの快感は着ぐるみを脱ぐまで人知れずずっと続くのだ。
そう。和志も今の今までずっとこのムズムズする感覚と戦っているはずである。
着ぐるみを着込むと、そのスタイルの良さと顔の小ささから、想像以上に狭い空間に密閉されている事を実感する。
特に顔の小ささは凄い事がよく分かる。
また、思った以上に小さい視界にも驚く。確かに顔が小さく、そのおかけで自分の目とのぞみの目の位置はかなり近い。
マツゲが視界用のグラスに当たるぐらいの距離である。
だがその為に視界用のスリットが非常に薄く切られているようで、マミカの視界を10とすると、のぞみは2~3ぐらいの範囲しか見えない。動き回ることは無理ではないが、かなり慣れないとよく見えない上に、視界が狭いため閉塞感も高く感じてしまう。
まさしくのぞみに閉じこめられている感覚である。
そして、もう一つの事実にも気づく。
臭いである。
呼吸していて、マミカの時よりも臭いが鼻に付くのだ。
でもそれはすぐに理由に気づく。そう。小暮の香りなのだ。
小暮も先ほどまで、今真一が密閉されているのぞみに入り、股間からの空気を吸い続けていた。
股間部分のスリットは布で覆われていて内部の湿気を有る程度吸収できるようになっているのだが、その結果、演者の汗や吐息などの臭いが付着するのだ。またスカートの中の蒸れた空気と着ぐるみの素材の臭いも混ざって付着するため、他人の臭いはかなりキツく感じるのである。
ただ、キツい臭いではあるが、くさいとは感じなかった。むしろ小暮の奮闘していた香りだと思うと興奮はとても高くなっていた。
「あー。なんかもう興奮しちゃってるわけ?瞬きしすぎだよ?」
冷静に小暮が言う。
のぞみの中で、あんたのせいだよと思いながらも必死に息子の反応を抑えようと頑張る真一。
今までであれば態度に出さなければ好きなように興奮を楽しめたのだが、のぞみの瞬き連動機能により、息子の反応が外に分かってしまう事が、非常に悩ましかった。
刺激を受けつつ反応できないのだ。どこにも力が入れられない状態で刺激を受け入れる気持ちの良さは、想像以上だったが、その状態で演じると言う事を考えると、気が遠くなるのを覚える真一だった。
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