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「ガイド、ですか…?」
ふたりの人物がテーブルを挟んで向かい合い、革張りのソファーに座っている。ひとりは背広姿の男性。もうひとりの、いま質問した方はラフな服装をしていて、豪勢な応接室に居心地悪そうにしている。
問いかけに自信満々といったようすでうなずく背広の男。ネクタイこそしていないが小綺麗な着こなしである。彼はドールアイズを企画立案したという、あの篠田という人物だった。篠田はギラギラした目で相手を見すえながら話す。
「あのスーツは、果ててしまうギリギリで快楽をコントロールして着用者を責め続ける。そうして極限まで高まっていてこそ、匂い立つような色気のあるアイドルになれる」
「はあ」と腑に落ちない具合の相槌。
「ドールアイズのメンバーとして訓練に参加して、それとなく他の2名にスーツの気持ちよさを刷り込む『ガイド』になってもらいたいんだ」
篠田の姿勢がだんだん前のめりになる。
「彼らがスーツの虜なるように仕向ける。本当の女の子でも出せないほどの妖艶さを、君がうまく立ち回って、ほとばしるくらいにしてやってくれないか」
「ふーん、なるほどねえ。それ、楽しそうだから手伝いますよ」
やってくれるか。篠田は満ち足りた笑顔になる。それから「君の着るスーツも、快楽攻責めの強度はほかの子のと同じだからね」と付け加えるのだった。
「まったくあなたという人は…」と言って部屋をあとにする背中を見送りながら、篠田はまんざらでもない表情をしているのだった。明るい窓の外に広い新緑の庭が広がっているのが見える。ここはあの保養所。アイドル養成合宿がはじまる1ヶ月前のひと幕である。
けたたましいアラーム音で僕は目を覚ましました。そこはいつもと違う部屋。ほんの一瞬、自分の状況がどんなだか思い出すのに苦労します。そうだ、ドールアイズの訓練初日、夜はヒナちゃんの部屋へ遊びに行って、フラフラで戻ったあとすぐに寝てしまったんだっけ。
不思議なのはスーツを脱がずカエデの姿のまま倒れこんだのに僕はいま生身でベッドの上にいるということ。ベッドのそばのチェストには、きれいに整えられた2枚の着ぐるみスーツと衣装が置かれています。
僕が眠りについたあとで誰かが部屋へ入ってきて脱がせたのでしょう。あの可愛いカエデの中身が、僕だということを見られてしまうなんて。なんとも言えない恥ずかしさがこみ上げてきます。
ドールアイズ関係者のうちの何人が中で演じている人の性別を知っているのかは分かりません。トップシークレットのはずですから、きっととても少ないのだと思います。ぐーぐー寝ていた僕の世話をしたのは誰だったのでしょうか。ひと目でカエデのファンになったと声をかけてくれたサポートスタッフの彼だったらどうしよう。なんだ男かよって、ファンではなくなってしまうのではないでしょうか。
これから会う人たちとどう接したらいいのか、自信がなくなってきました。けれど朝の集合まで時間がありません。しかたなく銀色のインナースーツを手にとります。股を通すとき、あの刺激が1日じゅう続くんだよなあと頭をよぎり、何もしていないのに大きくなってしまいました。それ以外はすんなり準備を終え、僕の姿が消え去るのと入れ替わりに人形のように美しい裸の少女があらわれるのです。
フリルたっぷりの、色だけは、昨日とちがって薄ピンクの下着を身につけます。ブラに収めるためにおっぱいを持ち上げると、指先で優しく触られるようなゾクリと悩ましい感覚が上半身の肌をなぞります。どうやら、スーツへの刺激を官能的なソフトタッチとして内部に伝える仕掛けがあるみたいです。
洋服はまたしてもセーラー風の紺色ワンピース。連日同じ服を着ているのは普通ちょっとありえないですが、これがカエデというキャラクターの基本コスチュームということなのでしょう。カエデは鏡の前に立って両手をにぎり、ぎゅっと顔の前へ持ってきて、頑張るぞのポーズをします。いろいろ不安もあるけど今日もやりきろう!
と、勢いよく部屋を出たものの、スーツによる局部への甘い刺激は相変わらずで、集合場所の1階食堂へ向かうのもひと苦労です。ヨロヨロ手をついてやっと歩いていた昨日に比べればマシで、ゆっくりだけどまっすぐ歩けるようにはなりました。廊下を少し進むと脇のドアが開いてリッコちゃんが出てきます。
おはよう、と手をふる僕の姿をみとめると、ピクッと反応して丁寧にお辞儀します。だめだめ、それじゃあギャルじゃなくて優等生のお嬢様だよ。僕は人差し指をチチチ…とかざします。リッコちゃんはまたピクリとしてから、今度こそはダルそうな感じで手をひらひらさせました。
わあ、ユルい『おはょ~』って感じ出せてるよ、リッコちゃんえらい!僕はそんな気持ちを伝えたくて、彼女に抱きつきます。腰に回した腕に伝わる柔らかな感触。あそこへの直接的な刺激とは違いますが、これはこれで、別な種類の興奮をかき立てます。
リッコちゃんてムチムチしてて可愛いわあ…なんて、これじゃあカエデがレズのお姉さんみたい。まだ「中身さん」とは言葉を交わしたことすらありませんが、彼女との距離がぐっと縮まった気がします。ふたりは並んでエレベーターに乗り、食堂へたどり着きました。
食堂ではサポートスタッフの人たちとヒナちゃんがすでに待機しています。ヒナちゃんは昨日と同じように置かれた3つの椅子の、昨日と同じ場所へ座って足をプラプラさせています。
スタッフさんの列には、熱い気持ちを披露してくれた田辺くんもいます。椅子に腰かけるときチラと視線を向けると、はにかみながら、気づかれないよう小さく手をふってくれました。カエデのスーツを脱がせて中にいる僕を見てしまったのは彼じゃなさそう。よかったあ。
ほどなくして篠田さんが食堂に入ってきます。サポートスタッフの皆さんの元気の良い挨拶の声。僕らもつられてサッと立ち上がり気をつけします。彼は堅苦しいのは無しだよと照れ笑いでメンバーの正面へ立ちます。
「やあやあ皆さんおはよう。早速でなんだが、実は、今日からすぐにカリキュラムがあるという訳ではないんだよね」
びっしり続くレッスン漬けの日々を想像していたので、なんだか拍子抜けです。お互いに顔を見合わせているようすから、サポートスタッフのみんなも知らなかったみたいです。
「ここしばらくは、スーツを着た状態に慣れてもらうことがドールアイズにとって最優先事項だ。これという訓練こそ無いが、長い時間を脱がずに過ごして、しかも自然に振る舞うということをしていってもらいたい」
たったそれだけかあ、なんて思う僕。でも、これがとんでもなく大変な指示だったことを今はまだ予想できなかったのでした。
「それから、僕が指定したサポートスタッフの3名は今後それぞれのメンバーの付き人として、常に彼女らと行動を共にしてもらう」
その3人は偶然なのか、昨日僕らを部屋へ送り届けた面々でした。当然、カエデの付き人は田辺くんということになります。隣に立った彼に握手を差し出すと赤面しながら力強く握り返してくれました。相変わらずのまっすぐな態度に安心します。このまま上手く付き合っていけたらと思う反面、中身の秘密を隠したままであることが少し心苦しくもあるのでした。
篠田さんは僕らを見回しながら言って含めます。「誰からも好かれるのがアイドルのアイドルたる所以(ゆえん)だ。だから、はじめての身近な相手として、付き人と仲良くやっていってくれることを期待しているからね」
「ではこのあと1日じゅう自由行動にしよう。だが、まずは一旦部屋にもどって朝昼兼用の食事、ブランチというやつだな、を取るように」
各メンバーは付き人さんとペアになって食堂をあとにします。去り際にうしろ振り返れば、指名されなかったスタッフさんたちの顔が見えて、それはもう、うらめしさのオーラがどす黒く立ちのぼっているかのようでした。僕のせいじゃないけど、なんかゴメンね…
みんなそろってエレベーターを降りると、ヒナちゃんはホントの兄妹が仲良く手をつないでるみたいに、付き人さんと自分の部屋のある方へ去っていきました。振り向きながらバイバイ!ってしてくれて、それがまた骨抜きされちゃいそうに可愛いのです。
初日から不慣れな感じがしなくて、ヒナちゃんというキャラクターが架空のアニメの世界から飛び出してきたみたい。自分が何段階も下のレベルに取り残されているようで悔しいなあ。僕もカエデと一体になれるように気合いを入れていかなきゃいけませんね。
ところでリッコちゃんの方はといえば、ツンツンした雰囲気を演じようとソッポを向いて歩いていますが、足運びがなんとも頼りなく震えていて、スーツの快感に耐えきれていないのがバレバレなのでした。演技ではなく中の人の天然で、無理してワルぶってるけど実はイイ子…て感じがにじみ出ているのです。
あまりの愛しさに、飛びつくように勢いよくハグしちゃう僕。彼女はマスク越しのくぐもった(んンっっ?!)という、声にならない声をもらして腰くだけにしゃがみ込んでしまいます。いまの吐息、女の子みたいで可愛いっ!…じゃなくて、これって昨日の晩の僕と同じ、絶頂寸前でスーツに無理やり止められたんだ。悪いことしちゃったなあ。
顔をのぞきこんで大丈夫?と確認しつつ、ごめんねの気持ちで頭を優しくなでなで。少しムッとしたような態度で立ち上がったリッコちゃんでしたが、リッコというキャラクター本来のクールな表情が合わさって、そこにはドキッとする美しさがありました。
着ぐるみはいつだって同じ表情なのに、ちょっとした仕草や顔の角度でまったく違ったように見せられるのが面白いですよね。まあ僕は、中身の状況に反してキャラクターはニコニコいっぱいの笑顔、だから演者は元気に演じ続けなければいけない…というのも好きですけどねっ!
リッコちゃんたちと別れ、自分の部屋へ戻ってきた僕と田辺くん。テーブルにはすでに食事の用意がととのっていました。きつね色にトーストされた食パン。艶やかな黄色を輝かせている目玉焼き。それから、いろどりの美しいサラダ。コーヒーカップからは湯気が漂いのぼっていて、できたての美味しそうな香りがします。
…うそ。
カエデには匂いが分かりません。なぜって、空気は顔の高さよりずっと下の方、スカートの奥から来るのですから。おまけにアソコは下着の布でふさがっていて、吐く息の湿気がこもります。それがフィルターのはたらきをするのか、まるで袋の中で呼吸しているような、閉じこめられた感じがするのです。
そもそも、チューブの根元にあるゴムは口でくわえているんですから。むせるほど強烈な匂いのものを股下へ近づけたら、鼻と口はつながってますから伝わってくるかもしれません。でもそんなシチュエーション、まずあり得ないですよね。
食卓へ座るふたり。ひとり分の朝食。ううん、ちゃんとお人形さんの分、ビニールパックに満たされたゼリーも用意してあります。間近で見るとビタミン剤の色でしょうか、ほんのりと黄み帯びた水分の中に、白っぽい固形物が溶け混ざっているのが分かります。お粥をミキサーにかけてもっとサラサラに砕いてみた、そんな感じでしょうか。
部屋で食事と聞いた時点で予想はしてたけど、まさか目の前で見せつけられるなんてね。まあ、着ているときにモグモグ食べられるなんてハナから思っていないし平気なんだけど。正面に座っている田辺くんが申し訳なさそうに自分の膝を見つめてうつむいています
「あのオレ、我慢しますから!カエデさんが食べられないのに頂くなんて出来ませんから…」
別に君が悪いんじゃないよ。自分の意思でドールアイズに参加しているから、ちょっと意地悪されたくらい何ともないよ。というか少し嬉しいくらいかも。ま、それにね、カエデはお人形だからゴハンを食べなくても平気なんだ。君は知ってた?知らなかったでしょ。だから、さあさあ、遠慮なんかせずに召し上がれ。
…と言ったつもりで身ぶり手振りをしてみます。果たして通じたのか通じないのか、彼はかたくなに手をつけようとしません。仕方がないなあ。僕は立ち上がって、田辺くんの真横へ椅子を移動して、それから…
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