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マユ達は事前に室温を快適な温度に保っていてくれた。
浅川にとって丁度いい室温も、マユとマナの中にいる人物にとって快適とは思えない状況に思われ、早くも興奮気味の浅川。
少し話題を変えようと思い、メールアドレスについて追求を始める。
「しかしまぁ、何で君らが俺のメールアドレスを知ってるのか、それをまず知りたいね。だいたい君らは何者なんだ?」
浅川の質問に、少し困ったような態度を取りながら答えるマユ。
『それは・・・それはご主人様の事を思うとアドレスぐらい分かるのよ!私たちにはそう言う不思議な力もあるんだから!』
「冗談はいいんだけど、ここははっきりしたいんだ。メールアドレス自体が漏れているとしたら、それは俺自身怖い話だから。もう一度聞くけど、何で君らは俺のアドレスを知ってたの?」
浅川の問いかけにさすがにしゅんとするマユ。
もちろんこの間も彼女らはマユとマナにそれぞれ密閉され続けているのだが、しゅんとしている姿もまた異様に可愛い。
そして、チラっと何かの紙を出す。
名刺だ。
浅川が手に取ると、そこには浅川の名前が書かれていた。
「これって俺の名刺??」
マユが頷く。
「も・・もしかしてこの前の伊豆で俺の鞄から??」
マユが頷く。
「で・・でもこれじゃ会社のアドレスしか分からないだろ。何でプライベートなメールアドレスを知ってたんだ?」
マユは名刺に書かれた代表番号を指さし、次に電話をするゼスチャーをした。
「ここにかけて問い合わせたの??でもどうやって聞き出したんだ・・」
するとマユはゆっくりと文字を画面に書き出す。
『取材予定のペンションの者ですが、会社のアドレスで連絡が付かないので・・・って言ったら教えてくれました・・』
「ったく・・・それってソーシャルエンジニアリングってんじゃないのか?うちの会社の個人情報は無茶苦茶な扱いだなぁ」
マユは、てへへへ、と言いたげに恥ずかしそうにポリポリと頭を掻く。
「まぁいい。方法はあまり関心出来ないが、知られたものは仕方ない。もう一つ質問だけど、何で君らは俺にコンタクトを取って来た?こんな待ち伏せまでするんだから、それなりの理由があるんじや無いのか?」
『それはね。ご主人様が私たちのことを探しているらしいって噂で聞いたの!』
「噂で?」
『うん。ネットでは結構噂よ!だから会いに来てあげたの。』
「でもさ、俺は君らのことは着太郎って言う人にしか話してないぞ。どうやって話が漏れたんだ?」
『ふふふ。それは内緒。でも意外とうわさ話って広がるのは早いから、私もご主人様が会いたがっているって聞いてこの作戦を考えたの!』
浅川はマユの話に、やられた・・と思った。
「まいったね。まさか君らに話が届いているとは想像もしなかった。もしかして、君らは俺とは意外に近い存在なのか?」
いろいろな情報が漏れているとすれば、意外に近い存在なのかも知れないと思った浅川は思いきって聞いてみた。
『それは内緒!』
マユに、はぐらかされてしまう。
しかし、現実的な考えとして、着太郎かその繋がりのある人間からしか話は漏れないはずだ。ネットで噂と言っても、浅川自身はネット上にそう言う噂を書いたことも見たこともない。
つまり、マユ達の言う「ネットで噂だ」と言う話は嘘であり、実際にはマユやマナの中にいる誰かが、直接着太郎か、あるいはその友人から話を聞いているのだろう。
着太郎の知り合いには、女性で着ぐるみ愛好家もいる。もしかするとこの2人の正体は、そのうちの1人なのかもしれないと思っていた。ただ、その女性は、ホームページを見る限り、あくまでも可愛らしい着ぐるみによる変身を楽しみにしたいと言う考えや、遊園地などで子供が喜ぶ笑顔を見たいという考えで着ぐるみを楽しんでいるようだった。
そう考えると、マユ達のような特殊な構造の着ぐるみに入って、しかもなんの得にもならない浅川の相手をすると言う事自体、考えにくいことである。
「くそぉ・・絶対正体暴いてやるからな」
浅川のその言葉にも動じないマユ。
『<へへへ。ご主人様が私たちに興味津々なのはもう十分に分かってるわ。でも私たちはお人形よ!今夜も一緒に遊びましょ!』
「まだそんなこと言ってるのか・・この前は、泊めて貰う居候の身だったから君らの言うことに反論しなかったが、今日は違うぞ。ちゃんと仕事として取材に来たんだ。だから、君らに取材する義務がある。」
最初は騙されて仕事にならなかったと文句を言っていた浅川も、ここぞとばかりに職務を持ち出す。
『ご主人様の言うことなら、可能な範囲で答えま~す。可能な範囲でね!』
そんな浅川の言葉をあざ笑うかのように余裕綽々の応対をするマユ。
「じゃあさっそく取材だ。だいたい君らは何でずっとその着ぐるみを着続けてるんだ。いいかげん脱いだらどうなんだ?」
『だから、私たちはメイド人形で着ぐるみじゃないって言ってるでしょ!もし着ぐるみだって言うならご主人様が脱がせてよ。私たちの身体を弄り回して、出入り口を探して。』
「う・・・くそ・・俺が簡単に手を出さないと思ってやがるな。」
『いいのよ?ご主人様の為なら弄られるのも覚悟の上なんだから。』
そう言って浅川に胸を突き出すようにアピールする。
恐らく普通の女性が相手で、こんなアピールをしてきたら、浅川も遠慮無く彼女の身体を触るだろう。
だが、作り物の身体とはいえ、その作り物が気になって仕方がない浅川にとっては、気軽に触れられる類の物では無かった。浅川にとって、彼女らは鉄壁の鎧を着ているのと同じであった。
「まぁいい。今日はまだ時間がある。そんな余裕も今のうちだからな!」
まだ今夜から明日まで、たっぷり時間はある。ここで焦っても仕方がないと自分に言い訳をして、この場を逃げる事にした。
『あ~ご主人様ぁ怒っちゃったの~?ダメよ、怒っちゃ。せっかくのハンサムが台無しよ~』
完全に手のひらの上で遊ばされている・・・。浅川はその状況になんとなく悲しくなった。
普通の女が相手なら全く気にする事の無いような挑発だが、浅川にとっては秘密のベールに覆われた着ぐるみ達が気になって気になって仕方がないのだ。
伊豆の時もそうだったが、この子達は明らかに一般的な着ぐるみとは作りが違う。
通常存在する着ぐるみに比べても、見事に中身を隠蔽しているのだ。
外からは簡単には中の様子をうかがい知れないと言うことは、言い方を変えると、中からも外には簡単に出て来られないと言うことでもある。
構造から言っても中の環境は相当過酷であることは素人にも想像が出来る。
そんなマユ達の中に入っているだけではなく、その上から衣装という布によって、更に自らを外界から遮断しているのだ。
そう考えると、可愛い姿の裏側に存在する空間は、狭く、蒸し暑く、苦しい場所に間違いないと思われる。
そんな苦しくて大変そうな場所に興味を持つなど、おかしな話かも知れない。
だが、現実に目の前のマユ達を見ていると、どうしてもその内側に隠された本当の状況を知りたいと思ってしまう。
そして、そう言う場所に身を置いているであろう’誰か’の事がもの凄く気になってしまうのである。
その隠された空間が、自分でも入れる可能性のある空間であれば、いつかその中に入れると言う希望を持てる。
着太郎が持っているような、タイツ+マスクという組み合わせであれば、上手に補正すればそれなりに着込むことも出来ると思えたし、だからこそ長い待ち時間を我慢してでも手に入れたいと思い、業者に発注をかけた。
恐らくは近い将来、自分も着太郎の体験していたような空間に身を置くことは出来るだろう。
しかし、彼女たちの場合は、そう単純な話とは思えない。
着ぐるみの構造を見ても、彼女達の背丈を考えても、そしてスタイルを見ても、どう肯定的に考えても、自分のような男が彼女らの中に入ることは無理と思えた。
服の上からとはいえ、見た目は骨格からして完全に女にしか思えないのだ。
以前の伊豆で見た時のイメージからも、補正ではどうにもならない程スムーズなスタイルを持つ。そして、ほとんど余裕があるとは思えなかった股間の形を考えても、そこに男を隠すのは無理と思えた。
背丈も、骨格も、身体のラインも、股間も、全てに置いて、どう男を補正しても作り出せないような身体を持っている。
つまり、目の前にいるマユやマナの中は、浅川にとっては、どんなに逆立ちしても体験することが出来ない場所なのである。
身体中を隙間無くゴムで覆われると言うその密閉感とはどれほどの物なのか。
ゴムに締め付けられ、その上から窮屈そうな衣装を身につけて動き回っている時の圧迫感とはどれほどの物なのか。
ゴムの身体だけでなく、しっかりした生地のメイド服を着込んだその裏側とは、どれだけ蒸し風呂のような状況なのだろうか。
可愛らしい笑顔の何処かから外界を見つめているはずの彼女たちの視界とは、どれほどの物なのか。そしてどんな風に世界が見えるのか。
この笑顔に遮られ遮断された空気を唯一取り込んでいる、幾重にも重ねられた布の奥から呼吸する空気の蒸れた香りと苦しさとはどれほどの物なのだろうか。
その全てが、浅川にとっては想像の世界であり、事実は浅川からほんの少し離れたゴムの身体の裏側にいる人物にしか分からない事である。そして、そんな場所を当然のように体験しつつ浅川を挑発して楽しんでいるはずの’誰か’が、浅川には羨ましくて仕方なかった。
だが、浅川は彼女らの前では羨ましいと言う事を伝える気はなかった。
そんなことを言えば、ますます彼女たちの挑発行為が効果を持つことを悟られてしまうからだ。
どうすることも出来ず、彼女たちの挑発を逃れるためにも、とにかくさっさと部屋の中でくつろぐことにした。
以前泊まった伊豆の別荘と対して変わらない広さと思われるこの別荘は、1階にはバストイレ、キッチンの他、大きな居間と6畳程の広さの洋室が2つあった。
浅川は居間に入り、備え付けのソファーに腰掛けると足を組んでふんぞり返ってテレビに電源を入れる。
少々不機嫌そうなその態度に、マユ達は少し困った様子である。
『ご主人様ぁ~。機嫌をなおして下さいよ~』
マユは浅川にすり寄るように下手に出ている。
低いソファーの位置より、さらに低い姿勢から見上げるようにして手を握って許しを請うマユは、その裏側の苦悩など微塵も感じさせない程可愛らしかった。
胸の前で手を握り、お願いポーズを取るマユは、自らの大きくて張りのある胸の谷間に手を埋めるようにして胸を強調している。
そのボリューム感と柔らかそうな丸みを正視するのは浅川にとって辛い事である。
フワリとウェーブのかかった髪からは鼻孔をくすぐる女性の髪の毛の香りが漂ってくる。この裏側の汗だくの女性の香りは一切シャットアウトしているので、浅川に伝わる香りは凄く清々しい。
あまりにも普通に女の子なのである。だからこそ余計に彼女が切なかった。
「怒ってないよ。疲れてるからくつろいでるだけだよ!」
少し強めに言うとマユは可愛らしくシュンとする。その後ろではマナもマユに合わせてシュンとしている。
それにしてもこの2人は、浅川がいつ来るのか、正確な時間は分かっていなかったはずである。
確かにメールのやりとりもあり、午後伺うとは言ってあるが午後とは非常に範囲が広い。昼1時ぐらいの可能性も、6時過ぎる可能性もあるのだ。
実際に浅川が到着した時刻は3時過ぎだが、車を発見してから急いで2人の着ぐるみを着て浅川を迎えたにしては時間が短すぎる。
この子達の脱着が5分程度で可能な物であれば、確かに不可能ではないだろうが、衣装を着るだけでも数分はかかりそうな重装備である。おそらくどんなに頑張っても全て装備するのに10分は必要だと考えると、彼女らは午後からずっとこの格好で待っていたことになる。
今は浅川がいるから必死に2人を演じる意味もあるのだろう。だが、もし本当に午後からずっと2人で待っていたのだとすれば、その待っている間の2人はどんな様子だったのか、と言うことも気になってしまう。
それでもやはり2人は2人のままなのか、それとも互いに言葉なのか、この液晶画面なのかは分からないが、励まし合って苦悩に耐えていたのだろうか・・・
浅川にはうかがい知れない数時間があったことだけは間違いないだろう。
そんな2人が目の前であどけない美少女の人形を演じているのだ。これで平常心を保てと言うのは、浅川にはかなり過酷な試練といえた。
マユは相変わらず目の前でお願いのポーズを取り続けている。
そんなとき、床の上に置かれた液晶画面に、不思議な言葉が映し出され、すぐに消えたのを浅川は見逃さなかった。
『んぁっ・・胸っ・・・』
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