メイド☆ダウト「第3話」 [戻る]
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マヤ



 三方一両損みたいな結果で終わった仕事の説明は、琴音さんに暗い影を落としていた。
哲也はiメイドになるのが楽しみだったし、リールの中にいる沙由理さんは哲也に感謝の念を送っていた。とはいえ、今日のメインイベントというべきものはまだやっていない。琴音さんは気を取り直し、哲也に試着の説明を始めた。

「試着ですか?」
「はい。iメイドのスーツはオーダーメイドなので、哲也さんのサイズを知りたいんです」
「そういうことなら全然かまいませんよ」

 哲也は快諾してくれたので、琴音さんは早速メジャーを取り出すと身長や肩幅、手足の長さや太さを測り始めた。さすがにオーダーメイドというだけあり、採寸は細かく丁寧だ。それでも琴音さんの手際がいいのか、数十カ所もの採寸がわずか10分足らずで終了した。

「お疲れ様でした。これからサイズに近い衣装を探しますので、少々お待ちください」

 そう言って琴音さんは例のリモコンを手に取り、リールのいるケースに向かって「活動」と書かれたボタンを押す。すると人形が命を得たかのように、僅かに、ゆっくりとリールが動き始めた。

「へー」

 人形からiメイドに戻る様子を見て、哲也は感心したように声を漏らす。琴音さんの言いつけをきちんと守り、決して嫌な顔をしない。とても忠実だ。哲也はこれだけでもiメイドの価値が十分あるような気がした。リールは自分でケースの扉を開けけると、哲也達のもとに早足でやってきた。動きもすっかり戻っていて、間違いなく元気なリールの姿だ。

「このサイズに近いものを探してきてくれますか」

 琴音さんの頼み事に、リールは頷くとサイズの書かれた紙を受け取った。そして、メイド服の林ともいえるその場所へ分け入り、哲也に合う衣装を探し始めた。途中に何度か身動きが取れなくなり、そのたびにに琴音さんに救出されながらの大仕事だ。ただし、リールの方は当分かかりそうだったので、琴音さんはできる準備を進めておくことにした。

「これからiメイドの名前を決めます」
「名前…ですか?」

 琴音さんはエプロンのポケットから小さな箱を取り出した。箱を開けると、中にはひと束のトランプらしきカードが入っている。琴音さんはそれを哲也の目の前で扇状に広げて、1枚引くように言ってきた。

「カードにはiメイドの名前が書かれています。それを哲也さんに引いて頂きたいんです」
「自分で名前は決められないんですか?」
「ここにある名前のマスクはあらかじめ用意されています。iメイドの容姿や名前は予め決められていて変更はできないんです」
「そうですか…」

 落胆した面持ちで哲也は仕方なく1枚のカードを引いた。おそるおそる裏をめくると、そこには「マリス」という言葉が一言だけ書かれている。

「『マリス』ですね。では、そのカードを貸してください」

 琴音さんは哲也からカードを受け取ると、部屋の内線でマリスのマスクを手配した。間もなく1人のメイドさんが来て、マスクの入っている大きな荷物を届けにきた。

「中身を見ちゃダメですか?」
「ダメです。哲也さんが着替える時でないと中身はお見せできません」

 琴音さんは怒っている様子もなく、いたずらっぽい笑みを浮かべて要求を断る。哲也は琴音さんにじらされているような気がして、焦りにも喜びにも似た緊張が高まっていた。
 ちょうどその頃、リールが哲也達の元へ戻ってきた。もちろん、哲也に合うサイズと思われるメイド服を持っている。ひと目見た限りでは琴音さんと同じデザインのようだ。

「よく見ててくださいね」

 琴音さんはリールからメイド服を受け取って、背中のファスナーを下げると中の物を取り出した。中からは全身タイツのようなものが白と肌色の2着、下着類の入った袋が出てきた。

「まず始めに着るのがこの白いスーツです。『インナー』といいます。次に、肌色のスーツを着るのですが、こちらを『スキン』といいます。先ほども言いましたが、iメイドは構造が複雑です。そのため、『マスター』と呼ばれる人の補助を受けていただきます」
「インナーやスキンはなんとなく分かるんですが、マスターってなんですか?」
「マスターはiメイドの着替えをサポートする人物のことで、同時に直属の上司となる人物です。哲也さんにはリールがマスターとして付きますので覚えておいてください」
「わかりました」
 琴音さんは哲也の返事が確認できると、最寄りのロッカーのドアを開けて衣装を掛けた。さらに、ドアの裏側から名前のカードを差し込むと、ドアを閉めて哲也に言った。

「こちらが哲也さんのロッカーになります。覚えておいてください」

 琴音さんが離れたのを確認して、哲也がロッカーに近づく。「マリス」と書かれたドアを開けて中を確かめると、試着用に用意された衣装一式が哲也を待っていた。ロッカーの奥行きは思った以上にあり、中板や引き出しまで用意されていた。哲也は自分の荷物を中に入れると、名残惜しそうにドアを閉めた。

「そういえば、僕のマスターって誰がやるんですか?」
「沙由理さんですよ。外部の方は哲也さんが初採用なんです」
「でも、着替えを手伝うんですよね」
「インナーはご自分だけで着ていただきます。補助はその後ですね」

 琴音さんはさした驚きもなく淡々と語る。リールはモジモジしていて、やはり恥ずかしがっているようだ。琴音さんの冷静ぶりに驚くものの、哲也の質問で仮面ははがれた。

「琴音さんのマスターって誰がやるんですか?」

 琴音さんは下をうつむいて質問に答えない。上目遣いで哲也の様子を確認していると、何も言わず恥ずかしげに深く一礼した。そういうことらしい。

「えーっ!」
「えーっ!」
 琴音さんは依然として哲也を見ず、顔を真っ赤にしてモジモジしている。リールもうんうん頷いているので、間違いはないようだ。マスターに選ばれる基準が気になる哲也だったが、怖い答えを想像して質問をしなかった。
「えーっ!」  今日はとかく驚く日だと疲れの表情を見せる哲也。この先もまだ何かあるのかと思うと、ため息をつかずにはいられなかった。iメイドへの道のりは長い。


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