ぼくとチカとボク [戻る]




 ついにこの日がやってきた。ぼくの部屋に、着ぐるみがやってくるのだ。思えば、学生のころ、偶然着ぐるみショーの美少女着ぐるみを見かけて以来、何かしら悶々とした、得体の知れない感情がぼくの心に根付いてしまった。
 その後、インターネットを通じて、個人でも着ぐるみを所有できることや、実際着ぐるみを所有し様々な活動をしている人たちがいることがわかり、ぼくのほんとの気持ちがわかった。

「着ぐるみが欲しい。着ぐるみを着たい」

 それからというもの、ぼくは着ぐるみを入手するために、あらゆる情報を収集し来たるべき(着たるというべきか?)日に備えた。
 お金を貯めることはもちろん、大学を出てからは、一人暮らしをするためにわざと地方の会社に就職した。就職してからも、付き合いが悪いといわれながらも、同僚の誘いを断り貯金に励んだ。彼女も作らず(作れず、といった方が正確か・・・)、ひたすら着ぐるみ入手のためにお金を貯めた。
 しかし、男の一人暮らしというものは、予想以上に金のかかるもので、目標金額に到達するには思ったより時間がかかってしまった。それでも何とか、マスク、衣装、肌タイと、一式揃えられるぐらいの資金が準備できた。
 ぼくはさっそく、インターネットで知った工房に発注をかけることにした。最初は、お気に入りのアニメのキャラの着ぐるみにするつもりだった。しかし、そこでは、既製のキャラだけでなく、その工房のオリジナルキャラクターの着ぐるみも何体か製作されていた。サンプル写真で紹介されていた、そのオリジナルキャラのひとつに、ぼくは強く魅かれた。印象としては、年齢は10代半ばぐらい。顔立ちは清楚で可憐で愛らしく、黒い髪の裾は巻き上げられ少し顔にかかっていた。衣装は、ブルーのウェイトレス風のコスチュームだった。
 ぼくは、彼女に決めた。早々に「チカ」という名前もつけてしまった。はっきりいって、虜になってしまったのだ。そして、発注をかけた。手元に届くまでには、半年近くかかるといわれたが、そのへんは承知していた。(実際には、もう少し待たされた)
 そして、ついに今日、ウチに届くと連絡があった。ぼくは、会社を早退した。配達時間は夜と指定してあったから、そんな必要は無かったのだがとても仕事が手につく心理状態ではなかったのだ。帰宅したぼくは、部屋を片付け、風呂に入り、胸の高まりを抑えつつ、「チカ」の到着を待った。
 1分が1時間にも感じられるほどだった。そして、配達指定時間を約15分ほどオーバーした時、宅配業者が部屋のドアをノックした。ぼくは、いそいでドアを開けた。そして、わが目を疑った。





 ドアの外には、宅配業者と大型冷蔵庫が楽に入りそうな、巨大な段ボール箱が立っていた。呆然としていたぼくは、業者に促され受領書に判を押した。業者が帰った後も、ぼくはしげしげと箱を眺めていた。ぼくの背丈より少し大きかった。間違いではないかと思ったぼくは、受領書を確認してみた。間違いなく、発注をかけた工房から送られた物だった。いくら、着ぐるみと衣装一式ではかさばるとはいえ、ここまで大きな箱に入れる必要があるとは思えなかった。
 いつまでも眺めていても仕方ないので、とりあえず部屋の中に入れることにした。箱を持ち上げようとしたが、重い!!とても。着ぐるみ一式の重さとは思えなかった。箱を傾けて、何とか部屋の中に引っ張り込んだ。うっかり落として破損させては元も子もないので、丁寧に丁寧に運び込んだ。
 部屋の中に横倒しにして箱を置いたぼくは、さっきまでとは違った意味でドキドキしていた。

「本当にこの中に、ぼくが頼んだチカが入っているのだろうか?」

 しばらく逡巡したものの、ぼくは意を決して箱を開けた。梱包されていた緩衝材を除けると、チカの姿が現れた。サンプル写真と同じ、ウェイトレス風の衣装に身を包んだチカが、箱の中に横たわっていた。とっさにぼくは、マネキンに着ぐるませているのだと解釈した。サービスのつもりなのだろうか?だとしたら、見当違いだし、マネキン代分安くしてもらいたいもんだ、などと思った。
 でも、これでチカがぼくの物になったことに違いはなかった。ぼくは、チカを箱から取り出そうとした。その時だった。一瞬何が起こったかわからなかった。妄想のし過ぎで気が変になったかともおもった。チカが動いたのだ。むっくりと上体を起こし、箱をまたぐようにして外に出てきた。
 心臓が止まりそうになり、言葉も出ないぼくを尻目に、チカは部屋の隅に置いてあった姿見を見つけたようだった。それは、ぼくが着ぐるんだ時に使うために用意しておいた物だった。チカは、しばしの間姿見の方を見続けていた。やがて、やっとぼくの存在に気付いたかのように、こちらを向いた。
 そこに立っているチカに、ぼくは見とれてしまった。

「か、かわいい・・・」

 それ以外の言葉は、その時のぼくの頭の中には無かった。他のことは、どうでもよくなっていた。チカがぼくの部屋に、ぼくのそばにいる。それだけがすべてだった。
 不意に、チカがおじぎをした。

「あは、ど、どうも・・・」

 ぼくも、あいさつをしかえしたが、なんともぎこちない上にしまりがなかった。おじぎをした後チカは、なぜか両手で頭を抱えるような仕種をした。それから彼女は、スカートの両裾をつまみあげ、体を傾けひざを軽く曲げあいさつをしなおした。そのポーズに、またしてもぼくは射抜かれてしまった。とにかく、かわいかった。
 ぼくは、チカに何といって話しかけていいのか、どう接すればいいのかわからず、しどろもどろしていた。そんなぼくに、チカは近づいてきて、口元に人差し指を当て、下から覗き込むようにして見つめてきた。「どうしたの?」と、問いかけているようだった。

「あ、その仕種。それには弱いんだ~。」

 ぼくは、思わず声に出して弱点を告白してしまった。それを聞いたチカは、両手で口を隠し体を揺すった。照れているぼくを、おかしがっているようだった。そんな仕種にも、またそそられた。
 それからチカは、ぼくとの距離をさらに縮めた。

「チカが、こんなに間近に」

 ぼくの心拍数は、急激に跳ね上がった。その直後、さらに心拍数が上がり、心臓が止まるかと思うようなことが起こった。チカがぼくに抱きついてきたのだ。

「あ・・・」

そういうのが、精一杯だった。温かかった。チカのぬくもりがぼくの全身に染み込んできた。ぼくも、思わず抱き返してしまった。涙が、なぜか、涙が出そうになった。同時に、股間が膨張するのもわかった。

「何考えてんだ、ぼくは?」

心の中で、自分を叱責してみたが、どうにもならなかった。チカに気付かれてはまずいと思い、仕方なくぼくは体を離した。チカは、少し不思議そうにぼくを見た。と、いっても表情は変わってない。でも、仕種でわかった。

「あ、あの・・・」

 ぼくは、思い切っていってみた。

「抱っこ、させてくれませんか・・・?」

 そんなこといって、怒らせたらどうしよう?と、不安ではあったが杞憂だった。チカは、体を寄せてきてぼくの首に腕を回してきた。ぼくは、チカを抱えあげた。体勢としてはチカの方が楽なはずだけど、ぼくはすごくうれしかった。
 その後も、膝枕をしたもらったり、デジカメで写真を撮らせてもらったりと、他愛のないことをして過ごした。股間の膨張はなかなか治まらなかったけど、何とか持ちこたえた。
 時計の針は、12時を回っていた。





 興奮と感動が一段落したところで、ぼくはチカに尋ねた。一番最初に聞くべき、一番肝心な事を。

「君は、誰?」

 ぼくの問いかけに、チカは少し悩んだような、いや、恥ずかしそうな仕種をして見せた。そして、ぼくに後ろを向くように指示した。もちろん、身振り手振りでだ。ぼくは、チカに背を向けた。ベリベリと、マジックテープをはがす音が聞こえた。マスクを外しているのがわかった。どうやら、脱いでいるところは見られたくないらしい。仮に、ぼくが着ぐるんでもそうだろう。
 どのぐらいの時間が経過したのだろう。長いような気もしたし、あっという間のようでもあった。不意に肩を叩かれた。どうやら、着替え終わったらしい。ぼくは、背後を振り返った。今日だけで、いや、この数時間だけで何度目だろうか?またしても、ぼくは心臓が止まりそうになった。ぼくの背後に立っていたのは、ぼくだった。顔も体型も、ぼくそっくりの男が裸で立っていた。ぼくの部屋に、ぼくが二人いた。
 もう一人のぼく、ぼくじゃないぼくは、かすかに微笑んでいるかのように見えた。その足元には、きちんとたたまれた衣装と肌タイ、ブラジャーや体型補正のためのガードルなどのアンダーウェア、そしてチカのマスクが置かれていた。
 戸惑いを隠せず、言葉を失っているぼくに、もう一人のぼくは静かにこういった。

「こんどは、君の番」

 そういうと、ぼくじゃないぼくは、ぼくの立っている所まで来て、ぼくに背を向け座り込んだ。

「ぼくの・・・番・・・?」

 ぼくは、もう一人のぼくと、チカの抜け殻(?)を何度も見比べた。そして、思い出した。

「そうだ。ぼくが、チカになるはずだったんだ。」

 ぼくは、服を脱ぎ全裸になった。不慣れな手つきでアンダーウェアを身に着けた。ウェストを締め付ける時は少し苦しかった。ブラジャーをはめ、ニセ乳をカップに収める時には、ドキドキした。次に、肌タイを手に取った。サラサラというかスベスベというか、とにかく心地いい肌触りだった。脚を入れ腕を通し、先に頭の部分をかぶり、としていくうちに、興奮が高まってきた。最後に、背中のチャックを引き上げた時には、コレで終わってもいいかというぐらいの満足感があった。適度の拘束感が、とても気持ち良かった。
 タイツで覆われた体のそこかしこを触って、感触を楽しんだ。さっき素手でチカの肌に触れた時とは、また一味違った心地いい感触だった。胸をまさぐり、股間に手をやった。思わず、吐息が漏れた。このまま、自慰行為に及ぼうかとも思ったが、思い直して衣装を身に着けた。サイズが注文通りに合っているか、少し不安だったが無事着ることができた。
 いよいよ、マスクだ。鼓動が高まる。しげしげと、チカの顔を見つめてから後ろを向け、おもむろに頭を差し込んだ。かぶりながら位置を調整し、髪がくっつかないよう気をつけて、マジックテープを止めた。マスクが顔に吸い付くようだった。視界は思ったより良好だった。ぼくは、大きく息を吐いた。完了した。そのはずだ。でも、大丈夫だろうか?ちゃんと、チカになってるんだろうか?
「そうだ、姿見があったはずだ。」

 ぼくは、姿見を探し、見つけた。鏡の中にはチカが立っていた。

「これが・・・ぼく・・・?」

 鏡にはチカが映っていた。でも、その中身はぼくのはずだった。それが、なんだか信じられなかった。ぼくだけど、ぼくじゃない。ぼくは今、チカなんだ。

「ぼくは、チカ。いいえ、わたしはチカ。そう、わたしはチカ。だって・・・」

 わたしは、振り向いた。男の人が立っていた。いつの間にか、さっきまで「ぼく」が着ていた服を着て。

「あの人が、[ぼく]なんだから。あ、ごあいさつしなくっちゃ。」

 わたしは、おじぎしてみせた。

「あ~ん、だめ。なんか、あたりまえすぎ~。」

 わたしは、スカートの両裾をつまんで、目一杯かわいらしくごあいさつしてみた。

「こんなんで、いいかなあ?あれえ?どうしたのかしら?」

「ぼく」は、何だか困ってるみたい。わたしは、「ぼく」の顔を覗き込んだ。

「え?このポーズ?コレに弱いの?なんだか、カワイイ。フフッ。」

 わたしは、困っている様子の「ぼく」に、ちょっとイタズラしてみたくなった。

「じゃあ、こんなことしたら、どうなるのかなあ?」

 わたしは、「ぼく」に抱きついてみせた・・・・・。



 4

 それから、どうなったかというと、どうということにはなってない。ぼくの部屋には、ぼくと、ぼくじゃないぼく、そしてチカがいる。それだけのことだ。
 ぼくがぼくの時は、ぼくじゃないぼくがチカに、ぼくじゃないぼくが、ぼくの時は、ぼくがチカになる。ちょっと混乱する時もあるけど、大した問題じゃない。だって、ぼくたち3人は幸せなんだから。


おしまい


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