ふたりたび [戻る]


夏も終わったある日、仕事の都合とはいえ唐突に3日ほど休みが出来てしまった。
相手してくれそうな相手も居ないし、特に用事もない。
たまには実家にでも帰ろうと思ったものの、イマイチ気が乗らない。
「さて、明日から何をしようか…」
布団に入り一人考えていた…。
「あ。そういえば…」
前から気になっていた「あの事」を思い出た。
「そうだ。あれだ」
そう思い立ち、布団から起き上がると大きめのバッグを取り出し着替えやら何やらを詰め込み始めた。
「あ…」
「ある物」の事を思い出した。
それは1年程前、つい勢いで手に入れたものの興味が薄れて放ったらかしにしていたカノジョだった。
「ついでだ」
そう思いバッグの中にカノジョを一式詰め込んだ。
「さて。寝るか」
再び布団に入るとすぐに眠りに落ちた。
次の日の朝はいつもより早く目が覚めた。
そして、いつもと同じ様に出かける準備をして、いつもと同じ様に家を出て、いつもと同じ駅に着いた。
しかし、いつもと違う電車に乗る。
席に着くと、ちょうど真向かいにいつも乗っている電車が停まっていた。
「いつもは向こうからこっちを見ているんだ…」
それは以前から思っていた事だった。
いつもの電車のいつもの場所から見える電車。いつもの電車より少し早く反対方向へ進んで行く。
その電車がどこへ行くかも知らないし、そこがどんな所かも知らない。
「いつかあの電車に乗ろう。そしてどこへ行くのか行ってみよう…」
そんな事をいつも思っていた。
電車はいつもの電車より早く走り出しちょうどいつもの場所に差し掛かると、いつもの場所には違う誰かが居た。
何か不思議な気分がしたが、電車はそのままいつもの場所を通り過ぎ速度を上げながら走って行った。
車窓の風景は見た事あるようで何か違う街を通り過ぎ、田園風景を抜け海岸線に出る。その風景を一人何も考えずただぼんやりと見続けていた。
そして、横にあるバッグにはカノジョが入っている。
「ここに来て何年だっけ…」
海岸線を見ながらそんな事をふと思った。その時、窓越しに通路を通り過ぎる女性の姿が目に入った。
「ん?」
振り返ると、シート越しに髪が肩に届く位の女性の後ろ姿が見えた。
「うーん…」
なぜその女性に目が行ったのかわからないがなぜか気になった…。
電車は1時間半程で終点に到着した。
駅を出ると特にこれといった感じもない小さな街だった。
「あー…」
とりあえず、駅前にあった大きな地図を見る。
「海か…」
海に行ってみよう。そう思い立ち、近くに停まっていたタクシーに乗り込み「海に行きたい」と告げる。
「この辺はこの時期特に何も無いですよ」
運転手は笑いながら言った。
「そうですか…」
「いやー。もうちょっと早ければ海水浴、もちょっと遅ければ紅葉があるんですけどねぇ…」
と続けた。
「しかし、何でまたこの時期に?」
あの事を言った。
「あー…。実はね。ワタシ、若い頃東京でサラリーマンやってたんですよ」
いきなりそんな事を言い出した。
「ある日ね。同じような事を思う様になって、ついやっちゃったんですよ。そしたら、何も無い、降りられない駅に着いたんですよ。なんて言ったかな?確か何かの工場があったはず」
「あぁ。何か聞いた事あります」
「それで仕方なく、次の電車が来るまで駅のホームでずーっと海を見てたんですよ」
「へー」
「オレ何してるんだろうって…」
「あー…。それで?」
「すぐに会社辞めて、こっち帰って来て紆余曲折の末この仕事ですよ」
運転手は笑った。
タクシーは海岸線に出て海水浴場や海の家という看板がちらほらと出て来た。
「この辺でいいですかね?」
運転手が指差した先に駐車場が見えた。
「じゃあ。その辺で」
タクシーは駐車場に停まり、料金を払うとタクシーから降りた。タクシーはそのまま元来た道へ走り出し、誰もいない駐車場に一人きりとなった。
「あぁ…」
防波堤に上りその場に座ると一人海を見ていた。
「あ。そうだ…」
そのまま砂浜に飛び降り、近くにあったトイレに入る。
しばらくして、トイレからカノジョが出て来た。ピンクのTシャツにデニムのショートパンツ。髪は肩に届く位の長さ。
カノジョはデジカメを三脚にセットするとセルフタイマーで自分を撮り始めた。
夏が終わったとはいえ、日差しも強くさすがに暑さに耐えかねたのかしばらくするとトイレに戻って行った。
「あー…。暑い…」
トイレから出ると持って来ていたタオルで汗を拭いた。
「そろそろ、戻るか…」
再び駐車場に戻ったが相変わらず誰もいない。仕方なく道路に出るとバス停があった。
「えーっと…」
時刻を見ているとちょうど駅行きのバスが来た。
バスに乗り込むと乗客は数人。バスのエンジン音だけが車内に響いていた。
海とは反対側に座った為特に何も無い風景が続いていた。
「ん?」
遠くの方を歩く女性の姿が目に留まった。
ピンクのTシャツにデニムのショートパンツ。髪は肩に届く位の長さ。カノジョと同じ様な感じの女性だった。
「偶然だよな…」
バスはしばらくして駅に着いた。
「昼か…」
駅の時計を見ると正午を少し過ぎていた。
とりあえず簡単に昼食を済ませ、うろうろしていると観光案内所を見つけ中に入るとヒマそうな職員が一人居た。
「あのー…」
職員が振り返る。
「あー。はいはい」
「この辺で何かありますか?」
そう聞くと、先程タクシーの運転手に言われた事と同じ様な事を言われた。
「はぁ…」
職員がちょうど切らせていた観光案内を取りに奥へ行った時、ふとあるポスターが目に入った。
「あの…」
「はい?」
「この『龍神祭』って今日ですよね?」
「あ。そうですね。はい。今日です。毎年この日なんですよ。あ。でも、ここから結構遠いですよ」
「あ。いいですよ。どうせヒマですから」
そう言って笑みを浮かべると、会場までの行き方を教えてくれた。
「まぁ、でも、どちらかと言えば地元の祭ですからねぇ…」
「そう、なんですか?」
「まぁ、でも、花火は結構凄いですよ。この辺だと規模が大きい方ですよ」
「あ。そうなんですか?まぁ、行ってみます」
そう言って観光案内所を出た。

会場の最寄り駅は山間の無人駅で人気は無く静まり返っていた。駅舎の壁に祭のポスターが数枚貼ってあり、会場への地図が貼ってあった。
「あ。帰りの電車」
壁に貼られた時刻表を見ながら指でなぞる。
「19…20…。え?最終20時51分…。帰るのは無理っぽいな…。うーん…」
とりあえず、会場へ行ってみる事にした。会場となる神社では準備が着々と進められており、誰もが忙しそうに走り回っていた。
「あの…」
近く居た男性に声を掛ける。
「はい?」
「何時からですか?」
「夕方。まだ早いよ」
「そうですか…」
男性はそのまま向こうへ走って行き、仕方なく会場を後にした。
「うーん…」
そのままぶらぶらしていると、小さな旅館を見つけた。おそるおそる戸を開けると中から主人とおぼしき男性が出て来た。
「いらっしゃいませ。ご予約の方ですか?」
「いえ。今晩。大丈夫ですか?」
「お一人様?ええ。さ。どうぞ」
そのまま部屋へ案内された。
「お祭りを見に来られてんですか?」
「ええ。まぁ。偶然来たら祭りだったと言った方が正しいですけど」
「はは。それはまた、見事な偶然で。このお祭りは花火が自慢ですよ。しかし、昨日の夜は結構降りましたねぇ。いやホント晴れて良かった。」
「そう、ですね…」
「ささ、こちらです。どうぞ」
主人は部屋の簡単な説明をすると出て行った。
「さて…」
座椅子にもたれ部屋を見回す。今どきといった感じの赤いテレビに何十年前の物かと思う扇風機。部屋の電話機は黒電話。何かタイムスリップでもしたかの様な部屋だった。
「まだ、早いしな…」
バッグから海で汗だくになったマスクと肌タイツを取り出し、少し風を当てる事にした。
「うーん…」
風でゆらゆら揺れる肌タイツを見ながら思った。
「そういえば、外に出したのって始めてだよな…。それにこんな機会も無いかもしれないし…」
立ち上がり肌タイツを取ると、再びカノジョに着替えた。
さすがに部屋から出る気は無かったが、部屋の中でカノジョは写真を撮り部屋の中を歩き回った。
気も済んだので着替えて元に戻り、肌タイツを再びハンガーに掛け風に当てた。
外に出た所で特に何も無いのは祭りの会場まで行った時わかったので風呂でも入る事にした。
部屋を出て階段を下りていると、主人とおぼしき男性が忙しいそうに走り回っていた。
「あ。お風呂ですか?あちら。右奥です。ウチは温泉ですから。いいですよー」
そう言ってまた走って行った。
風呂場は時間が早いせいか誰もいなかった。
「ふぅー」
一人湯船につかりぼんやりとしていた。
すると、風呂場の戸が開き老人が入って来た。
「どうも」
老人が頭を下げる。
「あ。ど、どうも」
老人は洗い場の椅子に座り話しかけて来た。
「龍神様ですか?」
「え。ええ、まぁ…」
「そうですか。ワタシはねぇ。元々ここの生まれで…」
老人は自分の事を話し始めたので、とりあえず聞きに徹していた。
「あ。じゃ、じゃあ、上がりますので」
老人の話が途切れた所で、こちらから切り上げ風呂から上がった。
「あー。まいったなぁ…」
風呂場から出てつぶやいた。
部屋に戻り、肌タイツとマスクを片付けしばらく休んでいると夕食が来た。
山菜づくしといった所だろうか。
夕食を済ませ、少し落ち着いた所で祭りでも見に行く事にした。
会場に着くとステージの太鼓に合わせその周囲で踊りをしていた。
とりあえず、出店などを見ながら会場をうろうろしていた。
「確かに、地元の祭りだな…」
観光案内所で言われた言葉を思い出した。
踊りは終わったらしく、今度はステージでカラオケ大会が開かれていた。
「3番 天城越え」
ステージ周辺の一部が妙に盛り上がっていた。たぶん親戚か何かだろう…。
そんな事を思いながらステージの前に置かれた席の奥に一人座っていると、
「飛び入りの方居ませんか?どんどん参加して下さい」
司会者がそんな事を言い出した。「まぁ、関係ないや」と思っていると司会者はマイクを持ってこちらへ来た。
「さ。さ。どうぞ、こちらへ」
司会者に手を引かれそのままステージへ上がらされた。
「あ。え。え。え…」
訳がわからないままステージに上がらされ、歌う事になった。
「え。あ。じゃ。じゃ…、じゃあ…」
何とか歌い切った…。参加賞のタオルを手にそんな気持ちでステージを降りた。
「あぁ…」
何だか居心地が悪くなり、席を立つと再び会場をうろうろした。
「あ。お兄さん。歌上手いね。ほら。これ。あげるよ」
突然フラクフルトを焼いていた男性に声をかけられフランクフルトを渡された。
「あ…。どうも…」
祭りも終盤に差し掛かりステージでは抽選会が始まった。
抽選券を持っていないため、特に興味もなくフランクフルトをかじりながら隅の方に座り見るでもなく見ないでもない感じでいた。
突然、誰かが後から肩を叩いた。
ふと振り返ると、ピンクのTシャツにデニムのショートパンツで髪は肩に届く位の長さの娘が居た。
「え?」
人違いだろうと思ったが、その娘はこっちへ来る様に手招きした。
何かわからないが、引き寄せられるようにその娘の後へ付いて行った。
その娘は薄暗い階段の前に立つと横に並んだ。
「何?」
その娘は階段の上を指した。
「上?」
その娘がうなずき、手を持つと歩き出した。
「ところで、君誰?」
その娘は首を少し傾け唇に指を当てる。
「うーん…」
その娘は先程からまったく喋らず、すべてをややオーバーなアクションで応える。まるで着ぐるみのように…。
昨夜の雨で所々ぬかるんだ階段を上ると辺りが一望出来る開けた場所に出た。その娘は大きく手を広げ、くるりと回る。
「おー」
思わず声が出た。
間もなくして、「これより打ち上げ花火を開始します」というアナウンスが聞こえ花火が上がり始めた。
二人は花火の良く見える場所に座る。薄暗くぬかるんだ階段のせいか辺りに人はほとんどおらずほぼ貸し切り状態だった。
その娘は首から下げたデジカメを指差した。
「え?撮るの?」
その娘がうなずく。
花火をバックにその娘の写真を撮り、最後にツーショットの写真を撮るとちょうど花火が終わった。
「帰ろうか?」
その娘がうなずく。
薄暗い階段を下りた所で、
「あ。写真送るから、連絡先…」
と言いかけた所で、その娘は人ごみの中に吸い込まれるように消えて行った。
しばらくその娘を探したが見つからなかった…。
旅館に戻る途中、先程風呂場で出会った老人と出会った。
「あ。先程は。どうでした?」
「いやー。見事な花火でしたね」
「そりゃどうも。ところで、どちらで見られたんです?」
「あ。あぁ、あの、高台で」
「え?あそこですか?あそこは地元の人間でもほとんど行かない穴場ですよ。よくそんな所見つけましたね」
「え。えぇ。まぁ…」
「あ。あと、歌上手ですね」
「はは…」
旅館に戻ると、主人とおぼしき男性が迎えてくれた。
「おかえりなさいませ。あら、ズボンの裾がえらく汚れてますね」
「え?」
ふと見るとズボンの裾に泥水が跳ねたような汚れが点々と付いていた。
「高台ですか?あそこは雨が降るとすぐぬかるみが出来るんでねぇ…」
「え?ええ。まぁ」
「もし。差し支えなければ洗っておきますが」
「あ。じゃあ、お願いします」
部屋に戻ると、布団が敷かれカノジョが入ったバッグは部屋の隅に置かれていた。そして、浴衣に着替えズボンを持って下に降りた。
「じゃあ。これを」
「はい。確かに」
主人とおぼしき男性はズボンを受け取ると奥へ引っ込んだ。
部屋に戻り布団に入った。
次の日はいつもより早く目覚めた。
しばらくテレビを見ていると、朝食と昨夜洗ったズボンがやって来た。
「あ。すいません」
朝食を済ませ、荷物をまとめると旅館を出た。
旅館を出ると、表で主人とおぼしき男性が掃除をしていた。
「おはようございます。昨日はよく眠れました?」
「ええ。あ、ズボンどうもすいません」
「いえいえ。あ。そうそう。龍神様はね、縁結びの神様でもあるんですよ。来年は彼女でも連れて、また来て下さいよ」
「えぇ…。はぁ…。はは…」
苦笑いをしつつ、旅館を後にした。
車内で昨日の出来事を思い出した。
「しかし、あれは誰だったんだろう…」
そんな事を思っていると、行きと同じ様に髪が肩に届く位の女性が横を通り過ぎて行った。
「え?あれ?」
振り返ったが、その女性はドアの向こう側に消えて行った…。
家に帰り荷物を出していると、肌タイツのくるぶし辺りに泥水が跳ねたような汚れが点々と付いていた。
「あれ?何でこんな所が汚れてるんだ…?」
どこで汚れたのかわからないまま、肌タイツを洗濯機に入れた。
「あとは…」
デジカメをパソコンに繋ぎ画像を取り出した。
「あれ?」
花火の時撮った写真がその娘ではなくすべてカノジョになっていた…。
「そうか…。嬉しかったんだ…」
床の上に置かれたカノジョのマスクを見てつぶやいた。

おわり。


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