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北山達がぐずぐずしている間に、ポーズリクエストタイムは終了したようだった。
しかし着ぐるみ達はまだその場から離れようとせず、何か用意をしている。
イエローは椅子に座ってサイン会を開き、レッドはその隣で握手会を始めた。他のスタッフはおらず、彼女達だけで全てこなしている。やがて、その場にいたアニメファンらしい子供達や数名の男が列に並びはじめた。
その光景を見ながら北山が皮肉るように言った。
「中に誰が入っているか分からんのに、サインなんかをもらって楽しいもんかね」
眼鏡を直しつつ東が反論する。
「でも、遊園地やデパートと違って無料みたいだぞ。それに何かプレゼントも配っているらしい」
「それなら、宣伝だとしても良心的かな」
結局着ぐるみの中身はあきらめ、話の種にサインをもらって帰る事にした。
二人が歩いていくと、サイン会には意外と人が集まっている。子供や男性客だけでなく、女性の姿もあった。
「へー。着ぐるんでいるのに、かなり上手いな」
サインをもらって帰る子供を横目に見て、東が感嘆の声を上げた。北山もうなずく。
おそらく着ぐるみの視界は無いに等しいのに、イエローはすらすらとサインを書いていく。横にはシンプルだが可愛らしいイラストもそえられていた。
それを一人一人に手渡し、列の消化を順調にこなしていく。
そしてついに東の順番になった。
着ぐるみは内蔵の汗を吸収しているだろうし、悪臭が鼻につくかと思ったが、少しも嫌な臭いはしない。振りかけているらしい柔らかな香水が東の鼻をくすぐる。
東の感想を聞いた北山は、それほど通気が良いのか、中に完全に汗を閉じ込めているかのどちらかだろうと思った。
二人の小声を聞いたか聞かなかったか、イエローが膝に置いていたホワイトボードを東に見せる。
そこには名前を問う文章が、女子高生のような可愛らしい文字で書かれていた。彼女達は設定では英語を公用語としているはずだが、これはさすがに仕方ないところだろう。
東はボードとペンを受け取って書き込むと、イエローはちらりと顔を向けただけですぐにサインを書き上げた。そして少し時間をかけてイエローの似顔絵……自画像と言うべきか……を簡単な絵柄で描き込んでいく。
一分ほどで書き終えたイエローは、にっこり微笑んで東にサイン色紙を渡した。もちろん着ぐるみが表情を変えるはずはないが、計算された面の角度とシチュエーション、そして上半身全体を使った演技で微笑んでいるように見える。
色紙を受け取った時、東はほとんど無意識のうちにイエローの手をなでた。黄色のエナメル手袋と、さらりとした肌タイツの感触が東の手に残った。
イエローは一瞬びくっと体を震わせたが、すぐに小さく拳を握って怒る真似をした。そのしぐさが可愛らしく、東は本当の女の子に対してのように謝った。
次に北山もイエローからサインをもらい、レッドに向けて手を伸ばす。レッドの握手は心なしか力強く感じた。
「さあ、話のネタもできたし、とっとと降りよう。そろそろ時間だぞ」
色紙をしまいながら北山が歩き出したが、東はその場から動こうとしなかった。その視線は、退席する着ぐるみ二人を追い続けている。
「おい、どうした」
「あのさ……俺やっぱり最後まで尾行してみるよ。ここまで来て帰るのも、なんかしゃくだしさ」
「約束はどうするんだよ」
怒気をはらんだ北山の声も、東には馬耳東風だった。
「おまえから言い訳しておいてくれ。後で礼はするから」
東は言い残して、離れていくイエローの後をこっそり追いかけていった。
レッドは、先ほどのイエローと同じように、売り場を歩く広告塔として歩き始めている。チームリーダーという設定だけあって、大きなお友達よりも子供達に人気があり、数人の小学生にまとわりつかれている。
子供らしい無邪気さからか、あるいはイタズラ心からか、時に子供達は着ぐるみの毛髪を後ろから引っぱったり、胸を触ったりしている。しかし声も出せず、立場上逃げる事もできないレッドは、身をよじりつつも仮面の笑顔を絶やさない。
もちろん今の北山にそれを見ている余裕はないが、待ち合わせ場所に行く気持ちと東を連れ戻す気持ちが衝突し、逆に動く事が出来なかった。
レッドは膝立ちで子供の頭をなでたり、一緒に記念撮影をしたりしつつ、北山の立つ場所から離れていった。
やがて北山は頭をかき、思わず小声で叫んだ。
「ええい、くそっ」
一声叫んだ北山は、東の消えた方向に見当をつけ、早歩きで探しはじめた。
待ち合わせ時間はすぎ、映画が始まるまで十分もないが、とにかく東を連れ帰る事を優先した。
北山が記憶している限り、東はさほど運動神経が良い方ではない。それに更衣室周りには警備くらいは存在するはずだろう。常識的に考えると、尾行しているのがばれないはずはない。
もし立入禁止場所に入ったりすれば、刑事事件とさえなりかねない。思えば、イエローが唐突にサイン会を始めたのも、尾行がばれていたからかもしれない。
北山の考えはどんどん悪い方へ向かっていった。
しかし不思議な事に、東を探せば探すほど方向感覚が判らなくなっていく。
ホビー21は着ぐるみ店員を除いては、普通の大型玩具店である。当然、欲しい物をすぐ探せるように計算され、棚や商品が配列してある。要所には店内地図もかかげてある。
だから迷子になる子供さえも、ほとんどいないのだが。
そしてあせった北山は、外国製大型玩具が並んだ棚を曲がった。
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