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0.実験本番日 朝
午前6:00ジャスト。待ちきれなくなった俺はベットから起き上がった。
昨晩はほとんど寝た覚えがない。でも不思議と疲労感はなかった。
まずはトイレ、そして朝食がわりの野菜ジュースを飲み、シャワーを浴びた。
一応、体重計へも乗ってみる。そして、体重計の示した数値にほっとする。でも、これはあたりまえ。1晩で太ってたまるかってんだ。
次にBさん特製の補正下着に足を通す。それからコルセット。8つある絞りをそれぞれ印のついた位置まで絞り込んだ。
「俺もよくやるよなー、今日だけだってのに。」
体の線をなぞりながら1人呟いた。もはや体のラインは女性そのもの。ダイエットを始めたころはコルセットをこの印の所まで絞りこめるようになるとは思えなかったものだ。
「さてと、エルザ! 今いくぞっと。」
その上からシャツとGパンを着こみ、自転車にまたがると、仕事場目指して走り出した。
1.エルザ
俺がエルザを始めて見たのは今から半年ほど前のことだ。
俺は大学に入学してすぐ、フリーのプログラマであるBさんのところでアルバイトを始めた。
バイト用掲示板に貼り出された求人シートの、"フレックスタイム制"という言葉に魅力を感じて申し込んだのだが、雇主1人、バイト1人の環境では勤務時間の取り決めなど元々ないに等しく、結局こなした分量に応じてバイト料が支払われる形に落ち着いた。
仕事の内容はハードだったが、技術が身になっていくのが面白く、俺は学校以外の時間のほとんどをBさんとの仕事に費やしていた。
そんなある日のことだ。
予定がドタキャンされた俺は仕事場であるBさんの自宅を訪れた。
その日はめずらしく家に鍵がかかっており、渡されている鍵を使って家に入った。
家の中は真っ暗だった。廊下の明かりをつけようとスイッチを探したが発見できず、仕方なく手探りで仕事部屋まで行くことにした。
廊下の壁に手をつき、そろそろと進んでいく。そうして2,3m進んだときに異変は起こった。手を触れた壁が音もなくひっこんだのだ。
どうやらそれは隠し扉だったらしく、扉のむこうには部屋があった。部屋の中は薄暗く、小さな照明がいくつも灯っていた。
「うわっ!!」
俺は思わず声を上げてしまっていた。暗がりの中に人影があったからだ。
その人影は女性のようだった。そして椅子に腰掛けたまま全く動かない。寝ているのだろうか?それとも、、まさか、、、死体、、とか、、
「何してるんだ!」
いきなり後から声をかけられ、びっくりした俺は隠し部屋へ駆け込んだ。そして声の主がBさんであることに気づくとようやく言葉を絞りだした。
「!!!!、、、、、あ、あのっ、、、人が!」
Bさんにしては珍しく、なにか動揺しているようでもあった。恐る恐る人影に目を戻す。やはりピクリとも動かない。まさか、、まさか、Bさんが、、、
「それは俺が作った人形だ。」
「・・・・・・・・・・・・・・・・人形?」
Bさんが発した言葉を理解するのに2,3秒はかかった。恐る恐る手が伸びる。その人影に触れた俺の手に柔らかな感触が返ってきた。
その時、あたりが明るくなった。びっくりしてBさんのほうを見ると、Bさんが大きい照明のスイッチをつけたところだった。
「おまえ、いきなりどこ触ってるんだ。」
Bさんがあきれたような口調で言った。
「へ、どこって、、、わっ!」
俺は慌てて手を引っ込めた。人形とは言え、いきなり胸を揉んでしまっていたようだ。
俺は恐る恐る人影を観察した。確かに人形だ。それが解って少しほっとした。
しかし、ただの人形ではなさそうだ。先ほどの感触は人間そのものだったし、なによりこんなに精巧に作られた人形をこれまで見たことがない。俺はまじまじと人形を眺めた。
「きれいな人形ですね。」
賞賛の言葉が口から漏れる。
そこには俺の理想があった。青い瞳。スッキリしたあごのライン。長いブロンドの髪。華奢な体格に不釣合いとも思える胸。
「まぁ、調整に徹底的に時間をかけたからな。」
Bさんは眉間にしわを寄せつつも目元は笑っているという変な表情をしていた。
「その、名前とかってあるんですか?」
「あぁ。エルザっていうんだ。まぁ、名前ってゆうか開発コードだな。」
「エルザ、、、」
その名前を口にだして呟いた。あれ?Bさんが作ってるってことは、、
「ほかにもあるんですか?」
「エルザシリーズはこれが9作目だな。」
「その前の8体もここにあるんですか?」
「そこの棚の中だよ。1/1スケールはこれは初めてなんだ。」
そう言われて見ると棚には大小様々な人形が展示してあった。髪の色や顔立ちは様々だが、どこか似ているような印象をうける。"姉妹"というところだろうか。
「なんか今にも動き出しそうですね。・・・実は動くとか?」
実はかなり本気で聞いた。Bさんだったらそれもありえる。
「アニトロニクスとか着ぐるみとか考えてみたんだけどな。」
やはり考えていたか。しかし、もしこのエルザが動いたりしたら、、、見てみたい!
「10作目でそれやるんですか!」
「まあな。でも、制御系は専門外だし、着ぐるみじゃあ中に入ってくれるような奴に心当たりもないしな。先の話だよ。」
「俺でよければなんだって協力しますからいつでも言ってください。」
「・・・・お前がもっとスマートだったら頼んだかもしれないけどな。まぁ、気長にやるよ。」
これも"一目惚れ"と言うのだろうか。
この瞬間からエルザは俺の心に住みついてしまったのだった。音もなく。そして、とても深いところに。
いや、俺自身が迎え入れてしまったのだ。
それから仕事部屋に移動し、作業を始めた。
作業が一段落したところで、手を休めてBさんのほうを見るとBさんはいつもどおり画面に向かって黙々と設計作業を進めていた。
ふと、エルザのことを思い出す。なんであんなに気になったんだろう。まぁ、可愛いことは確かだ。
、、、そうだ、着ぐるみって一度入ってみたかったし、、、それもあるか。
手元のウーロン茶を一口口に含んだ。
エルザが着ぐるみになったら可愛いままってわけにもいかないんだろうな。着ぐるみショーとかってずっと見てないけど確か頭が妙にでかかったし。
あ、そういえばCMでチラッと見たやつは頭が結構小さかったような気がするな。
「あの、エルザが着ぐるみになるとやっぱ頭でっかちの可愛くないものになっちゃうんですかね。」
なぜか口にだしてしまっていた。いつもはBさんが集中してそうな時は声をかけたりしないのに。
「そこらへんはバランスを考えるって。そりゃぁ頭身の問題はあるけど着用者にあわせてギリギリを狙うよ。」
Bさんは不機嫌そうに答えた。
「でも、エルザって今が結構理想的な体型じゃないですか。それが崩れたら、、」
仕事中だというのに俺はなにを言ってるんだ。
「すみません、どうも気になって。結構インパクトあった見たいです。あの、きれいだったし。」
Bさんはまた変な顔をした。
「まぁ、着ぐるみ版のエルザが見たかったら10キロか20キロでも減量してみせろ。そしたら見せてやるから。」
「いや、減量してまで見なくていいッス。食いたいもん色々あるし。」
「だったらたっぷり仕事こなせ。バイト料は奮発してやるから。」
そこで会話は途切れた。そして、俺もうわの空ながらも仕事に戻った。
☆
それから数日間、俺は暇さえあればエルザのことを考えるようになってしまっていた。
TVなどで着ぐるみがうつると食い入るように観察してしまう。
そして、そのたびにBさんの言葉が頭に浮かんだ。『着ぐるみ版のエルザが見たかったら10キロか20キロでも減量してみせろ。』
痩せればあのエルザの新作を見ることができる。そしてその中には・・・・・。
いかん。 全く仕事が進んでない。 やめやめ!仕事に集中しないと!
俺は気持ちを切り換えた。
でも、とりあえずダイエットするか。
そう、健康にもいいしな。
2.機会
それから2ヶ月ほどたったころ、俺は仕事の手をとめてエルザのことを考えていた。少々未練がましいかもしれないが、仕事場に来るとどうも思い出してしまう。なにせ、壁を数枚隔てたところに今もエルザが座っているのだ。
もっとも、最初ほど熱烈ではなく、それが仕事の邪魔になるようなことはなくなっていた。
「おまえ最近だいぶ痩せたよな。その、、なんだ、、、エルザ、やるつもりなのか?」
思わず俺は息をのんだ。Bさんのほうから言ってくるなんて予想もしていなかったのだ。
俺は返答に迷った。エルザの着ぐるみを着る。それを夢想してみたのは10回や20回どころではない。でも、、、
「あの、とりあえず。とりあえずです。」
わけのわからない返答になってしまった。
「もしおまえにその気があるんだったら一度実験してみないか?エルザがエルザと言えるレベルの着ぐるみを作れるかを。」
「・・・・・」
「エルザ見てどうだった?」
「・・可愛いいと思いました。その、最初は人かと思ったし。」
「じゃぁ、新作を見てみたいか。」
「そりゃあ、見たいです。」
「もう10キロは落としてもらうことになるし、コルセットとかでウエスト絞ることになるけどどうだ?」
「いや、ダイエットしてるわけだし、ついでだから大丈夫です。」
「コルセットとかはほとんどいつもつけてなきゃいけないけどもか?」
「大丈夫です。」
「じゃあ、エルザのナイゾウを担当するか?」
「あの、はい。」
思わず了解してしまっていた。変な話だが、胸のつかえが取れたような気がしていた。
どうやら、Bさんは俺の答えを予想していたようだった。その日のうちに頭や手足、胸の型をとられた。それから特製の矯正下着やコルセット、ダイエットのトレーニングメニューを渡された。
「あ、あと、俺は人形に対しては妥協とかするつもりないから。もし俺のイメージ的に無理そうだったらいつでも中断するつもりだから。その、協力してくれるおまえには悪いけど。それでもいいか。」
「そうですよね。・・・俺も変になってしまったエルザなんて見たくないですから。」
そう答えながらも俺の心は激しく乱れていた。Bさんの基準はかなり高そうだ。Bさんの性格からしてダメだと判断したらバッサリ中止するだろう。そんなダイエットが可能なのだろうか?
その日から体の計測が日課になった。Bさんは体重だけでなく、胸囲、ウエスト、手足の太さなどを計測しては新しいトレーニングメニューを渡してくれた。
食事管理に各種運動が盛り込まれたメニューをこなすのはキツかったが、エルザを着ることを考えるとなんとか続けることができた。
そうして日が経つにつれ、コルセットのベルトは少しずつ締まっていった。エルザの着ぐるみが完成して、かつ、俺の体型が基準を超える日を目指して。
その日が今日なのだ。
今日は待ちに待った日であると同時に審判の日でもあった。
2.ELUZA010
Bさんの家が見えてきた。自転車のまま門をくぐって玄関の横に自転車をとめる。
そして玄関をくぐると、駆け足で隠れ部屋へとむかった。
「おはようございます。」
「おはよ。さっそく始めるか?」
約束の時間よりずいぶん早く着いたが、Bさんはすでに準備万端という感じだった。ひょっとするとBさんも待ちきれなかったのかもしれない。
「はい。」
「じゃあ計測から始めるから。」
とたんに緊張してきた。Bさんの性格からして少しでも違和感を感じたらリテイクするだろう。最悪中止もありうる。
俺はシャツとGパンを脱ぐと、体重計に乗った。
「うん、いいみたいだな。」
Bさんはそうつぶやくとメジャーを持ってきた。そして体のあちこちのサイズを計る。
俺は体を計られながら判決を待った。
「よし、じゃあ始めようか。あと、基本的に発声はなしだからな。」
俺はこくりとうなずいた。
まずはBさんが胸のパーツをとりだした。ブラジャー+パッドというわけではなく、Bさんの手製のものだ。胸の部分にあて、左右の脇と肩で固定された。かなり大きい。足元が見えなくなる。
次にBさんがとりだしたのは不思議な形のパーツだった。短いホースの先端に楕円形のパーツがついている。
「これくわえて。苦しいようだったらいつでも俺の体をたたいて知らせてくれ。」
Bさんの手が俺の口に近づいてきたので、口をあけた。ホース部分が喉に浸入してきて思わず顔をしかめた。
「ほら、我慢我慢、すぐなれると思うから。じゃあ噛んで」
パーツの歯型のくぼみへと歯がきっちりはまった。
「じゃあ、ロックするぞ。・・・・よし、軽く口を空けてみ。」
口を空けようとしたが、歯がパーツに固定されているらしく、あごも動かなかった。これでは最初に念を押されるまでも無く声もだせない。
「あごがあく力でマスクが破損する恐れがあるんだよ。苦しさとかあるか?」
俺は首をふって答えた。
「今度は口で呼吸してみて。マスクを固定した後はこのチューブごしに呼吸することになるから。」
Bさんは口のパーツにチューブをつなぎながら言った。俺はなんだか恐る恐る口で呼吸をしてみた。
「シュー・コー・シュー・コー」
口のパーツには穴が空いていたらしく、ちょっと流量が少ないながらもなんとか呼吸できた。感触からすると、すったときに右側のチューブから空気が入って、吐くときに左側のチューブから空気が出ていくようだった。なんだかダー○ベーダーを思い出す。
次は全身タイツだった。やや明るめの肌色。Bさんは着やすい用にタイツをたぐってくれた。
Bさんに肩をかしてもらいながら両足をとおすと、Bさんは均等になるようにタイツをあげ始めた。苦労して腕と頭をとおすと、背面のジッパーが上から下へ閉められた。
タイツは呼吸用のチューブと目のところだけ穴が空いており、体のほとんどが布に覆われることになった。
それから衣装を着た。まずは胸元や各所に切りこみのはいった胴体と手袋が一体になった銀色を基調としたレオタード。そしてFRPで組み立てられた手甲、ボディ、ブーツ。
そして最後がマスクだった。マスクは2パーツに分かれており、1つめのパーツは下から上へ装着され、顎に引っ掛けて頭の上へまわされたバンドで固定された。そして上からは大きなヘルメットのようなものが被された。パチン、パチンと留め金を閉じるような音がする。
その音がするたびマスクは俺の頭へと密着した。視界は想像以上に狭く、本当に目の前しか見えなかった。
その後もBさんは俺の周りをぐるぐる回りながら細かいパーツの取り付け・調整を行った。
「よし。」
Bさんがつぶやいた。
「締め付けで痛いところとかないか?大丈夫か?」
締め付けといえば、頭とか限界まで密閉されているような気もするし、少々息苦しいような気もするが、、、俺は少し迷ってからこくりとうなずいた。
「じゃあ座ってみて。体育座り。あ、ちょっと顎引いて。」
「そのまま足をくずして手を前について、、、」
俺はBさんの言われるままにポーズをとった。
「じゃあ立って。それからこっち来て。」
Bさんに手をとられて歩いた。マスクと胸のパーツがあたるせいで下が向けず、足元がまったく見えなくて怖い。それでもBさんはずんずん進んでしまうので、俺はBさんに引っ張られていくような感じで歩いた。
「ほら、これがエルザ10式。まぁ、まだベータ版ってとこだけどな。」
そこには全身がうつせる鏡があった。そして、その中にいたのは1体のアンドロイドだった。見事なプロポーションにぴったりとフィットしたレオタード。そしてそれを無慈悲に締め付ける胸や手足のアーマー。
頭には大きなヘッドギアが取り付けられ、そこから水色の髪がこぼれ落ちていた。ヘッドギアの横には ELUZA010 のロゴが入っている。
「頭がどうしても大きくなってしまうからコンピュータを搭載したヘットギアって設定にしたんだよ。十分余裕をとってあるから本当にちょっとした回路なら組み込めるぞ。」
説明を聞きながら俺の目は鏡にくぎつけになっていた。鏡の中ではアンドロイドがどこか少し恥ずかしげにたたずんでいた。
「さて、次はソフトだな。」
え、ソフト??
「今日はみっちりエルザの動きを叩き込んでやるから。」
!!
それから延々と演技指導が行われた。Bさんの中にはかなり具体的なイメージがあるらしく、細かな動きに注文がとぶ。誉められたり、叱られたり、俺は必死でBさんのリクエストに答えていった。
そうして疲れが溜まってきたころ、Bさんが言った。
「よし、まぁ実験終了ってとこだな。もう3時だし。腹減ったろ?」
終わり・・・ついに実験が終わった。エルザを見てから半年、それから準備に4ヶ月かけた実験が。俺は妙な寂しさに襲われた。
どうしよう。せめてもう一度鏡を見せてもらおうか。
言葉もなしにそれをどう伝えるか迷っているときにBさんがポツリと言った。
「あのさ、今度からプログラミングの仕事、エルザとして手伝ってみねぇ?」
俺は即答していた。
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