「お姉さま(ねがい)」 [戻る]


みなれた、わたし専用のロッカー。いつも、ここでわたしは、“ナナ”とゆう、着ぐるみに着替える。だけど、今日はいつもとは違ってみえた。もう、ここで“ナナ”になることもなく。また、わたしがこの世界から消えてしまうから・・・。

そう、わたしは、ある決意を胸に抱いて、“ナナ”の中に自分を閉じ込めていく、作業に集中した。

その決意とは、復讐。

わたしにとって、誰よりも大切な人。この人と結婚して、幸せな家庭を作って、ろうごは小さな縁側でもいいから、二人でひなたぼっこや、まご達と遊んだりしたい。そんな、ささやかだけど、普通の幸せをこれから歩もうとしていたわたしたちから、奪っていった、あの人物。

絶対に許すことなんて出来ない。

わたしは、2才ぐらいの時に、交通事故にあって、両親を亡くしていて、その後、親戚をたらいまわしにされたあげく、施設に入れられてしまった。だから、わたしは、両親の愛情はもちろんのこと、親戚からもつまはじき。完全に天涯孤独になってしまったの。

いろんな人に裏切られたり、騙されたりすることが多かったこれまでの人生。そんななか、やっとめぐり逢えた、大切な人。

この人のためなら、わたしの命なんかいつでも、投げだせる。そう、思ってたのに・・・。

それを、それを、あいつが。あいつが、奪って・・・。

ひき逃げ。

わたしが、もっとも憎み、かつ、絶対にどんな理由だろうと、加害者を殺しても、殺しても、本当に何回、何十回、何百回、いや、何千回、何万回、殺しても、許すことなんか、出来るはずのない犯罪。

しかも、あいつは、あの人に対してとどめをさすかのように、二回、三回と、念入りに引き殺した。

そうなると、あいつは、ただの殺人者。当時は、警察でさえ、あいつを特定することが出来なくて、ただ、時間ばかりが無駄に過ぎていくだけだった・・・。

だけど、わたしは、本当に偶然、あの人の命を奪ったあいつを特定することが出来てしまった。それも、事件から10年たった、寒い冬空の下で・・・。

事件当時のわたしは、心が壊れてしまい、2年ぐらいは入退院を繰り返していたらしい。でも、なぜ入退院を繰り返していたらしのかといえば、事件をはさんだ3年間の記憶が完全に、封印されていて、気が付いたら、病院のベッドの上にいて、「あの人は?どうなったんですか?それから、いまは?」と、聞いていた。そんな、わたしを哀れむような表情をしながらも、「××さんは亡くなったの。それから、今は、・・・・19××年の7月10日よ」と、教えてくれた。

その瞬間、わたしは、地獄の特等席へと、通されてしまった。

わたしは、生きるための意味。生きるための目標。そしてわたしが、生きる価値、の全てを奪われ、死ぬことさえ出来ずただ、この身が老いて朽ていくまで、ずっと一人で静かに余生を過ごしていかなければならないのかと、特等席に座らされながら考えていた。くしくも、その日は、あの人が、殺された日・・・。

それから、半年。

わたしは、偶然ネットで見つけた、Doll Clubのページに出ていた、〈アルバイト募集〉と、ゆう広告に――なぜか、急に興味を――引かれて、記載されていた、地図をプリントアウトした。

次の日。

わたしは、地図を頼りに、Doll Clubへと、足を運んだ。そこでわたしは、簡単な面接を受けた。結果は、即採用。細かい採寸を終えたわたしに、店長が、「また、一週間後に来てください。試着してもらって、修正が必要なら修正しますから。でも、なんの問題もなければ、そのまま訓練期間に入ってもらいますから。では、一週間後に」と、言ってわたしを送り出してくれた。

一週間後。

着ぐるみは、なんの問題もなくわたしに、ピッタリだった。直ぐに訓練期間に入ったわけだけど、わたしは、他のキャラたちがうらやむようなスピードで全ての訓練メニューをこなしてしまった。もともとそんな才能がわたしの中に潜んでいたんだろう――でも、あの事件以来わたしには、何も残ってないから・・・――。採用からわずか二週間たらずで、店に出れるまでに着こなしていた。

「“ナナ”さん、今から出れます?」

『はい!大丈夫ですよ』

わたしは、“ナナ”とゆうキャラに合わせて元気いっぱいに返事をした。

偶然か、運命のいたずらか、はたまた、悪魔の仕業か、それとも、あの人が教えてくれたのか、その、初仕事の相手がよりにもよって・・・、あいつ。

わたしの大切な人を、うばっ、いえ、“殺した”あいつ。

あいつの顔を見た瞬間、わたしの中の、封印されていた記憶の扉がサビついた音をたてながら、ゆっくりと開いていった。

でも、開いた扉の中にあった記憶は、《こいつが、わたしの大切な人を殺した》《こいつが、わたしの大切な人を・・・・》《絶対に許さない》《・・・・・殺してやる。たとえ、わたしが、殺されようと》などとゆう、怒りや決意が渦巻いていた。

だけど、いまのわたしは、Doll Clubの“ナナ”。そう、思うことで辛うじて、気持ちを落ち着ける事に成功した。

その日、わたしは、あいつに対して、少し過剰ともいえる、サービスをしていた。このDoll Clubに通わせるために・・・。そして、わたしを指名するように・・・。必ず復讐を成功させるために・・・。

それから3ヶ月間、あいつは、3日と置かずにDoll Clubにやって来るようになった。もちろん、必ずわたしを指名してきた。よほど“ナナ”のことが気に入ったんだろう。でも、中身がわたしだと、知ったら、いったいどんな反応をするのかたのしみでもある――でも、気付くことはないだろうね。あの人を“殺した”事さえ、自慢気に話すんだから――。

そしてついに、実行の時が来た。

わたしが、考えた復讐方法は、あいつをDoll Club製の着ぐるみ――もちろん、しゃべれないタイプ――の中に閉じ込めて、呼吸口を完全に接着したうえで、身動き出来ないように縛りあげて、苦しむさまを、横目に見ながら、自殺する、もちろん、あいつが完全に死んだのを確認してから・・・。

なぜ、わたしが、こんな復讐方法を思い付けたかは、お客さんから、「自分たちも短い間でいいから体験してみたい。いくらかかってもいいから」とゆう、要望が相次いだかららしい。でも、本当のところは、なかなか、適当な人材がいなくて、お客さんの中から見付けておきたい、ってことらし。実際この仕事は、結構なハードワークで、着ぐるみの中にいる間は常に快感と、すん止めとの闘いだから、なかなか一人前になるまで結構な時間がかかったりする。それを解決するために考え出されたのが、オプションとしての着ぐるみ体験。これがなかなか好評で、あいつにすすめてみたら、渋りながらも、着てみたら意外と気に入ったみたいで、わたしとプレイするときには、必ず着ぐるみを着て、プレイするようになった。

そしてついに、わたしは、復讐を開始した。まずは、いつも通りにあいつに着ぐるみを着せた。そしてわたしは、おもむろに革製の拘束具を取り出して、あいつの両手両足にはめていった。あいつは、あせったようだけど、わたしの、『大丈夫。ほんの少しの間だから。それに、この前わたしが、どれだけ気持ちよかったかを、知ってほしいから』って、言葉に安心したみたい。そんなあいつのようすを見ながらわたしは、目隠しをして、さらに、ロープをあまり締りすぎず、かといって簡単には、解けないぐらいに縛りあげていった。

全ての準備が終わると、最後の仕上げに、この着ぐるみの、唯一の出口と呼吸口がある股間のスリットを完全に接着した。

もう、これで後は、あいつが、苦しみながら死んでいくのを待つばかりだけになった。

『・・・・・あっ!そうだ、この着ぐるみは、皮膚からも呼吸、出来るんだっけ。・・でも、・・浴槽の中に入れれば問題ないか・・・』そう思い立ってわたしは、急いで浴槽に水を張った。

『今度こそ大丈夫よね』

あいつを浴槽の中に入れたわたしは、体から力が抜けたように、ベッドの端に座り込んだ。

ドッと、襲う疲労感。でも、まだひと仕事残ってる。わたしの、命を断つことが・・・。

『・・・・・よし、やりましょう』

そう言ってわたしは、最後の総仕上げに・・・。



静寂の中にたたずむ人影。どこまでも続く白い闇。

走りよる人影。

抱き合う二つの人影。

そして、二つの人影は、溶けあうように消えていった。

後には、ただ静かに白い闇が広がっているだけだった。



静寂。



静寂。



・・・・・・



「やっと、逢えた」

「あぁ」









暗転。









ある記事より抜粋。



〔・・・・この事件――通称、着ぐるみ事件――の犯人には、同情するべき点が、ないこともないが、両手を上げて賛成することはできない。なぜなら、いくら憎くても、どんなに殺したくても、実際に殺してしまったら、ただの犯罪者になり下がってしまうだけだから。かくゆう私も、犯罪被害者の一人だか自分には守るべきものがあったために、加害者に対してなんの感情も、持たずに今まで生きてこれたように思う。だから、だとゆうわけではないが、この事件の犯人も違う大切な人を見付けて欲しかった・・・・〕



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