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恐らくは相当に羨ましい状況下を体験し続けている和志。
その和志を一刻も早く着ぐるみから引きずり出してやりたい真一は、考え抜いた末に、1つの結論を出した。
「ひかりが和志だ。」
一瞬の静寂のあと、ひかりは驚いたような仕草を見せ、こまちはウンウンと頷いている。
「へー。ひかりちゃんが和志君だと思ったんだ?」
わざと迷わせるような事を言う小暮。
真一はその言葉に怯むことなく頷く。
正直に言えば絶対の自信があるわけではなかった。どちらかというとひかりのような気がする、と言う程度の理由だ。
それでも、迷うよりは覚悟を決めてしまいたいと思い、ひかりと選択したのだ。
「随分自信満々ね。じゃあ、ひかりちゃんに正解発表に行ってきて貰いましょうかね。」
ひかりは小暮に促されて部屋を出て行く。
「さて、今度は正解出来るかな。」
マネージャーが楽しそうに言う。
「もし外したら今度はどうしますぅ?」
小暮も少しニヤニヤしながらマネージャーに話しかける。
「そうだな。まぁもし今度外したら罪は重いよな。何せ2人も本物の女性を男性だと思ったという事だからな。」
「そうよねー。ちょっと罰ゲームは重くして貰いたいわよねー。」
その後、しばらくの間、真一の意思は無視し、勝手に相談が進む。
やがて、先程ひかりが出て行ったドアが開く。
ガチャリ
ドアが開くとそこには綺麗なウェーブのかかった栗毛の女性が立っていた。
相沢である。
「お疲れさま~」
明るく挨拶する小暮。
「お疲れ~っ・・」
挨拶を返す相沢。だが、相沢の挨拶は気が抜けて力がない。相沢の様子は、せっかくの美しい容姿が台無しになる程に疲れている様子である。
まだ若干ではあるが息も荒い。
「もー。ヘロヘロねー」
「ヘロヘロって・・あなたのせいなのよ!」
相沢の様子をおもしろがって、小暮が茶化すと、相沢が少し怒ったような口調で言い返す。
「私のせい?」
とぼける小暮。
「そうよ。あなたがいっぱい弄るから・・私、今日1日のうちではあなたの刺激が一番感じちゃってたんだから。苦しくて何度も意識が飛びそうなのを我慢してたんだもん。泣きながら許してってお願いしてたのに全く無視して弄り続けるし・・」
「そりゃーそうよ。ひかりちゃん、ずーーっと笑ってたもん。ミドりんが泣いてるのなんて分からないわよ。」
「ひどーーい。表情が変えられないの分かってて弄ってたくせにー。」
「いいじゃないの。私の手で気持ちよくなれたんでしょ?」
「・・・・」
問答を繰り返す中、小暮の一言で相沢は真っ赤になって静かに頷く。
「ふふふ。素直でよろしい。」
小暮の言葉に相沢が黙り込んだ所で、マネージャーが割り込む。
「さて。と言うわけで、答えは相沢君だ。真一君のハズレだな。」
マネージャーの言うとおり、真一は2度のチャンスを貰いながら2度とも不正解だった事になる。
つまり、ここに残ったこまちに和志が入っていると言う事になる。
イベントの開始前からこまちの中に入り、今もこうしてこまちを演じ続けているのだ。
「それにしてもひどいわねぇ。こーんな美人2人を男の子と見間違うなんて。」
小暮が真一に向かって言う。
それを聞いた相沢も、先程までの恥ずかしさを忘れようとするかのように、真一に対して言う。
「ほんとよねぇ。いくら着ぐるみが良く出来ているからって、観察すれば分かりそうなもんじゃない。」
「うんうん。見る目無いわよ。ホントに。」
いいように文句を言われる真一。
「そ・・そんな事言われたって・・ホントに分からなかったんだし・・」
言い訳を探す真一だが、内心一番悔しい。
なにしろ目の前にいる2人は、そのままモデルとして成立するぐらいの美人である。
そんな美人が操演していた着ぐるみを、直接触って確認までしていながら見抜けなかったのである。
次々に回答を外していく真一を見て、和志はこまちの中でほくそ笑んでいたに違いない。そう思うと悔しくて仕方が無くなる。
「だいたい、こまちが悪いのよ。いくら演技が上手なベテランだからって、ここまで上手く演技されたら、私達初心者には太刀打ち出来ないもの。」
こまちはそれを聞きながら恥ずかしそうにしている。見事に女性に化けていると言われて照れている素振りなのだろうが、その恥ずかしそうな演技ですら、和志にとっては楽な行為ではないはずである。
ましてや、もう相当な長時間、このこまちの中に密閉され続けているのだから、裏の事情はかなり大変な状況のはずである。
そうした事情を隠して、さらにこまちを演じ続ける行為は、常識的に考えれば一刻も早く終わらせたい事のはずだが、その割にはこまちは未だにこの場で演技を続けている。
もう、こまちが誰なのかと言う事は分かったのだから、これ以上こまちを演じ続ける意味はない。特に誰かが演技を続ける事を強要しているわけでもない。本人が直接、着替えに戻ると言う素振りを見せれば済む話しである。
所が現実のこまちは、相変わらず小暮や相沢の言葉にリアクションを取りながら、こまちとして存在し続けている。
「まぁそうは言っても仕方ないだろう。君たち2人とはキャリアも違うんだし。」
マネージャーが2人を諭すように言う。
さすがにマネージャーの言う事だけあり、小暮も相沢も渋々納得したようだった。
「さてと。と言うわけでゲームは終わりだ。」
「やっと終わった。。」
真一がホッとするように言う。
「だが、まだ終わっていないぞ。君が足りないものに気づいたかどうかだ。」
「ま・・またその話ですか。」
「その様子だとまだ理解していないようだな。」
「正直言って、何を言いたいのかさっぱり分かりませんよ。。ただ悔しい思いをするだけのゲームでしたし。」
「なるほど。悔しい、、か。」
「ええ。もの凄く。とにかく二度とやりたくないゲームです。これならまだサポートの手伝いを続ける方が気分が楽ですし。」
「ほほう。サポートの手伝いの方が楽なのか。まぁそれの話しは置いておくとして、二度とやりたくないほど悔しいゲームだった訳だな?」
「そりゃ、もう。」
ここで相沢と小暮が顔を見合わせてニヤリとする。
「な・・なんだよぉ。。」
2人の態度に少しムッとする真一。
「やれやれ。ホントに分かっていないようだな。だが実にイイ線なんだ。もう少し考えられれば気づいたかもしれない。だが、まぁいい。そこまでいろいろ悔しい思いをしたのであれば、合格とも言えるだろう。」
「合格??」
さっぱり意味が飲み込めない真一。
「簡単に言おう。君に足りないのは嫉妬心なんだ。」
「嫉妬心?」
「人の演技を見て、悔しいとか羨ましいとか思う心だ。」
「それが無いって言いたいんですか?」
「いや、もちろん完全に無いとは言わん。ただ、他の人たちに比べその感情が希薄なんだ。そしてその感情が無いと、どうしても向上心が足りなくなる。」
「向上心・・ですか・・」
「ああ。君は知らず知らずのうちに、周りが出来ない事が出来る自分に対して、優越感を感じると共に、努力を怠るようになっていた。もちろん今の君に要求されているレベルなら、努力しなくてもじゅうぶんにやっていける。ただ、今後実戦を積むと多くの壁にぶち当たる。その時君がしっかりと壁と向き合って問題解決にあたる為にも、今のうちから人より劣る部分に対する努力、と言う物を続けていく必要があるんだ。」
「・・・・」
少々難解な話しになってきた真一は、黙って聞き入る。
するとそこに小暮が割り込む。
「これは私の想像なんだけどね。良くテレビなんかに、小さい頃に天才って言われて、小学生なのに大学レベルの勉強をしているとかって紹介される子供がいるでしょ?」
「ああ。」
「でも、あの子達って大人になっても天才のままなのかなーって。結局周りがチヤホヤする事に慣れて、努力しないから周りから追い抜かれちゃうんじゃないのかしら?って。天才子役とか言われる人にも、そんな人多そうよね。」
「なるほど。」
マネージャーの話は難解だったが、小暮の話は非常に分かりやすかった。
思い返せば、確かに真一は、周りが自分の演技に羨み優越感を感じる事はあっても、周りに嫉妬する程刺激を受ける事はなかった。だが、確かにこのまま行くと、真一が努力をする機会は殆ど無いまま実戦を迎えてしまう事になっていたはずである。
勿論そのまましばらくは操演も可能だろうが、既に実戦で演技をしている先輩達のレベルから見れば、真一の演技が劣る部分もあるはずである。
その時、初めて挫折感を味わう事を考えるなら、今のうちに挫折感を経験し、そこからの努力をする精神力のような物を身につけると言うのは悪い話しではない。
今まで、マネージャーが何を言いたいのかさっぱり分からなかったが、真一の頭の中のモヤモヤが急速に晴れていく気がした。
「納得出来たか?」
マネージャーの問いかけにゆっくり頷く真一。
「まぁそう言う事だ。出来れば自分で気づいて欲しかったのだが、今回の件では嫌という程嫉妬も味わっただろうから、今日の所はこの辺で勘弁しておこう。」
「今日の所は?」
「ああ。だって2人も外したんだから、それなりに罰ゲームが待ってるだろ。」
「え。。マジですか・・・」
「当然だろう。」
先程小暮とマネージャーがちょっとだけ話していた罰ゲームという言葉を思い出す。
まだこの後、何かをしろと言うのだろうか?
「と言っても、今日はもう遅いし、これ以上やって貰う事はない。実を言うと、また来週、これと同じイベントが関西のとあるパソコンショップで開催される予定になっているんだ。そこに3人で行くつもりなんだが、その時にうちから裏方としても数名のスタッフを出すつもりなんだ。」
「はぁ。」
「で、その要員として君にスタッフのリーダーをやって貰いたいんだ。」
罰ゲームは関西のショップでのイベントの手伝いだという。
「でも、うちの着ぐるみは外部のイベントには出る事がないはずじゃ?」
「ああ。確かにこれまではそう言うルールだった。」
「これまでは?」
「そうだ。着ぐるみスタッフの秘密が守れないと言う理由から外部には出していなかった。だが、これまでも度々うちの着ぐるみを利用して販促活動をしたいと言う要望が各所より伝えられていた。そこでうちのほうでも、着ぐるみスタッフを含めてシステムを他のショップにそのまま持ち込める方法を検討していたんだ。」
「つまり、その方法が完成したってこと?」
「まぁ方法というほど立派な物でもないがね。要するに移動用の専用バスを作ったんだ。内部にはスタッフしか入れないうえ、着ぐるみ要員はうちのビルの専用のゲートからの乗り降りしかしない。バスは複数台連なり、現地ではその数台が繋がってレーシングチームのモーターホームのようになるから、ほぼ生活するのに必要となる物は揃う。実際の運用はせいぜい数日なので、かなり演者にも快適な環境だろうから、移動しても問題ないはずだ。」
「そんな凄い物を作ったんだ・・・」
「ああ。なにしろうちの着ぐるみは宣伝効果が高い。恐らく店外のイベントに参加する事が出来れば数年でモーターホームの建造費と運用コストはまかなえる。今回はその運用を実証するテストケースでもある。その為、ある程度内部事情に通じた人も必要だったんだ。」
マネージャーの話を聞いていると、相沢が割り込む。
「あ、なーるほど。だから今回みたいに裏事情が分かっている人の方が秘密遵守の為に余計な事に気を回さなくていいから色々便利な訳ね。」
「ああ、そう言う事だ。」
なるほど。だいたい話しは理解出来た。
確かにこう言うケースでは真一は最適に思えた。少なくとも着ぐるみ演者の事情が分かっている人間が1人いれば、何かトラブルがあっても対応は臨機応変に出来る。そう言う意味でも真一に声がかかるのは仕方のない事なのかも知れない。
「まぁそう言う事だから来週も同行してくれ。次回は着ぐるみの操演者が分かっているから今日より気が楽だろ?」
「確かにそうですけど。」
真一は、なんとなく上手く言いくるめられて手伝いをさせられてしまっている気がしたが、確かにマネージャーの言うように、次週に関しては着ぐるみの中身が分かっているので今日程悔しい思いをする事はないはずだ。
むしろ事情が分かっている分、外側の人間に有利な展開とも言える。
もしかすると和志に今日の仕返しとして責めるチャンスもあるかもしれない。
真一はそう考えて、この仕事を受ける事を了承した。
「分かりましたよ。やりますよ。やりゃいいんでしょ?」
「おお。そうか!やってくれるか!いや、ホントに人材がいなくて困っていたんで助かったよ。」
「報酬ははずんで貰いますからね。」
「出張費は別に付けるが基本的にはこちらの勤務と変わらんぞ。」
「ちぇっ。そこは渋いんだ。」
「コスト管理はキッチリするのが基本だ。」
そんな会話を続けていると、真一とマネージャーのやりとりを邪魔するように、誰かがマネージャーの服を引っ張る。
「ん?」
マネージャーが振り返る。
「クスクスクスク」
「ふふふふっ」
その様子をみて横で笑う小暮と相沢。
マネージャーを引っ張る犯人はこまちだった。
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