ボクとエリカ「第16回」 [戻る]
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まさかそんな!

 

 これを読んでいる皆さんも,ホビー21のデパート火災のニュースは覚えていると思う.刃物と灯油を持った男が売り場の一角に立てこもり,長時間の説得にもかかわらず男が灯油に火をつけ,従業員と犯人が焼死してしまったあの事件だ.

 ボクはその日もいつものように家へ帰ってきた.駅前あたりがなにやら騒がしいなということは感づいていたが,ホビー21で事件が起こっているということは帰ってから知った次第なのだ.

 イヤな予感がしたのは,帰ったときにエリカがいなかったときだ.昼間に外出することは時たまあるようだが,ボクが帰ってくる夕方の6時や7時ころには必ず家にいるのだ.しかし,今日に限ってエリカは家へ帰ってきていなかった.ボクはエリカを家中探してみたが,どこにもいなかった.エリカの服やスーツケースはいつものとおりにあるのだから,家出したということはないようだ.(だいいち,家出する理由がないよ.)エリカのいないマンションは暗く感じられた.ボクはオナカをすかせていたから,冷蔵庫を開けた.エリカが今晩のためにハンバーグを作りおきしてくれていることが分かった.でも,これを自分で暖めて食べてしまうのは,エリカに悪い気がした.ボクは缶ビールを取り出すと,これをあけながらテレビのスイッチを入れた.

 7時のニュースで,暗闇の中で燃えているビルが映し出されていた.なんか見たことあるな,くらいに思ってビールを一口飲んだ.リポーターの上ずった声が耳に入ってきた.「**駅前のデパート,ホビー21に立てこもった犯人がフロアに火をつけてから2時間がたちました.現在懸命の消火活動が行われています.なお,犯人および人質にされた従業員の救助もいまもなお続けられており,2名の生存者が確認された模様です.」

 ボクは思わず口にしたビールを噴き出してしまった.

 <<エッ>>

 ボクはテレビにかじりついた.でも番組のシメのニュースだったらしく,天気予報に変わってしまった.ボクは次々とチャンネルを変えた.いつもは見ているバラエティがものすごくくだらなく見えた.ニュースをやっているチャンネルはないのか.僕は全身の血が逆流するのを感じた.どうしてここにエリカがいないんだろう.エリカを探しに行かなきゃ.エリカはきっとなんかの都合で帰れなくなっているだけだ.

 ボクは慌ててジャンバーを羽織り,外に出た.駅前まで走りつづけた.<<エリカを探しに行かなきゃ>>そればかりをつぶやいていた.通りなれた駅までのまっすぐな道がぐにゃぐにゃに曲がっているように感じられた.まっすぐ走っているつもりだったが,2度よろけるように壁にぶつかってしまった.

 そのときはどこへ行けばエリカに会える,という算段はなかった.第一,ボクはホビー21にエリカがいるとき,どこにいるか知らない.控え室だって秘密の場所だし.

 もしかして,エリカはホビー21から避難してどこか外にいるんじゃないかという気がした.エリカは人形のままではボクの家へ帰らない.後をつけてこられると面倒だからだ.もし,ビルが火災になって,人形の格好のまま外へ避難したのなら,そのまま帰るに帰れなくなっていることだってありうると思った.ともかくホビー21へ行かなければいけないと思った.いつもよりも何倍も時間がかかったような気がした.

 通りなれた道を通ってホビー21の近くまで来た.ものすごいヤジ馬の人だかりができており,多分柵かなんかしてあるんだろう,あるところから先は誰も入れないようになっているようだ.ボクはヤジ馬をかき分けて前のほうに行こうとしたが,なかなか思うようにならない.仕方ないので遠巻きにホビー21を一周してみて,近づけるところを探すことにした.ビルの真中くらいの階から少し煙が出ているようなので,そこが火事には違いないが,実はどこが現場でどのくらい悲惨なことになっているかは分かりにくかった.一番の人だかりをよけるようにしてホビー21の南館の方へと回ってみた.そこは,野次馬こそ少なかったが,やはり建物の前に太いビニールテープが張り巡らせてあって,そこから先は建物に近づけないようになっていた.

 何分くらいそこにいたかは分からないが,そこにいても何も起きないし,状況は全く分からない.もちろんエリカを見つけることもできなかった.僕は家へ帰って,ニュースを聞いたほうがよいというふうに思った.

 気もそぞろに家へ戻った.もしや,エリカが行き違いに帰ってきているかもと期待したが,家の中はボクがあわてて出かけたときのままだった.もう一度ボクは家中を探してエリカがいないことを確かめた.「エリカああ!」家中で大声を出した.ちょっと涙が出てきた.僕はテレビをつけた.チャンネルを変えているうちに,ホビー21の火災について報道している局があった!!あった!

 ボクはかじりつくようにしてテレビの話に耳を傾けた.大まかな事件のあらすじはこんなふうだった.

 ボストンバッグを持った50台の男性がホビー21の3階のフロアの角にある鉄道模型コーナーに立ち寄った.オトコはいきなり刃物を取り出して,近くにいた客とそこにいた従業員とをショーウィンドウの奥へと押しやり,彼らを人質に取ったと騒ぎ始めた.男は社長との話し合いを要求しながら,かばんから小さなポリタンクを取り出した.

 ホビー21の支店長が慌てて現場に駆けつけ,オトコに落ち着くように話し掛けた.オトコは興奮したまま,ポリタンクの中身の液体を床に巻き始めた.そして人質にもその液体をかけて,身代金を要求した.においからポリタンクの中身は灯油らしいことが分かった.

 1時間ほど支店長とオトコとは押し問答を繰り返した末,人質のうち客を開放することで話し合いがついた.客の人質が逃げた後も,警察と支店長とが根気よく話し合いを続けていたが,そのうち,急に灯油に火がつき,オトコと人質の店員とは火に包まれた.交渉を続けながら脇で万が一に備えて消火器を持って待機していたスタッフが数名いたが、急に火がまわったため,ほとんど消火器は役に立たなかった.

 早急に消防が消火活動にあたった結果,30分ほどで火は消し止められた.被害にあった店員は7名,そのうち2名は意識不明の重態ながらもまだ生きており、病院に担ぎ込まれた.

 まあ,ざっとこんなふうだった.<<何をすればいいんだろう?>>ボクは顔を手で覆いながら懸命に考えた.どうしてエリカは帰ってこないんだろう.

 そうだ!ケータイ!もしかして連絡取れるかも.ボクはケータイをひっつかむとエリカにかけた.

 

 <おかけになった電話は電源を切っているか,または電波の届かないところにいます.>

 

 なんだとお!!くそっ,ケータイがダメならメールだ.メール,メール!

 「心配してます.連絡ください

 ****」

 

 送った!送ったぞ!返事は?はやくこいよ!

 

 ボクはケータイを汗びっしょりでつかみながら,もう一度テレビを見た.もうテレビで何を言っているのか聞こえなかった.一瞬,犯人に灯油をかけられたエリカが火だるまになってよろよろと火の海の中に倒れる映像を想像してしまった.

 「!わーーーーーーー!!」

 訳もわからず大声を上げてしまった.いや,そんなことはない.エリカは何かの理由で連絡が取れないだけなのだ.無事なのだと,自分に言い聞かせても、お人形の火だるまの強烈な映像が頭からかき消せなくなってしまった.

 

 「救出されたお二人の従業員の方のお名前を申し上げます.**市の@@@@さん.**市の????さん.このお二人は市立++病院へと運ばれました.」

 

 ふいにニュースの声が聞こえてきた.++病院だって?近いぞ.テロップを思わず見た.二人の生存者はどちらも男性だった.エリカの中の人は男性だ.どちらかがエリカかもしれない.でもどっちだ?ええい!分からなくとも,ここでじっとしていられるか!

 

 ボクはまたもや家を飛び出した.タクシーを拾い,++病院まで駆けつけた.夜になって病院は救急受付だけが開いていた.

 「ニュースで聞いたんですけど,ホビー21の火事でここにけが人が運び込まれたって聞いたんですけど?」

 「はい,確かにこの病院です.どちらのご家族ですか?」

 「は?えっと,えーしりあいっていうと・・・」

 「今,患者は重態です.ご家族のかた以外はお入れできません.」

 「は?ええっと,一緒に住んでるんだから,家族なんですけど.」

 「だから,どちらの方のですか?」

 「ええーと,なんていえばいいのかな.」

 ボクはエリカの中の人の本名を知らないのだ.なんていって説明すればいいんだろう.ものすごくもどかしかったが,説明することはできなかった.

 「報道の方もご遠慮願ってるんですよ.お引き取りください.いずれ,病院長より発表があると思います.」ボクが詰まっているのを見て受付の人はこう言ってきた.ボクは何も反論できなかった.ものすごく悔しかった.病院の壁を思いっきり蹴り飛ばしたが,痛かったのは自分の足のほうだった.すでにカメラマンや報道が駆けつけていた.ボクはトラブルに巻き込まれるような気がして,足早に家へ帰ることにした.

 

 エリカのいない家は真っ暗だった.ライトをつけても暗いのだ.ボクはテレビの火災報道を見つづけた.なにも新しい情報は入ってこなかった.ぶらりとボクは立ち上がった.何も考えずにキッチンへ行くと,冷蔵庫をあけた.そこには,タッパの中にはいったハンバーグがあった.エリカの手作りだ.ボクはおなかがすいたような気がしたのでそれをチンして食べようと思った.皿に冷たいハンバーグを移して,チンしているうちに,ボクの目は涙であふれた.つい,ほんのつい数時間前,この家で,まさにこの場所で,あのかわいらしい少女人形が,たしかにこのハンバーグをボクだけのために作っていたのだ.ボクだけのために,あのかわいらしい少女人形が作っていたのだ.その人形は今はいない.生きているかも分からない.生きていても会えるかどうかも分からない.ボクは電子レンジに突っ伏して声を上げて泣いた.大声で泣いた.

 どれだけ長い間そうしていたか,分からなかった.僕はキッチンにへたり込んで,そのまま寝てしまったらしい.時計を見た.夜中の3時半だった.

 <<しっかりしなちゃ,しっかりしなくちゃ!>>

 自分に呼びかけるようにして,ボクは立ち上がった.レンジの中のハンバーグは冷たくなっていた.ボクは力を振り絞ってもう一度それを暖めると,何もつけずにそれを食べた.何の味もしなかった.

 <<お酒を飲めばエリカが帰ってくるかもしれない>>

 ボクは冷蔵庫に冷やしてあるビールとカンチューハイをぜんぶ出した.そしてやみくもにそれを全部飲んだ.ぜんぜん味がしなかったし,ぜんぜん酔わなかった.

 

 まんじりともせずにボクは一夜を過ごした.事件は火曜日の夕方.水曜日の朝が訪れていた.僕は会社に電話をして病欠の届をした.

 

 <<エリカ・・・・>>

 

 (つづく)

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