『聖包ミステリー研究会』(後編) [戻る]
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長い話を終えた田守川淳二は大きくかぶりを振った。
それは思い出して話すだけでも彼には相当堪える程の体験だったようだ。

「・・・大変興味深い話ですね。して、その後は?」
「程なく気を失って・・・気付いた時には自分の寮の玄関ロビーの長椅子で寝かされてました」

不意に顔を上げた彼はさっきまでじっと黙って話を聞いていた黒降虹に向けて真剣な様子で言い放つ。
「そのことを友人に話しても皆『夢でも見たんだろ』と言って相手にしてもらえませんでした・・・
でも決して夢なんかじゃないんす、あれは紛れも無く現実の出来事だったんすよ。
『オカ研』の会長さんならこの話信じてくれますよね?」
「ええ、そのような心霊現象の被害者をお助けするのも『聖包ミステリー研究会』の目的の一つです」
お互い、未だ呼び名について譲る気は無いらしい。

「して、その後その殿真さんとやらには会って話されたりしたのですか?」
「いや、それがすね・・」
田守川は目を逸らし頭を掻き毟った。
「その後彼女を見た人が居ないか同じ寮の仲間に尋ねて回ったんすけど、たまたまお盆の期間はそれぞれ泊り込みの学内バイトや勉強会でみんな部屋をあけていたらしくて・・
更に生徒会や職員会に問い合わせたんすけど、どこからも今訓練中の女子生徒にそんな名前の子は居ないって言われたんす。
今学期改正版の学生名簿や既にクラス入りしてる女子生徒もすべて調べて見たんすけど、やっぱり音沙汰なしで」

「あら、それはおかしくありませんか?」
黒降会長は疑問を口にした。
「殿真さんは君島エリカさんのご紹介だったのですよね?
でしたら少なくとも彼女なら殿真さんのことをご存知なのでは?
君島エリカさんはわたくしも存じてますわ。
部活動の後輩さんでしたら連絡が取れないなんてことはありませんよね?」
「それなんすが・・・」
田守川はまたしても言い辛そうだ。

「直接会って尋ねてみたんすが、君島先輩はその日はうちの寮に来てないって言うんすよ・・・
どうやらその日は2年の男女数人で連れ立ってバカンスエリアで勉強合宿してたって。
他の参加者からも話は訊いたんすけど、どう考えてもその日の10時に君島先輩がうちの寮まで来るのは不可能なんす」

「ふむむ、それも奇妙な話ですね。
では第四女子寮については?その後は再びそちらの場所には行かれなかったのですか?」
「現場には行ってないす。
一人じゃ流石に怖いし仲間は信じないか立ち入り禁止区域に入るのがバレたら内申点に響くからって敬遠するばかりで。
なんでそれも職員会に問い合わせたんすけど、第四女子寮が再び使われるなんて計画は全く無いなんて言われまして」
田守川の探究心は凄まじかった。
その探究心がもう少し勉強に向けられていれば彼もすぐに女子生徒になれていたのではないだろうか?
「ついでに君島先輩(?)や殿真さんが説明してた内容も大半は出鱈目だったみたいなすよ。
んまぁ勉強だけは嘘無くちゃんと教えられてたっぽいんすけど・・」


「う~ん、それじゃあ勉強の件は別にしてもその殿真さんとやらは本当に夢だったって考えた方がつじつまが合うんじゃないかしら?」
「な、何言うんすか!?それでもホントに『オカ研』の会長の台詞すか!?」
「・・・『聖包ミステリー研究会』です」
もはやお約束のやり取りだ。

その後も色々と田守川は質問を浴びせられるが、彼の話からも手掛かりとなるものは全く得られる様子は無かった。
逆に彼から黒降にも第四女子寮跡を始めとする学園7不思議についての質問があったが、彼が知る以上の情報は持って無いと彼女は答えた。

やがて会話も煮詰まり、お互いはそれぞれ色々考え込み何も言葉を発しなる。
聖包ミステリー研究会の部室は再び本来の静寂に包まれた。

「長い時間話してお疲れになったでしょう。
男子生徒の方用の飲み物はあまり置いてませんがトマトジュースなら奥にあった筈です。
お出ししましょう」
黒降はそう言うと席を立ち遮光カーテンの奥へ消えていった。



私を何重にも包み込むスーツの内側で私は密かにほくそ笑んでいた。

まさか殿真御子を演じた本人がこうも近くに居ることに田守川は全く気付いていない。
いや、そもそも気付く所以が無いのだから仕方のないことなのだが・・・

先程までは内心いつ吹き出してしまい彼に私のことがばれてしまわないか気が気ではなかった。
だがこのスリルや緊張感こそが私が「聖包ミステリー研究会」を辞められない所以である。

実のところ「聖包ミステリー研究会」はただのオカルトサークルではない。

そのメンバーは入学選考時の心理テストや各定期学科試験、そして女子生徒になる為の演技訓練などの結果から学園に密かに選出されスカウトされたメンバーで構成されていた。
そして時折学園から密かに下される依頼を遂行することが一般の生徒には知られていない真の活動目的なのである。
オカルト好き生徒によるろくに活動もしていない弱小サークルというのは表向きの隠れ蓑に過ぎないのだ。

とはいえ全くオカルトを研究していないわけではない、むしろ裏では少数精鋭ながらも会員が力を結集し、日々オカルトの探求に取り組んでいる。
ただその研究目的は「オカルトの真相を究明すること」ではなく、着ぐるみ用に培われてきた技術を応用し「如何にしてオカルト現象を自らの手で顕現させるか」という点にあった。

夏休みも入って間もない頃、私達にまた一件の依頼が舞い込んできた。
その依頼は第四女子寮跡に近づく男子生徒、田守川淳二の活動を断念させることが目標であった。

第四女子寮跡、そこは噂通りの怪奇スポットなどではなく実は新しい着ぐるみの開発や実験、更には特殊な訓練等を行ったりする為の施設なのである。
尤も、その中枢は裏山の地下に広がっており地上部分はそのごくごく一部分に過ぎないのだが。
そもそも聖包学園の七不思議自体が「知られてはいけない場所」のカムフラージュのために意図的に作られ広められた噂が発展していって出来たものなのだ。

そしてそれらの場所で行われる実験は非常に重要度の高いものも有り、一般の生徒・・特に男子生徒に情報が漏れては厄介なものばかりなのである。
その為にバリケードや複雑な地形、更には作り物の怪談話で人を寄せ付けないように守られているが、それでも毎年何人か彼のような侵入者は現れた。

偶然が重なった末に学生に本来知られるべきではない何らかの秘密がばれ、それを知った男子生徒をやむなく女子生徒に引き込む、実はそんな事例が学園の歴史上全く無かった訳ではない。
だが、聖包学園は基本それを善しとはしていなかった。
あくまで正しい手段で勉学を修め、その結果として着ぐるみの快楽を得られることがこの学園の徒としての「正しい在り方」なのだ。

故にそういった侵入者の行動を秘密裏に阻止することこそが私達「聖包ミステリー研究会」の本来の役目である。

ただ、侵入者の行動を下手に妨害しては反って「そこに知られてはいけない何かがあること」が公に知られてしまい、結果的に防衛目標地点を注目にさらしてしまう危険性がある。
故に今回のようにあえて侵入者をおびき寄せ、二度と近付きたくなくなる様な恐怖体験を与えるという作戦を取ることが私達にとって最も都合のいい手段なのだった。

第四女子寮跡は比較的狙われやすい防衛目標で、依頼が舞い込む前から予め既に侵入者撃退用のプランと下準備は出来上がっていた。
そして依頼を受けた私達はすぐさまその実行に向けて活動を開始することになる。
途中、田守川が第四女子寮への進入を諦めたらしいという報告を受けたときは作戦の中止も危ぶまれたが、彼が友人に他の七不思議の捜索も仄めかしてたという情報が入り当初の予定通り作戦は決行されることとなった。

今回は目標人物の交友関係から2年の女子生徒である君嶋エリカらに協力を仰いだ。
彼女は他の生徒と体型と着ぐるみを共有しており、それぞれが離れた箇所に同時に姿を見せることによるアリバイトリックが可能なのだ。
このように特殊なトリックを可能とする女子生徒達のことは学園側が密かに把握しており、時には今回のように協力を要請することもある。

そして作戦一日目が訪れた。
普段の女子高生姿の私と君嶋エリカのもう一つの姿である河合奈美恵はその日の夜、連れ添って田守川の暮らす寮の門をくぐった。
外で殿真御子や君島エリカらの姿を誰かに目撃されると計画に支障をきたす為、彼女らへの変身は寮の中で行う必要があったのだ。

寮の中はやけに静まり返っていた。
それもその筈である、ほかのメンバーや学園側の協力者の手引きによって寮生は皆何らかの理由で出払っているからだ。

念のため寮長の案内で隠し部屋に通される、殿真御子と君嶋エリカのスーツはそこに予め持ち込まれてあった。
時間の余裕も多くないので二人は制服を脱ぎショーツ姿になると、その上から更にそれぞれのキャラのスーツを着込んでいく。

ちなみに私のほうはここに出発する以前、自分の部屋で普段の女子生徒姿に変身する時から既にその着ぐるみの下に断熱インナーを着込んでいた。
夏の夜道は非常に蒸し暑くこの状態で歩くのは大変辛かった、おかげでまだ作戦は始まったばかりなのにスーツの内側は汗と熱で大変なことになっている。
だが、男子寮内ではなるべく時間をかけるわけにはいかないので仕方が無いのだ。

ちなみに君嶋エリカ役の子もお互いに着替えを手伝う途中で断熱インナーのことに気付いたらしく、スーツのことを説明すると大変羨ましがっていた。
実はこのスーツ、まだその存在は多くの学生には秘密にされているのである程度使用条件に制限は受けるのだが、学園に申請すると実は成績ポイントで購入することも可能になるのだ。
君嶋エリカ役の子にそのことを伝えたら彼女もかなり興味を持ったようだ。
今回の溜め込んできた成績ポイントや今回の報酬ポイントを使ってゲットして、現在離れた場所で計画を遂行しているもう一人の君島エリカを驚かせたいなんて話をしていた。

着替えを終え、それぞれ二重着ぐるみ状態で殿真御子と君島エリカとなった二人は田守川の部屋に向かいその日の作戦を遂行する。
クーラーの利いた寮内とはいえ慣れない二重着ぐるみで演じ続けることは二人にとってかなりの負担であったが、お互いにその中の辛さを悟られまいと必死で演技を続けた。
結果、殿真御子は君島エリカの紹介により無事に田守川の家庭教師につける事となった。

二日目以降も順調に作戦は推移して行き、そして計画の肝ともいうべき最終日、田守川が第四女子寮にやってくる日を迎えることになる。

最終日当日、私は他のメンバーよりもかなり早く第四女子寮に入っていた。
私だけ特別早くからの準備が必要だったからである。
その日の為にホビー21からわざわざ応援に駆けつけてくれたスタッフの方達に挨拶を済ますと私は自分自身の準備を開始した。
私達「聖包ミステリー研究会」は学園を通してホビー21とも協力関係にある。
ホビー21で開発された新素材によって私達はより様々なオカルト現象を再現することが可能になり、私達の活動報告は新素材の実験結果として彼らにフィードバックされていくのだ。

まずは普段の女子生徒姿の着ぐるみも全て脱ぎ全裸になると、ここ数日間ですっかり着用にも慣れてきていた断熱インナーを着込む。
そして今度はいつもと違うグロテスクな・・・そう、「自殺した女子生徒」という設定の焼け爛れた姿の人形の着ぐるみに入りだす。
姿はいつもと違うとはいえ、内側の構造的にはいつものも着込むものと殆ど変わらないので着るのには特に苦労するものではない。
いつものようにお尻の割れ目から中に入り少しずつそのスーツを全身にフィットさせていく。
外見が大きく違うとはいえ、その内側を伝う悩ましい刺激は何ら変わりがないものであった。
そうして最後に「入り口部分」を塞ぐとその人形は完成した。

部屋の全身鏡でその姿を確認する。
その痛々しい焼け焦げた肌からはその中に人間が隠れているなんて、いざ入ってる私自身ですら信じられないほどリアルな質感であった。
しかもよく見ると焼け残った部分には人形本来の白く美しい肌も再現されており、その姿はよくよく見ればただ痛々しいだけではなく美しさと不気味さが同居した高度な芸術作品のようにすら感じられる。

だがその姿に見惚れている時間は無かった。次の工程のためにスタッフが待つ部屋に移動する。

そこは一見手術室のような部屋で、真ん中に手術台のような台があり、その周りには様々な工具や画材、メイク道具や得体の知れないペラペラと剥がれた皮膚のようなもののようなものが入った箱がスタンバイされていた。
私が部屋の中でスタンバイしていたスタッフの方々の手でそっとその台の上に寝かされると、皆一斉に工程に取り掛かる。

スタッフの方々の慣れた筆さばきで特殊な接着剤が私を閉じ込めた人形の焼け爛れた皮の箇所に塗られていき、その上から先程のペラペラとした皮膚のようなものを貼り付けられていった。
これは「アプライアンス」といって特殊メイクなどに使われる人口の皮膚なのだ。
普通は役者の肌の上に貼り付けてグロテクスな怪物に変身させたり痛ましい傷を表現したりする際に使われるものなのである。
但し今回はその逆で痛ましい傷を隠し、肌を綺麗な状態に見せる為にそれは使われる。
台の上で寝かされてる私自身では細かい工程は分からないのだが、アプライアンスを貼り付けられた後は特殊なパテのようなものでその境目を消され、その上から化粧用のパフやエアブラシで肌の色を塗られていってるようだ。

この工程は私自身にとって非常に悩ましいものだった。
なんせ全身を筆やパフなどで絶え間なく撫で付けられているのだ、その快感は止まることなく私を責め続けた。
だが作業の邪魔になるので身じろぎも一切許されていない、ただただ耐え続ける時間は無限のように長く感じた。

人形の焼け焦げた目の上にコンタクト状のドールアイを嵌め込まれ、黒髪のウィッグを頭に接着剤で止められた時点で私は既にくたくたになっていた。
全身メイク作業が終わった後は接着剤や塗料の定着の為に暫くそのまま寝かされたのだが、その間もずっと呼吸を整えるのに必死だったように思う。

やがて立ち上がることを許された私はその部屋の大きな鏡に映った自身の姿に息を呑む。
その姿は昨日まで殿真御子の着ぐるみを演じてきた私でもそのスーツと全く見分けがつかない程そっくりであった。

夜、田守川と落ち合った私は彼に目隠しをし第四女子寮まで誘導する。
実は楽に寮にまで辿り着ける最短ルートが隠されておりその時もそこを通ったのだが、それでも着ぐるみのまま人一人の手を引いて山道を歩くのは相当の体力を要した。
ましてや今日は準備の為に半日ほどずっと断熱スーツを着込んでいたので中はもう大変なことになっている。
更に外も夜とはいえまだお盆、蒸し暑さは相当なものであった。
おまけに2重になったドールアイのせいで視界も相当に悪い。
だが、こちらが弱った様子を見せてはせっかくの計画も台無しなのだ。
呼吸の乱れを彼に悟られないように私は必死に平静を演じ続けた。

だが寮に入ってからはもうこちらのものだ。
真っ暗な寮内だが私は迷うことなく先に進むことが出来た。
というのも実は寮の床はベルトコンベアのように自動でスライドしていく仕組みが施されており、暗い寮内で視界が殆ど無いままでもスタッフによる遠隔操作に導かれ先に進むことが出来たからである。
階段こそ自分で上がらねばならなかったが、これも事前に同じ場所・同じ着ぐるみを使ってリハーサルを重ねてきたので問題は無かった。

逆に田守川の足元は彼が進もうとするタイミングに合わせて少しずつ後ろ向きのベクトルに床が流れていた。
普通なら気付かれそうなものだが周りの暗さと恐怖心により彼がそれに気づくそぶりは見られなかった。
実のところこういう実験結果こそがホビー21側のスタッフが欲しがっていたものである、いずれ似たトリックがホビー21関連のアトラクションに採用されかもしれない。

やがて作戦のメインとなる部屋に辿り着いた後も計画は面白いほど順調に進行していった。
田守川がすぐ後で疑問に感じたという「汗臭い」と彼に告げた台詞も、実のところお風呂場に誘導する口実でさえあれば何でも良かったのだ。

彼がバスルームに入ったことを確認すると私は制服を脱いで見つからない場所に隠す。
制服自体は何の変哲も無い素材を使用していたので、これを着たままでは私のスーツに仕込まれたトリックを使えないのだ。

準備を終えて内心一息ついたその時、バスルームの中から田守川の悲鳴が聞こえてきた。
風呂場に待機していたメンバーのトリックが成功したのだろう。

風呂場に仕込まれたトリックはごくごく単純なものだ。
二重底になってる浴槽の底に今私自身が着てるのと同じ焼け爛れた人形の着ぐるみ(但しアプライアンスを用いた全身メイクは施されていなく、焼け爛れた外見のまま)が隠れており、停電の演出を利用して現れて彼を驚かすのだ。
その人形の中に入っているメンバーも冷水に体力を奪われないように断熱インナーを着込んでおり、インナーから直結したチューブにより外からの呼吸を保って今までずっと待機していた。
種を明かしてしまえばごくごく簡単なトリックだが、こんなものでもいきなり襲われた者にとっては非常に恐ろしく不可解なものに映ったに違いない。

程なくして田守川は全裸のまま私のもとに駆け寄ってきた。
あまりにも上手く引っかかってくれたことに私は内心ガッツポーズを決めていた、そして今度は私のスーツに仕込まれたトリックが使われる番だ。

私は心の昂りが悟られないようになるべく声のトーンを押さえて話す。
「どうされました?そんなに慌てて」
「ででで、出たんすよ幽霊が。女子学生の・・・」
彼の慌てっぷりはかなりのものだ。
「まぁ」
「『まぁ』じゃないすよ、今現に・・!」

この様子だとこの仕掛けもきっと成功するだろう、私はそう確信しつつここをモニターしてるスタッフに向けた合言葉を告げた。
「・・その幽霊ってもしかして・・・」

途端、私の視界は緑色の閃光と煙に包まれた。

私のスーツを覆ったアプライアンスやパテ、更にドールアイのコンタクトやウィッグの土台は実は特殊な素材が元になっていた。
その素材はある薬品と反応させると緑色の光と煙を発するという変わった性質を持つ。
その反応は一瞬で全体に広がり、素材は反応を続けるうちにみるみる縮んでいき最後は黒く小さな焦げかすのようになってしまう。
その派手な反応とは裏腹に熱は殆んどなく有害なガスも発生しない、多少焦げくさい臭いがして煙たい程度だ。
この作戦はホビー21が開発したばかりのこの素材の実用試験も兼ねていた訳である。
これが上手くいけばホビー21はこの素材を映像撮影に使う特殊効果や熱の出ない安全な花火、そして今回のような恐怖系のアトラクションに応用するつもりらしい。

「こんな姿じゃなかったですか?」
私の放ったどとめの言葉に田守川は耐え切れず気絶してしまった。

実を言うとまだこの時点で彼を気絶に追い込むつもりはなかった。
まだ部屋の家具の中や廊下には彼を驚かせるために辛い思いをしながらも潜んでるメンバーが居たのだ。
仕込んでいた仕掛けや私のように非常に辛い格好のまま狭いところに閉じ込められてていたメンバーの苦労が報われなかったのは残念で仕方が無い。
だがいざ起こってしまった事は今更どうしようも無かった、念のため彼に睡眠ガスをかがせるとスタンバイしていたスタッフが彼を寮まで送り届けその日の作戦は終了した。

だがそれでもまだ今回の依頼のすべてが達成された訳ではない。
そもそもの目標は田守川淳二の活動を断念させることなので、彼自身の意思を確認し終えるまではこの作戦は続いていくのだ。
そう、今この瞬間も。

私達が「聖包ミステリー研究会」という表向きの隠れ蓑を使うのには訳があった。
恐怖体験を終えた生徒は今目の前に居る田守川のようにほぼ必ずこのサークルを訪ねてくることになるからだ。

実を言うと私達は2学期が始まると共にすぐ彼がここに駆け込んでくるものだと踏んでいた。
だから私は放課後になると毎日ここを訪れ、着ぐるみの上からさらにこんな暑苦しいものを被ってスタンバイしていたのだ。

だが彼は一週間ほどまだ独自に情報を集めていたようで、ここを訪れるのは大分後になってしまっていた。
休み明けの実力テストもあったのだがこんな暗い場所ではテスト勉強も出来ず、夏休み中も作戦に奔走していたためにテストの結果はあまり思わしくないものであった。
成績が落ちたからといって聖包学園において女子生徒から男子生徒に戻されるようなことは起こらないのだが、それでも成績ポイントが減ってしまうのはいただけないものである。
学園やホビー21から協力報酬としてのポイントは密かに得ているものの、実際の試験で得られるポイントの方がこの学園でははるかに大きいのだ。
もっともこれは「聖包ミステリー研究会」においては日常茶飯事で、代々メンバーはその割かれる時間に悩まされてきたらしい。
それでも辞めたがるメンバーが出ないのは、単に皆ここでしか出来ない体験や活動自体が好きなのであろう。



「お待たせしました」
黒降はようやくトマトジュースの入ったコップを持って戻ってくると、それを田守川に差し出し自分は元居た席に着いた。

「ところでご相談と仰ってましたが、田守川さんはただ恐怖体験を伝えるためだけにここまで来られた訳ではございませんね?」
田守川が大して美味しくもなさそうにトマトジュースを飲み干したのを見届けると彼女は切り出した。

「ええ、そうなんす。実は・・・」
「皆まで仰らずとも結構です。全ては占いにて予見済みです故」
田守川の言葉を制して黒降は続けた。
「そう・・これをお求めにこられたのですね」

その言葉と共に彼女の懐から取り出されたのは如何にもインチキくさいお守りであった。
神社のお守りのような茶巾型の袋に十字架やルーン文字や梵字のようなものが所狭しと刺繍されている。
オカルトマニアからも一笑に付されそうな間抜けなお守りであるが、学園内で恐怖体験に逢ったものは大抵これを求めにくる。
何故ならば七不思議に近づき霊から呪いを受けたものは「聖包ミステリー研究会」に伝わるこのお守りを得て二度と七不思議に近づかないことを誓わない限りずっと霊から逃れられない。・・そんな噂が昔から意図的に広められてきたからである。
即ちこれを求めに来ること自体が七不思議捜索の断念と同義とされ、それを目標人物に授けることが「聖包ミステリー研究会」における任務完了を意味するのだ。
ついでにこのお守りにはそれを持つ者が七不思議に再び近付くと学園側でそれを感知できる機能も備わっていた。
このお守りを彼が受け取る事で私もようやく普段の学生生活に戻れる・・・そう思ったのだが・・

「あ、いえ。違うんす」
彼の目的は別にあったようだ。
「てゆうかそれでホントに『オカ研』の会長すか?
霊が実際に出たんすよ、ならその真相を解明してこその『オカ研』でしょ!
俺ももうあそこまで近付くのだけは嫌すけど『オカ研』で調査してくれるなら他はなんでも協力しますんで任せてください。
『オカ研』としても上手くいけば学園内で有名になれるし、きっと話せば食い付いて貰えると思ってたんすけど・・・」

どうやら彼の目的はそちらの方にあった様だ。
たまにいるのだ、一度の恐怖体験では懲りることなくそういった目的でここを訪れる者が。
私は内心頭を抱えたが、私がここに居るのもそういった生徒に再び恐怖の制裁を与える為である。
今までずっとこの部屋でスタンバイしてきたことが無駄にならなかっただけでも良しとしようと思い直すことにした。

「成る程、そういう理由でここ『聖包ミステリー研究会』まで足を運ばれたのですね。
・・・そう言えばわたくし、今ふと思い出したことがあります」
「へ?」
田守川の言葉を遮って話し出した黒降、先ほどまでより明らかに抑揚の無いその口調に彼はつい気圧される。

「・・その幽霊ってもしかして・・・こんな姿じゃなかったですか?」





黒降虹が持ち上げた人差し指は田守川淳二のすぐ後方を指していた。
「フハッ!?」
その背後に何者かの気配を感じた田守川はとっさに身じろぐと、今まで座っていた椅子からばっと飛び退く。
だがその指の先には誰も居ない・・・そう彼が安堵したのも束の間であった。

いきなり実の前が異変に包まれる。
先程まで彼が座っていた椅子が緑色の炎と煙に包み込まれていったのだ。

『私を閉じ込めていたその大きな椅子』はフレームだけ残してボロボロに崩れ落ち、その焦げかす中から焼け爛れた人形が姿を現す。

「う、う~~~~~ん・・・・・」
ドサッ

つい先日のように白目を向いて倒れこむ田守川の姿を焼け焦げた瞳の奥から見届けた私は、やはりこのサークルは辞められないと改めて思うのであった。

(おしまい?)


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