『聖包ミステリー研究会』(前編) [戻る]
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「学校の七不思議」、この言葉を聞いたことがない人などまず居ないだろう。
日本国内、学校・学園は数多くあれど「不思議」と言われる現象はどこにもほぼ必ず存在する。
そしてここ、聖包学園においてもそれは例外ではない・・・・

その部屋は学園内にあるにもかかわらず学び舎たる雰囲気を一切感じさせるものが一切存在しなかった。
窓や壁は全て暗幕で厚く覆われその肌を現さず、床は血を想わせるような赤黒い絨毯が敷き詰められている。
備え付けの蛍光灯はわざわざ取り外されており、明かりは部屋の隅の燭台・・を模した照明器具で採られており室内は非常に薄暗い。
部屋の中央にはアンティーク調の小さなテーブルが置かれ、その入り口側と奥側にそれぞれ一つずつテーブルとはアンバランスいに大きく趣味の悪い装飾の安楽椅子が置かれていた。
奥側の椅子には未だ九月も初旬だと言うのに全身に暑そうなフード付のローブをすっぽり被った人物が腰掛け、一人黙々とテーブルにタロットを並べている。

一見して占いの館に見えるこここそが聖包学園高等部の部室棟の一角、「聖包ミステリー研究会」の部室である。
無論、この部屋の状態からも分かるようにここで言うミステリーとは推理小説ではなく超常・心霊・怪奇現象を指す。
普段は部員以外の出入りなど全く無いこの部屋に今日は珍しく来客があった。

ガラガラ・・というドアの音と共に廊下の窓から太陽の明かりが部屋に差し込む。
明かりも遮られ時計も見えないここでは時間間隔はすっかり鈍ってしまう、いつの間にか日はもう沈みかけていたようでその光はオレンジ色に染まっていた。
そしてその明かりの中に伸びる一つの影があった。

「ようこそ、お待ちしてました。貴方の来訪は既に占いで予見済みでした故」
部屋の中央の人物はフードで顔が隠れているものの、芝居がかったその声は明らかに女子生徒(いわゆる着ぐるみ生徒)のものだと分かる。
「あの~『オカ研』というのはここでいいすか?」
来客は男子生徒のようだった。
「『オカ研』ではありません。『聖包ミステリー研究会』です」

男子生徒がここを「オカ研」と呼ぶのも無理はなかろう。
何故ならば学園内で「ミス研」(=ミステリー研究部)といえば通常は別にある「ミステリー小説研究部」を指すのだ。
偏差値の非常に高い聖包学園内の通称「ミス研」は数々の推理小説コンクールで賞を獲得する優秀かつ知名度の非常に高い部だった。
それに対しここ「聖包ミステリー研究会」は活躍どころか存在の認知すら怪しい弱小サークルであった故、一般生徒は区別するためにこちらを「オカ研」(=オカルト研究会)と呼んだ。
その「オカ研」が何故「ミステリー研究会」を自称し続けるのかと言うと、それは「ミス研」よりもこちらのほうが先に存在し先にその名を名乗ってたという小さな意地とプライド故に他ならない。

「あ、それそれ、失礼しました。
俺、一年の田守川 淳二(たもりがわ じゅんじ)って言います。
実は『オカ研』の会長さんに相談したいことがありまして・・」
田守川と名乗った男は大して恐縮してるとは思えない態度で失礼を述べると、またもや盛大に名称を間違えた。

「コホン、・・『聖包ミステリー研究会』です。
田守川さん・・・なるほど、占いにあった通り強いオーラを感じる方ですね。恐らくこれは貴方自身だけでなく遠く離れたご兄弟からもオーラの加護を・・・」
「あ、俺一人っ子す。
『淳二』って名前は親が応援していた野球選手から取ったんだそうで・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・(汗
あの、そこ座ってもいいすか?」
「どうぞ、お掛けください」

噛合わないやり取りの後、田守川は座り辛そうに腰を下ろす。
田守川は眼鏡をかけた小柄な男子生徒だった。
扉が閉じられた部室内は再び薄暗い闇に覆われた。

「聖包ミステリー研究会」はサークルなので本来この棟に部室を割り当てられてはいない筈だ。
だが代々少人数ながらもその歴史の古さ故、以前よりここを使用していたという既成事実を楯に代々なし崩し的にこの部屋を占拠してきたのだと一部の生徒からは噂されている。

「いや~、しかし『オカ研』っていつも部屋に居るのは一人きりだって噂、本当だったんすね~」
「殆ど幽霊会員ばかりなもので。『聖包ミステリー研究会』だけに」
「・・・・・・・(汗」
「・・・・・・・
申し遅れました。わたくし『聖包ミステリー研究会』会長の黒降 虹(くろおり あいりす)と申します」

名乗ると同時に黒降と名乗った女子生徒は被っていたフードを下ろした。
「フハッ!?」
その顔を見た途端、田守川は妙な叫び声を上げながらびくりと驚き、がたっと後ろに身じろいだ。
首筋に冷や汗がぶわっと吹き出て流れ落ちていくのが見える。

「どうかなさいましたか?」
彼の突然の反応に黒降が心配そうに声をかける。
「あ、いえ、大丈夫す。
かか、会長の顔見た途端にこの間の恐怖体験を思い出しちゃいまして」
姿勢を直した田守川は大丈夫と答えたものの、その口調は明らかに激しい動揺を示していた。
「まぁ、わたくしの顔ってそんなに怖いですか?」

黒降 虹・・・もちろんこれはこの生徒の本名ではなく「女子生徒」としての設定としての名であろう。
その顔はいわゆるアニメ調の造型が多いここ聖包学園の女子生徒には珍しく、フランス人形・アンティークドールをモチーフとした非常に人形チックなものであった。
くりっと大きな目と綺麗なカールのかかったシルバーブロンドヘアーが特徴的だ。
羽織っているローブもゴスロリ風の意匠が散りばめられており、このまま全く動かなければ人が入っていない巨大な人形にしか見えないであろう。
確かにこの暗い室内でいきなりそんな人形を目の前にすると一瞬驚くかもしれないが、多くの人・・それも着ぐるみを見慣れた聖包学園の生徒にとってはそれは恐怖ではなく魅了の対象であった。

「あ、す、すみません。」
黒降の声に田守川はようやく平静を取り戻すと、先ほどの恐怖の元となった体験について語りだした。
「実は相談していって言ったのもその恐怖体験についてなんすよ。
『オカ研』の会長さんなら興味もってもらえますよね?
実は・・・」



田守川の恐怖体験とやらはこの夏休み中に起きた出来事らしかった、さらにその発端は夏休み直前にまで遡る。
田守川の所属する一年のクラスはその頃、一つの噂で持ちきりであった。
その噂とは「聖包学園の七不思議」についてのものである。

この季節になるとそういったオカルトな話題で盛り上がりたくなるのは若者の常であろう。
その内容もどこぞの銅像が夜中に動き出すだの池の上に立つ人影が目撃されただのというごくごくありふれた類のものばかりである。
その中の一つに『第四女子寮跡に女子生徒の霊が現れる』というものもあった。

第四女子寮・・・それは元々は学内に数多く点在する女子寮の一つであったが、学園の裏山に位置するその建物は学園創立後間も無く使われなくなったという。
学園創立後間も無くと言ってもそんなに過去の話ではない、そもそもこの聖包学園はまだまだ歴史が浅く、使われなくなった時期はどう古く見積もっても10年前そこらの話である。
では何故当時、まだ建てられて間もない第四女子寮が使われなくなったのか・・・?

代々学生の間でさまざまな憶測が飛び交ってきたが、最も有名な説は『当時、男子生徒のいじめに悩んだ女子生徒が寮内で焼身自殺をした』というものである。
当時はまだ今ほど男性生徒・女性生徒共に対しメンタルケアが充実してなかった故に起きた事故だと言われている。
その女子生徒は着ぐるみ姿のまま自らに火を放ち、その後発見された遺体はそれはもう焼け焦げて無残なものだったらしい。
しかもその事件の後、その生徒の霊が夜な夜な寮内に出没するようになり他の生徒の転居も相次ぎ、かくして第四女子寮は建てられて間も無くして廃墟になったのだという。

その出来事を語る痕跡は今はもう何も残されていない。
閉館後、第四女子寮近辺一帯は立ち入り禁止区域として封鎖されており、当時を知るであろう教員もその事については硬く口を閉ざすばかりなのである。
しかし今でも時たま立ち入り禁止のはずのその地帯に人影を見たという目撃例は後を絶たない。

「謎」や「恐怖」、「やってはいけない事」に若者が惹かれるのは世の常である。
多くの生徒にとっては着ぐるみの生徒のことのほうが興味の対象である聖包学園においても毎年僅かながらその謎に挑もうとする挑戦者は存在した。
田守川もまたその一人だったのである。

恐らく振るわなかった一学期末のテストの鬱憤や夏特有の開放感も手伝ったのだろう。
田守川は夏休みに入るとすぐに第四女子寮跡への探索活動を開始した。
だが彼が当初思っていた以上にその活動は難航したのだった。

遠くから見ればただの山陰にぽつんとあるだけの第四女子寮跡。
だがいざ近づこうと封鎖バリケード内に進入してみると山の木々に隠された急流や崖が複雑に絡み合い、一向に近づくことができないのだ。
だが田守川は好奇心故か執念故か日々ルートを詰め続け、探索開始から一週間後にようやく第四女子寮の扉の前に立ったのだ。

何年間も使われていない第四女子寮・・・
だが近くで見るその外観は決して朽ちた趣はなく、むしろつい昨日まで人が出入りしていたと聞いても違和感の無いものであった。
だが扉や窓は硬く閉ざされ、カーテンの隙間を覗き込むも全く人の気配はしない。
その日は何とか中に入れないものかと進入経路を探ったのだが結局それ以上の探索の手がかりは見つからなかったという。
だが全く不毛ながらも苦労の末困難を乗り越えたという経験は田守川に少なからずの達成感を与え、いずれは仲間を募り全ての七不思議を解き明かしてやろうという新たな目標まで設定しつつその日はそこを後にした。

田守川のこの夏の日の冒険はそれで終わりを向かえる・・・筈であった。

それから少し時は経ちお盆前のある日。
その日、部の一年先輩である君嶋エリカが男子寮の田守川部屋にやってきた。それも女子生徒をもう一人連れ立って。
女子生徒が家庭教師などの理由で男子寮にやってくること自体はそこまで珍しいことでもないが、大抵いつも他の男子からの注目の的になるものだ。
しかも来たのは後輩から絶大な人気を誇る君嶋エリカ先輩、さらにもう一人も見慣れない個性的な顔ではあったがかなりの美人だ。
普段ならばかなり注目されていいものだと思うが、不意な来客に出迎えた扉の向こう側は静まり返っており人気(ひとけ)がない。
しかもやってきた時間が夜の10時、普通ならば寮長に門限で追い返されても仕方のない時間である。
なのに二人はそのお咎めを受けたようにも見受けられず、そのことに田守川はうっすらとした違和感を感じずには居られなかった。
だが多少不審な点があろうと君嶋先輩がわざわざ足を運んでもらえるなんてことはそうそうあるものではない。
田守川は二人を喜んで部屋に招き入れた。

君島先輩に連れられてきた女子生徒は名を殿真 御子(とのま みこ)と名乗った。
勿論、「女子生徒」としての名前であろう。
その顔はいわゆるアニメ調の造型が多いここ聖包学園の女子生徒には珍しく、日本人形・アンティークドールをモチーフとした非常に人形チックなものであった。
くりっと大きな目とストレート綺麗に切りそろえられた黒髪が特徴的だ。
もし着物を羽織り、そのまま全く動かなければ人が入っていない巨大な人形にしか見えないであろう。

君島先輩の説明によると殿真さんは君島先輩と同じ2年生で、次の2学期から晴れて女子生徒としての学園生活を送れる立場にあるらしく今はそれに向けての特訓中なのだという。
そして入学当初から女子生徒経験のある君島先輩がそのコーチ役として夏休みの間指導についているらしい。
先輩の用件はその特訓の一環として一学年下の田守川の家庭教師役を数日間彼女に勤めさせてほしいというものであった。
いきなりの話に田守川は面食らったものの、先日の冒険以降気が抜けてしまい勉強もせずただダラダラと夏休みを過ごしてきた彼にとってこれは願ってもないことであり、あっさりと承諾をすることになる。

その日から殿真さんの家庭教師を受けることになった田守川。
彼女は女子生徒の試験に合格したばかりだというが教え方は非常に的を射ていて上手く、田守川ともすぐに打ち解けることとなる。
ただ少し妙に感じることがあった。
二日目以降は殿真さんがいつも一人でやってきて一人で帰っていくのだが、その時間が非常に遅いのだ。
大体いつも夜10時ごろにやってきて、夜中1時から2時ごろに帰っていく。
昼には別の特訓があり夜の空き時間に家庭教師特訓をやっていると初日の君島先輩の説明にもあったのだが、流石に門限は過ぎてるであろうに問題は無いのだろうか?

また、殿真さんの着ている制服は妙にくたびれているように見えた。
決して汚いというわけではないがどこと無く古ぼけた印象を受けるのだ。
いや、更によく見ないと分からないのだが着ぐるみ本体にも細かいこすれ痕のようなものがあり、出来上がったばかりの着ぐるみとしては少々妙だった。
これについて尋ねたところ、「まだ練習期間なので自分用のものが出来上がってないの。この体は卒業生のお古を借りてるだけ」と答えたという。

更に殿真さんの手に触れてわかった事なのだが彼女は殆ど体温がなく死人のように冷たい体をしている。
これについても本人に尋ねたところ、どうやらほかの女子生徒とは違い特訓用に断熱機能の非常に高いインナーを使っているからという答えが帰ってきたという。
夏とはいえ夜中、それもクーラーの効いた室内では特訓としての効果が薄いため、断熱インナーで着ぐるみの熱を閉じ込めてあえて中を蒸し風呂状態にしているのだそうだ。

つい目の前に居る着ぐるみの中がこのクーラーの効いた室内からそんなに遠い空間だったとは・・と彼は感じたという。
そのインナーの秘密は田守川にとっても非常にそそる話だったようだ。
そして二人きりで何日も過ごした親密さも手伝い、家庭教師の期間最終日に田守川は着ぐるみの中を見せてもらえないかと彼女に持ちかけることになる。
殿真さんの答えは「うん、いいよ。ただし今日はもう中がグチョグチョで流石に恥ずかしいから・・・明日私の部屋でなら」というものであった。

彼女の答えに田守川は驚く。
「男子生徒は女子生徒の寮へ入ることは許されない」それは聖包学園の生徒にとっては知らぬものの無い絶対的な掟である。
だが殿真さんの説明によると練習期間中の女子生徒の着ぐるみは自分の部屋以外で脱ぐとその事が学園側に伝わるようになっているらしく、自分の部屋以外でこっそり脱ぐのは不可能なのだそうだ。
練習期間中に緊急事態が起きた場合、それを学園側が素早く察知するための処置なのだという。
また、同じようなあい引き行為を他の女子生徒がやってるのを彼女自身も見逃しており、殿真さんの寮に限っては男子生徒の侵入を見逃すのが暗黙の了解なのだとも教えられた。
田守川とて女子寮に興味が無いわけではない、説明を受けた彼はこれはチャンスとばかりその案に乗るのであった。

翌日の夜更け、人気(ひとけ)のない学校の裏山近くで二人は落ち会うことになる。
いざ揚々と寮に向かおうとする彼だったが殿真さんからは意外なことに目隠しを手渡された。
なんでも寮までの道順を覚えられると困るらしい。
田守川は寮への道なんて後から調べても見つけられるものだし意味はないと軽く抗議はしたものの、ここで揉めて千載一遇のチャンスをふいにするわけにはいかず、渋々ながらもそれに従うことにした。

目隠しをした田守川は殿間さんの死人のように冷たい手に導かれ複雑な道筋を行く。
その道筋は予想外に長く「流石に一度休もう」と提案しかけたその時、「着いたよ」と殿真さんから声かけられた。
目隠しを取ったその場所は彼にとって見覚えのある場所であった。


そこは先日も訪れた第四女子寮跡だったのである。


真夜中に訪れたそこは以前昼間に訪れたときよりも建物自体が異様な威圧感を持って感じられたと田守川は言う。
寮の入り口や窓、そして建物周辺にも明かりは灯っていない、だが暗い中で目を凝らして表札を確認するが確かにそこには「聖包学園 第四女子寮」の文字が見て取れたそうだ。

どういうことなのかと問いただそうとしたが気づいたら傍らに居た筈の殿真さんの姿がない。
いつの間にか彼女は遥か前方、玄関ドアの前に立っていた。
彼女がドアに手をかけると先日はビクともしなかったドアはギギギギと重い音を立てて開く。
そしてそのままこちらに振り返ることなくその奥の闇の中に姿を消したのだという。

田守川は一瞬怖気づいたものの、このままでは埒が明かないと意を決して歩みを進めることにする。

勇気を絞って覗き込んだ館の中は外以上に真っ暗だった。玄関以外からは星明りも入ってこない。
中は冷房が効きすぎているのかひんやりとした寒気がドアの中から流れ出て田守川の首筋を伝う。
目を凝らしているうちに段々と闇に目が慣れていき玄関ホールの輪郭が少しずつ浮かび上がってきた。
そこは彼の暮らす男子寮の玄関ホールとは全く違っている。
建築様式こそ同じなものの・・一言で言えば「ものが無い」。
玄関だというのに靴箱には靴も無く傘立てすらも無い、ホールにも観葉植物どころか掃除用具のロッカーといった生活に必要と思われるものも含め一切が無かった。

ただぽつんと一足だけ、寮の中に向けてスリッパが揃えられている。
入って来い・・ということだろうか?

その時、上階への階段の踊り場に殿真さんの姿が見えた。
先ほど彼女が中に踏み込んでから少し時間が経ってしまったので見失ったかと心配したのだが、どうやらそこで待っていてくれたようだ。
少し安心した田守川はスリッパに履き替え彼女を追いかけようとする・・・が彼女はその姿に一瞥もくれることなくその先の階段の影に消えていった。

そこからは田守川が角まで追いかけると殿真さんがまたその先の角に消え・・・の繰り返しだったという。
どういう意図だったのかは分からないが彼女はそうして田守川を寮の奥へ奥へと導いていったのだ。
途中、明かりを探ったが廊下の電気のスイッチはどれもこれも反応しなかったらしい。
殿真さんの影を追いかけるうちに今自分が何階にいるのか、入り口がどちら側だったのかも分からなくなっていた。
とはいえ所詮寮の中、それほどの移動距離があったとは思えない。
だがいきなりの出来事による不安と混乱からか次第に足はもつれ空回りし、ついには膝を地面についてしまう。

訳が分からないがこの状況は確かにおかしい・・・言いようの無い恐怖から嗚咽がこみ上げてきた。
地面に手を着き大きく息をする、冷静に考えれば何もかもがおかしいこの状況・・・
そうだ、今からでも遅くは無い、ここで引き返すべきだ・・・・それしかない。
そう思い顔を上げたそのすぐ目の前に彼女が居た。

殿真さんは二人のすぐそばにあったドアを指差し言う。
「ようこそ、ここが私の部屋です。
・・・まだ帰られたりしませんよね?」

蛍光灯の明かりがこれほどまで心強いものだったとは。
田守川はそう感じたという。
部屋の中はこれといって何の変哲も無い・・・男子寮と比べて少々広めで小奇麗ではあるものの普通の部屋だった。

殿真さんに第四女子寮のことを問いただしたところ、他の女子寮が既に一杯になっているために新学期からの女子生徒用に急遽この第四女子寮があてがわれたという説明を受けた。
入居が始まって間もないのでまだ物も殆どそろってないらしい、がらんとした玄関ホールはそのためだという。
そして他の部屋はみな就寝済みなために彼女は気を使い、明かりつけずに部屋まで来たんだそうだ。
最近毎日のことだからと当然のように。
廊下の電気のスイッチが反応しなかった事については彼女も心当たりは無いという。
だが、古い寮を急遽住めるようにしたために未だ電力供給が安定してないのかもしれないと付け加えられた。

説明を受けられたことに安心し、田守川はようやく人心地つけたと感じたという。
真夜中の女子寮は非常に静かだった。
テレビでもつけようかとリモコンを勝手に入れたのだが思ったがまだ線が繋がって無いらしく砂嵐しか映らなかったのですぐに消した。
会話が途切れる度に部屋は深い静寂に包まれた、何故か昨日までのように自然に会話が続かない。
恐らくここに来た目的を田守川が再び意識しだしたせいだろう。
ようやく殿真さんの中身が見れるのだ。
いざ中身を見てどうしようというわけでも無いのだが、数日間こちらだけが「見られる状況」かだったのでその状況から脱出したり彼女の言う特殊なスーツ見ることにはやはり関心があった。
いや、邪魔物の居ないこの状況だ、折角ならば脱ぐ前に一遊びして・・・
なんて思案をめぐらせてると殿間さんより「ずいぶん汗をかいたみたいで汗臭いからシャワーでも浴びてきたら?」と提案を受ける。

女子寮のバスルームは男子寮のそれに比べ大きかった。
女子生徒は着ぐるみの中でほぼ一日中過ごすだけにやはりお風呂には重点を置いて設計されているのだろう。
特に浴槽は非常に大きい、人が寝そべっても丸々上下があまるほどだ。
こんな浴槽に毎日つかれるのは非常に気持ちのいいことであろう、こんな浴室が各部屋に備えられてるとは女子生徒の特権だなと改めて羨ましく思った。

これほど大きい浴槽なら大の大人でも3人ほど余裕で並んで入れそうだ。
どうせなら殿真さんも一緒に入浴に誘えば良かったのかもと一瞬よからぬことを考えたが、よくよく考えれば彼女は着ぐるみなのでそのまま入れば股間の呼吸口が塞がって窒息してしまうなと思い直す。

浴槽には水が張られていたもののこちらはまだ沸いてはおらず冷たかった。
真夏とはいえ寮内はいやにひんやりと冷房が効いているので流石に水風呂の気分ではない。
何より今は折角女子寮に来てるのだ、お風呂もいいが時間がもったいないので田守川は大人しくシャワーで済ませることにした。
だがシャンプーの途中、ふと先ほどの殿真さんの言葉が頭をよぎった。

「汗臭いから」

彼女は確かにそう言った。
確かに大量の汗をかいた田守川は今汗臭いだろう。
だが殿真さんは今非常に蒸れる断熱スーツと着ぐるみの中に居るのである。
当然中は常に汗と湿気にまみれた空間のはずだ、なのに何故スーツの外にいる田守川のことを「汗臭い」と言ったのか?
仮に田守川の見た目からそれが見て取れたとして、何故そのようなことを言ったのか?


バツン!


田代川の考えを遮るように辺りが急に闇に染まる。
停電だろうか?そう言えばこの寮は電力供給が安定して無いと殿真さんも言っていた。
今日は本当に災難続きだ・・・そんなことを思ってるうちに電気は数秒で回復した。

が・・・・何だろう?何かいる。

明かりの戻ったバスルーム内だが明らかな違和感があった。
乳白色にほぼ一色で染まったその一室に全く違う赤黒い色が混じってる。
水面の奥、先ほどまでは何も無かった筈の浴槽の底に。

シャンプーが目に流れ込んできて目が痛いが、それでもその物体からは目を逸らせずにいた。
それは明らかにうごめいてる、そして「人の形」をしている。
不意にどす黒い両手が水面から伸び、浴槽をつかむ。
そして水の中からゆっくりと立ち上がったそれは聖包学園の生徒が着込む着ぐるみやインナースーツに非常によく似ており全く似ていなかった。

それは無機質で女性らしく美しいボディラインを持ち
全身赤黒く焼け爛れた人形だった。


「うわわぁぁぁぁぁぁぁ!!」
バツン!


田守川の叫び声と共に再び電気が消え、また数秒経って電気が戻る。
狂ったように出口を探していた田代川は背後の気配の変化に恐る恐る振り向く。
浴槽には揺れる水面が残るばかりで赤黒い人影は綺麗さっぱり消えていた。

風呂場から飛び出た田守川は全身を拭くのも着るべきものを着るのも忘れ殿真さんの元に転がり込んだ。
心なしか先ほどよりも蛍光灯の明かりが頼りない。

「どうされました?そんなに慌てて」
テーブル脇の椅子に腰掛けた彼女はそんな田守川を一瞥もせずに尋ねた。
何故かその姿は先ほどまでと違い田守川と同じく一糸纏わぬ姿だ、もっとも全身を着ぐるみに覆われてはいるので全裸と呼べるのかは疑問だが・・。
だが錯乱した田守川はそれに構うどころではない。
「ででで、出たんすよ幽霊が。女子学生の・・・」
「まぁ」
彼女の返事は何のこともないといった雰囲気のものだった。
「『まぁ』じゃないすよ、今現に・・!」
「・・その幽霊ってもしかして・・・」

不意に殿真さんが立ち上がると、その体に異変が起きる。

その皮膚から緑色の炎が立ち上がったのだ。
炎は一瞬で彼女の体を包み込んだ。
いきなりのことで最早訳が分からない田守川の前で彼女の(着ぐるみの)皮膚は見る見るうちに爛れていき髪の毛はどんどん抜け落ちていき、その姿を大きく変えていったという。
「こんな姿じゃなかったですか?」

得体の知れない炎に焼き尽くされた彼女の姿は先ほど風呂場で見かけた人形まさにそれそのものであった。



田守川がこの夏に出遭ったという恐怖体験。
その話は確かに他の人間にとってはにわかには信じられないものであろう。

だが私は知っていた、それは実際に起きた出来事だということを。
何故ならば・・・

(続く)


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