Doll Club(1)-「出会い」 [戻る]
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「あぁ、何かいい写真落ちてねぇかな」

 パソコンの前でため息をつきながら、隆は独り言を呟いた。
 和田隆、二十七歳。職業、コンピュータエンジニア。独身、一応彼女持ち。
 インターネットの世界で、石を投げれば当たるどこにでもいそうな若者である。ただし、通り一遍の若者とは隆はちょっと違っていた。
 「着ぐるみフェチ」なのである。
 具体的に書けば着ぐるみじゃないと興奮しないと言うか、着ぐるみであることに燃える人種である。ただし、着ぐるみだったら何でもいい訳でもない。見た目が可愛らしいいわゆる「美少女もの」でないと興奮しないのである。
 いつから目覚めたのかは本人もよく覚えていないが、自覚したのは女子高生が美少女戦士として戦うアニメが流行った頃に見た、着ぐるみショーではないかと本人は思っている。あの衣装の中では汗だくになって演じている人がいるんだろうな、と想像しただけで何かこう自分の中にむらむらとした感情がわき上がるのを隆は感じていた。
 もちろん、自分の考えが他人とは違う変態さんだとは薄々分かっていたので、周囲にもそんなことはおくびにも語らず、ただ悶々とした日々を過ごしていた。
 そんな隆に救世主が訪れた。
 インターネットである。
 着ぐるみの写真を扱っているウェブサイトをたまたま見つけたのが最後、着ぐるみ関係のサイトをぐるぐる回っているうちに、自分以外にも案外着ぐるみに興奮する人たちが世の中に存在することが分かってきた。みるみるうちにネットにはまっていく隆。とうとう睡眠時間を少しずつ削り、暇さえあればウェブ巡回をしチャットで仲間たちとのおしゃべりに興じた。
 ご多分に漏れず仲間の集いにも参加している。そこでは仲間たちが所有する着ぐるみを着てかわいいポーズを取っている。それを写真に撮ったり直接触れたり、たまにはちょっとエッチなことをしたりしながら楽しむのである。
 今まで、画面の中や舞台と観客席という隔たれた世界にしかいなかった着ぐるみを目の当たりにして、隆は興奮した。触れられなかったものが、手に届かなかったものが、今手の届く範囲にある。どんどん深淵へはまっていくのを感じていたが、そんなことは一向に構わなかった。むしろ積極的に着ぐるみの世界へはまっていく。
 とうとう自分でも面を手に入れ、自らも着ぐるみとなって楽しむようになってしまったのである。今までさんざん写真や実物を見てきただけあって、どんなポーズを取ればかわいく見え、相手にとってそそるポーズが取れるか隆は身体で知っていた。ウェブこそ開かなかったが、隆の扮する美少女着ぐるみは、仲間内の間ではかなり「かわいい」と評判であった。

 というわけで、すっかり着ぐるみ世界にどっぷり浸って、しかもそれが日に日に心地よくなっていく隆であった。
 そんな隆はいつものようにチャットに顔を出しウェブサーフィンに精を出す。チャットの会話がやや途切れ、メッセンジャーのやりとりも一段落したころ、前述の呟きを呟くのである。
 ふと、たまに覗く某巨大掲示板サイトを新しいブラウザのウィンドウで表示させた。「今晩のおかずからハッキングまで」と銘打たれた、文字通り日本最大級の掲示板である。もちろん、着ぐるみの話題にも事欠かない。
 慣れた手つきで着ぐるみ関係の掲示板へ辿り着いた隆は、とある書き込みに目が留まった。それは、多分普段なら流してしまうようなものだったが、その日は何故か気になった。
「DollClubって知ってる?(4)」

 「DollClub」。
 着ぐるみを愛好するものならその名を一度は耳にしたことのある、いわば「都市伝説」のような存在。
 着ぐるみ美少女を自分の好きなように着替えさせ、様々なプレイが出来るという、着ぐるみフェチにとっては夢のような風俗店、らしい。
 もちろん隆も話だけは聞いたことがある。しかし、「あるらしい」という話はたくさん聞くものの、「行ったことがある」という話を一度も聞いたことがない。だから、そんなところがあるとは信じていなかったし、第一そんな店があるならもっと話題になってしかるべきである、ぐらいに思っていた。ついでに言えば、凄く行ってみたい隆であった。
 だから普段なら気にしない話題なのであるが、その日の隆は気まぐれにその書き込みをマウスでクリックした。ちなみにタイトルの後ろにある「(4)」とは四つの書き込みがあるという意味である。

1 名前:名無しの内蔵さん 日付:200x/06/08
  「DollClub」って知ってる?

2 名前:名無しの内蔵さん 日付:200x/06/09
  あぁ、アレだろ?
  着ぐるみでご奉仕してくれる風俗とかって
  ホントにあるのかそんなとこ?

3 名前:名無しの内蔵さん 日付:200x/06/09
  そんなのないって
  誰かの妄想かなんかじゃねーの

4 名前:名無しの内蔵さん 日付:200x/06/10
  誰か行ったことのある人いないのかなぁ、、、

 案の定、話題としては全然盛り上がっていない。書き込んでいる人の名前が全部同じなのは、名前を入力しないと「名無し」という意味の言葉が入るこの掲示板の特徴である。この場合は「名無しの内臓さん」になるらしい。
 閑話休題、いつもなら書き込みをすることもない掲示板なのであるが、つい隆は書き込みをしてしまった。

5 名前:名無しの内蔵さん 日付:200x/06/12
  >>1の自作自演じゃねーの?

  というわけで、このスレ終了

 別に煽るわけでもなく、全くの気まぐれである。
 ついでにさっきまでメッセージをやり取りしていた友人にメッセージを飛ばす。

たか の発言:
某掲示板にまた「DollClub」のネタが上がってますた(笑)

ぽよ の発言:
あぁ、そういうのよく上がってまつね(ぉ

たか の発言:
ホントにあるなら連れてってクレー(爆)

ぽよ の発言:
おいらも(爆)

 言葉遣いが少々おかしいのは、ネットのスラングなのであまり気にしてはいけない。余談だが「たか」が隆自身で友人が「ぽよ」である。
 行きたい、と書いたのはまぎれもなく隆の本心である。噂を耳にしてから「本当にあるなら一度は行きたい」と思っていた。友人たちも一様に「あるなら行きたい」と言っていた。
 と別段いつもの会話がなされ、何事もなかったかのように話題は流され、隆の記憶にも忘れ去られていたある日、妙なメールを受け取った。

 それが、隆を禁断の世界へ誘うことになるのである。





 ここのところの不況で残業代も微々たるものであるから、仕事は早々に切り上げる。会社にとって残業をあまりしない優秀な社員であるところの隆は、いつものように帰宅後まずやることは、パソコンの電源を入れることである。
 すっかりネット漬けの隆は、メッセンジャーのウィンドウに表示されている「一通の新着メール」を、何も考えずいつものようにメールソフトを起動し、その新着メールを開いてみた。
 そこには何の変哲もない宣伝メールのような文章が並んでいた。が、その内容は隆の目を釘付けにするに十分なものであった。

「DollClub」へのお誘い

 会員制倶楽部「DollClub」は、完全非公開の着ぐるみ風俗です。
 会員の方からあなたへの紹介を依頼されましたのでメールいたします。

 ご興味のある方は下のアドレスからご予約をお願いします。


「DollClub」

 今までに何度もこういうメールは受け取ったことがある。しかし、クリックしても大したサイトでなかったり、単なる有料エロサイトだったり、中にはダッチワイフ販売サイトだったりして何度も隆は辛酸を嘗めてきた。
 しかし、この異常に素っ気ない内容が、逆に隆に興味を持たせた。「もしかしたら」という思いとともにアドレスのリンクをマウスで即座にクリックする。
 表示されるまでの時間ももどかしく、隆は目を皿のようにしてそのサイトの説明を読んだ。そこには「DollClub」の概略と来店の仕方が記載されていた。簡潔に書くとこんな感じであった。

一.DollClubは会員制完全秘密倶楽部であること。
一.DollClubは会員からの紹介がないと入会できない。
一.DollClubは完全予約制である。

「なるほど…」
 サイトの説明を一通り読んで、隆は納得した。
 確かにここまでしっかり秘密倶楽部であることが謳われていれば、誰れも話さないし話題にもならないはずである。
 噂にはなっているもののその存在が秘匿されている伝説の店。そこからの誘いが今隆を待っている。
 一も二もなく予約をしようと思った隆が、思わずその手を止める。

料金:四万五千円/時間

「うを?」
 変な声を上げて隆はのけぞった。風俗に行ったことは数える程しかないが、並の風俗の相場は時間二万程度と聞く。その二倍以上の値段を見て隆はたじろいだ。
 他の職種より多少実入りのいいシステムエンジニアとはいえ、普通のサラリーマンである。四万という大金はかなり痛い。一回行けば一ヶ月の生活費が軽く吹き飛ぶ。
 しかし、と隆は思い直した。これを逃したら二度とお目にかかるチャンスは巡ってこないと確信できる。幸い、新しい面を注文するために貯金しておいた資金を多少取り崩せば何とかなるし、この前ボーナスも出たばかりだ。もし、騙されたとしてもそれをネタに仲間に笑い話として話せるかも。
 十分ほど逡巡したものの、隆は予約のためのページを表示させ、さくさくと予約を取り付けた。あとはその予約が受け入れられるのを待つ、待つ、待つ。
 一時間ほどして「DollClub」から返事が届いた。メールには予約が完了したことと、来店時の注意事項が記されていた。  隆の希望は相手に届き、受け入れられたのである。

 幻の「DollClub」へ足を踏み入れる日が、ついにやってきた。


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